第38話 うどん

 イデラ王国のシーラー街を東に長い街道が続いている。


 貿易も盛んに行われているので、街道は馬車が通れるくらい広く作られていた。


 街道をずっと東に向かうとイデラ王国の二つ目の町、ティス町に着くことができるという。


 僕達はのんびりと歩きながら、周りに咲いている花や木々を眺めたりした。


「ノア~! あの花可愛い!」


「紫色か~みんなが作ってくれたドライフラワーにも入っていたよね」


 しゃがんで花の香りを嗅いだセレナは「良い香り~」と声を上げた。


『ノア! 魔物の気配ニャ!』


 鼻や耳が良いポンちゃんが誰よりも先に反応して敵の襲来を教えてくれる。


 街道から少し離れた茂みがガサガサと動くと、中から一メートルくらいの緑悪鬼が現れた。


「ゴブリン! みんな気を付けて!」


 誰よりも先に僕達の前で戦闘体勢を取るセレナ。


 今の僕達のフォーメーションは、僕とポンちゃんがミレイちゃん達を守って、セレナが攻撃に出るものだ。


 石で作られた不格好な短剣を持ったゴブリンに、セレナがいつもと変わらない速さで近づいて殴り飛ばす。


 殴られたゴブリンは地面を抉りながら木にぶつかって倒れた。


「…………」


「セレナ? どうしたんだ?」


 倒したゴブリンをボーっと見つめるセレナに気になって声をかける。


「ノア? ゴブリンは回収しないの?」


「うっ…………」


 ゴブリンは見た目が非常によくない。コーンラビットはまだ動物感があったから良いものの、こう魔物しい魔物を【異空間冷蔵庫・・・・・・】に入れたいとは思わない。


「そもそもゴブリンって食べられるの?」


「ゴブリンは食べられないと思いますよ……? それにゴブリンの素材は何も使えないので、討伐印として耳を冒険者ギルドに持っていけば、小銅貨一枚は貰えると思います」


「「小銅貨一枚……」」


 正直、今の僕達の金銭感覚から、小銅貨一枚のために耳を切り落として持っていくかと聞かれたら、絶対にノーだ。


「セレナ。次行こう」


「うん」


 どうやらセレナも諦めたらしい。


 僕達はまた街道の端を歩きながら、通り過ぎる馬車を眺めたりして歩いた。




 異世界というのはとても不思議で、前世の常識が全く通用しない部分が多い。


 その代表的な例は、間違いなく【レベル】だ。


 レベルを上げるためには、単純に魔物を倒して経験値を獲得するしか方法はない。


 まあ、レベルが上がっても戦う術が上手くなるわけではないので、日ごろから訓練を欠かさなかったりするが。


 魔物によって得られる経験値の量も違う。


 コーンラビットは魔物の中でも経験値量は最低値だったりする。しかも飛び回ったりすばしっこいので狩る人は少ない。食材のために狩る狩人かりうどくらいだ。


 ゴブリンの場合、素材としてはほぼ意味はないが、得られる経験値は強さに比例して多い部類だ。初心者冒険者がゴブリンをこぞって倒す理由でもある。


 まあ、収入に繋がらないので、途中で投げ出す人が多いけど。




 暫く歩いたので、昼食を取るために街道から少し離れた丘の上に向かう。


 見晴らしが良く開放感全開の丘には、大きな樹木もあるので日陰にもなる。


「今日はここで昼食だな。さあ、新しいメニューを試してみるよ!」


 お給金体制の変更によって、思いのほか銀貨が貯まった。


 僕の自由に使えと、セレナから念には念を入れられたので、早速新しいレシピを購入してみた。


『ノアの新しいご飯! 楽しみニャ!』


「まあ、凝ったものというより、簡単なものなんだけどね」


 レシピ額は――――なんと銀貨二十枚もした。


 というか、よくよく考えたら【一秒クッキング】って無茶苦茶便利だけど、レシピ額が異常に高いので、お金を稼がないと厳しい。


 やはり……たれ焼肉銅貨十枚から値下げを考えていたけど、やめておくべきか。


 一食銅貨十枚もしたのに、あれだけ売れたってことだから、銀貨のために値下げは一旦保留だ。


「ノアさん~この器でいいですか?」


 ミレイちゃんが取り出してくれたのは、真っ白などんぶりだ。


 これも大工屋セビルさんに特注で作って貰った白い木材を使ったもので、異世界にこういうどんぶりは存在しなかったので、特注で作ってもらったのだ。


 レジャーシートの上でも食べやすくするために、またまた特注で作って貰った足が短いテーブルを取り出す。座って食べられるテーブルだ。


 どんぶりが四人分置かれ、【簡易収納】からポンちゃん用に大皿を一枚取り出す。


「では新しいメニューいくよ? ――――――うどん!」


 するとどんぶりの一つがキラリと光って、中から湯気がふわりと立ち上る。


 中には鮮やかな色のつゆが光り輝いていて、太めの真っ白なつるつる麺がふわふわと踊っている。


「わあ! 不思議な食べ物です!」


 ミレイちゃんは目を大きくして驚いた。


 みんなの分のうどんを作り、最後にポンちゃん用大皿にもうどんを作る。


「熱いから、ゆっくり食べてね」


「「「は~い!」」」


『美味そうニャああああああ!』


 みんなで手を合わせて「いただきます」と声を揃えて、久しぶりのうどんを堪能した。

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