第59話 覚悟の方向

 ティス町にやってきて三日が経過した。


 四日目の最終日開店ともなると、町民全体が集まったんじゃないかってくらい集まっている。


 店員の数が足りないと思ったら、なんとクーナさんが臨時店員になってくれた。


 あれだけ断ったのに、まだアピールしてくる。淑女は諦めないらしい。僕が知っている淑女とはちょっと違う気がするが、異世界の淑女はそうなのかも知れない。


 セレナはあの夜からだいぶ表情が明るくなって、ずっと笑顔を浮かべて幸せそうにしている。


 大人気トーモロのおかげで、明日にはまた大口仕入れのつもりだったりする。あの店員さんもうちに来てくれて毎日通っているから、事前に相談しておいた。


 最終日はほぼほぼ宴会状態になって、うちでは出さないお酒――――エール酒を他のお店が出してくれたりして、みんなで昼から飲んで騒いでいた。


 まあ、今日は休日だからね。


 開店時間が過ぎてもどんちゃん騒ぎが収まらず、お祭りになるのかなと思った矢先。


 町中に大きな鐘の音が乱雑に鳴り響いた。


 宴会状態だったにもかかわらず、町民達が血相を変えて一斉に移動を始めた。


 町民達が話していたところから「緊急事態」と分かる。


『ノアッ! 何か臭いニャ!』


「ん? 臭い?」


『町の外に大勢の――――魔物の匂いがするニャ!』


「大勢の魔物!?」


 それを聞いたセレナも集中し始める。


「町の外に大勢の足音が聞こえるよ!」


 そもそも何か前兆があったわけでもなく、どうしてそんな……?


「ノア! どうしよう!?」


 慌てるセレナとミレイちゃん達を見て、自分が冷静にならないといけないと思った。


「現状を確認したい。幸いこの町には城壁がある。もし多くの魔物がやってきたのなら、ゴブリンの可能性がある。となると城壁は登れないはずだ。ひとまず、城壁に向かおう。ライラさんとミレイちゃん、メイちゃんはこのまま宿屋で一緒に待機していて」


 二人は不安そうな顔で僕を見つめた。


「大丈夫。セレナもポンちゃんも凄く強いんだから、すぐに終わらせてくるさ。それにこの町にはブレインさん達や冒険者さんも大勢いるから」


「う、うん……お兄ちゃん? ちゃんと帰って来てね?」


「もちろんだ。こんな可愛い妹を置いてどこにも行かないさ。さあ、宿屋で待っていて。ライラさんもよろしくお願いします」


「はい……どうか気を付けて……」


『ママああああ! 頑張ってええええ!』


 二人とメイちゃんを見送って、僕達は急いで近くの城壁の上に向かって走った。


 緊急時ということもあって、町を守る衛兵は見当たらない。みんな東門に集結しているようだ。


 急いで城壁に続く階段を駆け上っていく。


 レベルをあげておいて本当によかった……!


 城壁に上がると、ティス町から森に続く平原に大勢のゴブリンが見える。


「やっぱりゴブリンだったんだね。それにしてもどうしてこのタイミングで……?」


「ノア! 向こうを見て!」


 セレナが指差した場所には、以前セレナにボコボコにされた冒険者達が、必死に町に向かって走っていた。


 ポンちゃんが鼻をぴくぴく動かす。


『ノア。あの人達から強烈な匂いがするニャ。あれがゴブリンを引き付けているニャ!』


「ポンちゃんからあの人達がゴブリンを引き付けているみたい!」


「っ……」


 理由は知らないけど、あの冒険者達が町を危険にさらしたのは間違いない事実だ。


「セレナ」


「う、うん?」


 僕が両手でセレナの肩に手を上げたら、セレナが驚いた表情を浮かべた。


「セレナの意見が聞きたい。セレナの力があれば、大勢の人を助けられる。でも、それだけの理由で助ける理由にはならない。僕は今すぐライラさん達と合流して――――」


「ダメっ!」


「…………」


「今逃げたら……大勢の人がゴブリンに殺されてしまう!」


「それは僕達のせいじゃない。あの冒険者達のせいだ。しかも、これはわざと・・・引き起こした事件だと思う」


 セレナが悲しそうな表情を浮かべる。いまにも綺麗な瞳から涙が溢れそうになっている。


「そうだとしても……町民の皆さんにはなんの罪もない。楽しそうにノアが作った料理を食べて、私やミレイちゃんにも頑張ってって声をかけてくれるし……もしそれがなかったとしても、私は人の命は大切だと思う。だから――――助けたい。力になりたい」


 真っすぐな視線。いくら戦えるとはいえ、まだ十二歳の少女だ。そんな彼女なのに、深い覚悟が伝わってくる。


 思わず、笑顔がこぼれてしまう。


「そっか。じゃあ――――全力で助けよう」


「うん……! ありがとう、ノア」


「感謝なんてしなくていいよ。これは君が選んだ道なんだ。さあ、行こう」


 もし彼女が逃げる選択肢を取っていたなら、僕は迷わず――――怒っていたと思う。


 僕に言われたからただ動くような…………まるで人形のような人に育って欲しくないからだ。


 僕の力が彼女を縛っているのは知っている。でも、だからこそ、その呪縛・・を気にせずに、自分の意思で生き続けられるようになって欲しい。


 僕に反論するのは、彼女にとってきっと怖いことだと思うけど、見せてもらったこの覚悟なら大丈夫だ。


 僕は――――そんな彼女の隣に立てて凄く嬉しい。


 そして、この先もずっと――――。


 僕より少し先を走るセレナの背中は、とても心強く見えた。

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