第17話 母娘の事情

「おかえりなさい~あら?」


 僕達が宿屋に戻ると、看板娘が首を傾げてこちらを見つめた。


「すいません。一つお願いがあるんですが、こちらの母娘を部屋に上げても問題ありませんか?」


「それは問題ありません。部屋の料金はちゃんと頂いていますので」


「ありがとうございます。それと、この籠を少しの間、どこかに保管して頂けませんか?」


「わあ~コーンラビットがたくさん入ってますね。構いませんよ。こちらの倉庫にどうぞ」


「ありがとうございます」


 看板娘の厚意により、コーンラビットが入った籠を倉庫に預けて、そのまま僕達が借りている部屋に入った。もちろん、ミレイちゃんとそのお母さんを連れて。


 部屋に入ってすぐに二人にはシャワー室に向かってもらい、その間にセレナが二人の洋服を洗濯する。


 この世界の洗濯機は不思議なものになっていて、魔石をセットすると水がぐるぐる回って洗濯する大きなタライになっている。不思議と水がこぼれたりはしない。


 洗濯が終わったら、今度は隣にある扇風機の形をした魔道具の前に干して魔石をセットすると、熱風が出て目の前の洗濯物を乾かしてくれる。


 魔石もわりとどこでも売っていて、一回用の魔石は銅貨一枚で買えたりする。一回で洗濯と乾燥できる量は少ないけど、手洗いよりはずっとずっと楽でいい。


 セレナが洗濯を終えて部屋に持ってくると、僕とポンちゃんは外に出た。


 暫く待っている間、ポンちゃんをもふもふしながら扉の前で待つ。


『くふふふ~くすぐったいニャ~』


 それにしてもポンちゃんってイヌ科なのに、語尾に『ニャ』を付ける違和感も随分と慣れてきたな。普通『ニャ』って猫じゃないか? これもまた異世界の不思議なのかもしれない。


 ポンちゃんと遊んでいると、扉が開いてセレナが呼んだ。


 中に入るとすっかり綺麗になった母娘が僕に頭を下げた。


 部屋にあるテーブルを囲い、話し合いを始める。


「この度は親切にしてくださって、本当にありがとうございます」


 もう何度目か分からない感謝を口にする母親。


「では自己紹介といきましょう。僕はノア。こちらはセレナ。こちらはポンちゃんです」


「私はライラと申します。娘のミレイです」


 ライラさんにミレイちゃん。顔立ちも似てて母娘なのは間違いなさそうだ。


「さっき、魔法がどうこうと話したんでしたが、詳しく聞いても?」


 母親の顔色が変わる。それもそうで、実は獣人族は魔法が使えないはずだ。


 この世界で魔法を使える種族は【上位種】と呼ばれたりする。人族は全員ではないがごく少数の人が魔法を使えたり、中には強力な魔法が使える【賢者】が生まれたりするから、世界でも最も繁栄していると言っても過言ではない。


 他にも種族全員が魔法を使えるエルフ族やダークエルフ族はまさに【上位種】の代表のようなものだ。


 その中でも、獣人族だけは魔法が使えない【劣等種】として迫害を受けていたりするが、獣人族が大きく栄えることができたのは、獣人族だけが使える特殊な力【獣神化】により凄まじい力を発揮できるからだ。


 と、各種族の間にはそんな差があるが、問題は獣人族の中に魔法が使える獣人がいるということだ。


 ミレイちゃんは口を滑らしてしまって、魔法という言葉を話した。僕が気になったのはそれだ。


 ミレイちゃんがライラさんを見つめて、首を縦に振った。


「分かりました。お話しします………………実は我々獣人族の中でも稀に魔法が使える者が現れます。その者を…………忌み子と呼びます」


「忌み子……」


「魔法が使える者は全員……国外追放となります。娘も例外ではありませんでした」


「そんな!」


 過剰に反応するセレナ。きっと彼女達に僕達を重ねていたのかもしれない。


「私達が追放となったその日、目の前で【風渡り】が起きて、娘がそこに放り出されてしまいました。私は……まだ幼い娘を一人にしたくなくて一緒に飛び込んでしまったんです。気が付けば森の中にいて、数か月前にこちらの街に辿り着きました。そこからこのようなことになってしまったんです」


「どうして魔法が使えるだけで追放されるんでしょうか?」


「私達獣人族は多くが魔法によって命を失いました。魔法は獣人族にとって恐怖の象徴です。魔法が使える者は災厄を呼ひ、追放する習わしなんです……」


 その種族によってルールが違うことは知っている。僕の家も一見華やかに見えるかも知れないが、剣術を磨くことを強制され、剣士の才能がなければ追放される。それと大きく変わらないのかもしれない。


「ということは、このまま獣人族の国に戻る方法もないと……」


 ライラさんが頷いた。


 だからずっとこの街に留まっていたんだ。本来なら何が何でも故郷を目指すはずなのにそうしなかった理由。やっと僕が感じていた違和感がなくなった。


 しかし、それが分かったからと言って、何か解決したわけではない。むしろ、彼女達がこの先、救われる道がないのは言うまでもない。


 その時、何かをずっと考え込んで目を瞑っていたセレナが目を開いて、ミレイちゃんに声を掛ける。


「ねえ、ミレイちゃん。使える魔法ってどういう魔法なの?」


 僕達は全員彼女達に注目した。

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