いいわ毛【KAC2023】

Cランク治療薬

いいわ毛

 そのマッチングアプリペアルックは荒れていた。かれんというユーザーによって一部の男達で騒ぎ立てられていたというのが、正しいだろう。詐欺や業者、冷やかしなどと予想されるほどに一風変わった黒髪ロングの超絶美人がいると男たちは浮き足立ったのだ。初めは容姿だったかもしれないが、ちょっとおかしな言動が一部に知れ渡っていた。かれんは手当たり次第マッチングしては興味のない男には決まってマッチング後のメールで決まってこういうのだ。


『ちょっと胸毛みせてくれませんか?』



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 大学のキャンバスにある食堂で、私は親友のまゆみと話していた。


「もう潮時かもしれないわね」


 マッチングアプリの通知の数が4桁に届こうとしているのを見てこぼした。


「かれんそんなに美人なんだから、マッチングアプリ使わなくてもいい男捕まえられるのに」

「あら、ブロックされたわ。胸毛を聞いただけなのに」

「ええ? かれんをブロックするなんて絶対馬鹿だよ」

「最近なんか話題になってて遊びと思われて、こういうユーザー増えたのよね」

「私もしてみようかなペアルック」

「まゆみはマッチングアプリなんか嫌いと思ってたわ」

「出会いがないんですぅー」

「じゃあ教えてあげるわね。マッチングアプリは仕分けゲームなの。こうやってピックアップされてくる男の写真が流れてくるから、いらないものは左にスワイプしてキープは右よ」


 画面に肌が加工された美白のホストみたいな写真がでてくる。左にスワイプする。高級車がでてくる。


「これは投資詐欺ね」


 左にスワイプする。ホストがでてくる。


「ホスト、ホスト、投資詐欺。ホスト、ホスト、投資詐欺。ね? 楽しいでしょ」

「何その悲しくなる楽しみ方。私だけはずっとそばにいてあげるからねっ」


 まゆみがぎゅっとしてきたので、ぎゅっとしかえす。


「あらふさふさ」


 右にスワイプする。マッチングしましたと画面が表示された。


『ちょっと胸毛みせてくれませんか?』


 メッセージを送って満足する。


「さあまゆみ、講堂にいきましょう」

「なにかれんさらっと次の講義いこうとしてるの? なんなのあんなの送ってたらまともな人と出会えるわけがないじゃない!」

「でも、こうすることで写真加工している男をはじけるのよ。私は男の写真加工が許せないの。肌を綺麗にするための加工して、あなたそれでも毛が生えているの? と言いたくなる。どこかに生まれた時から未処理脇毛の天然物男子いないかしら」

「あー毛フェチだものね。かれん」


 まゆみが哀れむものをみる視線をかれんに送る。


「なんならサルでもよかったわ。類人猿ならなお良かった。なんで絶滅したんだろうネアンデルタール人に北京原人」

「いったいどうしたらそんな毛フェチのお嬢様が育つのでしょうね」

「え? どうしたらって? そういえばどうしてだったかしら」


 私は講義中板書すらとらずに、なんでこんなに毛に執着することになったのか。考えていた。


「帰ってきたぞかれん」

「パパお帰りィィィィ」


 そのままパパの首回りに巻き付く。

 そのまま登ろうとしてゆっくりと大事そうに下ろされる。かれんは小さい時に亡くなってしまったお父様を思い出した。よく抱きしめられて、高い高いしてよくあやしてくれた。暖かい記憶。髪をわしづかみしたら本気でやめてくれっと慌てていて面白かった。その髪の毛を狙ったやり取りが好きで、私は毛が好きになったのだろう。


「そういえば、さっきマッチングした男、なんで右にスワイプしたのだろう? 体毛も濃くなさそうで好みではないのに。今度あってみようかしら」


 呟いたところでまゆみから小突かれ講義中だったこと思い出した。


 マッチングして出会った男はいきなり私に謝った。


「すみません、かれんさんを騙してしまって、こうでもしないと会ってくれないと思ったんです」

「騙すも何もまだ出会ったばかりじゃないかしら」

「それがその……こういうことなんです」


 その男は震える手で髪の毛をずらした。

 写真はカツラだったのだ。


「ふーん毛はないのね?」


 私の中でこの男に対する興味が冷めていく。


「でも、あるんですよ毛は!」


 必死に男が弁明する。


「恥ずかしながら私育ててるんです。宝毛を」


 ほらここ! と必死に指すおでこには白い毛がひょろっと生えていた。

 思わず触ろうと手を伸ばすと男がびくっと身を引っ込ませる。


「抜かないで下さいね」


 私の毛の生えた心臓に増毛キャンペーンが開催される。涙目の男の宝毛に触る。ちょっと引っ張る。


「抜かないで下さいっ」


 宝毛をとろうとすると男は必死にそれを防ぐ。それが面白くて面白くて私は笑っていた。


 この後も何回も会った。その度に触ろうとするのだが、まるで男にとって宝毛が私との唯一の繋がりであるかのように守るのだ。

 そんなことないのにね。


「ご親友のまゆみ様にひとつ大事なお知らせがあります。今私のお腹の中に新たな毛根を宿しています」

「いやまだつるつるだろう。しかし毛フェチなかれんが禿の人とね」

「宝毛の人とだよ」

「毛フェチだもんね、そうきたかって感じだけど」


 まゆみには私が毛フェチだから付き合ったと言っている。


 そう、それは本当の私の恋心を隠すための「いいわけ」。

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