依存の歌

伊藤魔鬼

【依存の歌-END OF MOUSEMAN-】

どこから話しをしよう。

旅館の夜は長いから少しだけ昔話を聞いてくれると嬉しいな。

少し悩んだけどどうせなら最初から。

自販機で買ったコーヒーが冷めてまずくなるころには切り上げるから安心して。


私の名前はヒロコ。


幼い頃から取柄もなく、人に必要とされず、誰かに必要とされるためずっと背伸びをしていた。


中学の頃そんな自分に嫌気がさし、いろんな知識と技術を詰め込んだ。


文学や雑学、哲学、歴史、気になる知識を片っ端から読み漁った。

動画サイトを見聞きし、絵も描ける、聞いた歌をそのまま声に乗せられる、芝居は心の引き出しからいくらでも出せる、コンピュータやスマホで簡単なゲームくらいは作れる。


空っぽな自分を知識で固めて、15の頃には自他ともに認める多彩な人間だった。

そして他人より大人びた早熟さがクラスでは浮いていた。


16の頃、私は恋愛というものに憧れた。

配信アプリで恋人募集枠を開いてみた。


何人もの男性が寄ってくるけど、ガキやバカ、変なオヤジばっかり。

そんな中、一人の青年が、そいつらの空回りをうまく流したり拾ったりして、すべて笑いごとになるように空気をコントロールしていた。


彼の名前はミキオ、27歳の自称ミュージシャンだ。

毎日配信を開くたび、全てを面白くする彼に惹かれていった。

他の人にはない色々な魅力を持ってるミキオのことが気になって仕方がなかった。


ある日勇気を出して、震える指で通話アプリのIDを送った。

数分後にあっさりと連絡先をGETできた。


「やった!」


電話をかける。


「もしもーし!ミキオです!ヒロコちゃん、やほやほ~!」

「こんばんは、今日も元気そうで何よりです!ちょっと前から私、ミキオ君に興味あって、電話してみたかったんだ」

「マジで!?そいつは光栄だな!なーんて、俺なんかに興味持ってもいいことないよ!」


5分声が聞ければいいと思ったけど、彼がリードしてくれたおかげで通話は7時間以上続いた。


「ミキオくん、もうすぐ朝だけど仕事大丈夫?」

「俺、ニートミュージシャンだから!それよりヒロコこそ学校は?」

「私、不登校だから!」

「おお!仲間だね~!でも、そろそろ気力が限界っぽいからもし俺が寝落ちしたらテキトーに通話切っといて!」

「私も~…マジやばかったら、そのまま切って~!」


とかなんとかあって結局通話を切らず、気が付けば毎日電話をする日々。

日常の愚痴、他愛ない話題、程よい距離感でずっと話していた。


彼との電話だけの日々、そんなこんなのうちに季節が変わり日照時間が長くなっていた。


シャツとパンツ、エアコンのない蒸し暑い部屋、今夜も野菜ジュース片手に通話する。


普段から彼としていた、雑な雑談は雑味が増していき、ただ繋いでいる日常の一部と化していた。

なんとなく安心できる通話。それはもはや義務感に近い感覚で毎日かけていた。ストレスは多少あれど、一番の楽しみだった。


「熱いー…アイス食べたいー…」

「俺の部屋はエアコン効いてて快適だよ!ヒロコも俺ん家にくればいいのさ!遊ぶものも大量にあるぜ!」

「でも散らかってるんでしょ?この前ビデオ通話で見たけど、やばすぎだって」

「いや、あのビデオはマジ事故だって…。早く忘れてくれ。」

「スクショ残ってるから絶対忘れないよー」


本当は部屋なんかより、ミキオの写真を残しておきたかった。


「そういやさ、就活でヒロコの住んでるところの近くに行くって言ったっけ?」

「え?聞いてない!来るの?」

「行く行くー!なんか飯でも食べ行こうぜ!」

「おごってくれるの?わーい!」

「寿司か焼肉、どっちがいい?」

「高級イタリアン!」

「りょーかい!大枚おろしてくるわー!俺のことはATMくらいに思っておけ」

「いや、そこまでは甘えられないよ、無理しないで~」


なんて話しているうちにあっさり会うことになった。


約束の日、駅の入場切符を買いホームでミキオを待っていた。

何本も通り過ぎる電車を見ながらソワソワしながら待っていた。

来た時に買った紅茶のペットボトルはすっかりぬるくなっていて、夕方の虫の声が耳に刺さる。


そんな虫の声でボーっとしてるとき、肩を叩かれた。


「ヒロコ…?だよね。」

凄く聞き覚えがある声が耳に刺さる。

振り向くと背が高く、整った顔立ちのよく知る青年がたっていた。

「ミキオくん…待ってたよ!」

そこで私たちは初めて出会った。


程よい金額の創作イタリアンの店で夕飯を二人で食べ、夏の夜道を散歩しながら色々話した。

彼の泊まる格安ホテルに行き、備え付けの浴衣を着た。


そう、ここまで話して言い訳はできない。初めて会うの彼に私は心だけではなく、体も許し始めていたのだ。

彼のたばこの香りがする髪の匂いを忘れることはないだろう。

その時はなりふり構わなかった痛みと、異物感が、早朝の頃になって細やかな罪悪感になった。


朝のロールカーテンから入る柔らかい朝日の中、彼は聞いた。

「ヒロコって、イメージしてたよりずっと小さくてベッピンさんで実はすごくドキドキしてた。俺さ、今は売れないニートミュージシャンだけど、出世したら必ず幸せにするから。俺と付き合わん?」

「…こんな私で良いの?」

「俺こそ、弱音だらけのダメ人間だけど、ヒロコを幸せにするためなら人一倍がんばるから。」

「うん、付き合おう。ミキオくんの弱いところも駄目なところもカッコいいところも、全部受け止めてあげるから。」

「お、おう」

返事に戸惑う彼のいたずらな笑顔が頭に張り付いて消えなかった。

次の日ミキオと私は本来の目的の就活を無視して、カラオケボックスで爆睡していた。


 彼と付き合い始めてから、いつも考えることは彼のこと。

頭の中で独り言をつぶやいていた。

ネットのグルメサイトを見て「ミキオくん、野菜嫌いだからこのお店は予約の時にジャガイモ以外抜いてもらわなきゃ」

LINEを送るとき「ミキオくんはきっとこの漫画のネタにはこう返すから、先手を取って…意外性で勝負!」

会話の時「ミキオくんはこう言うとこう返してくれる。じゃあこういえばもっと喜ぶはず!私を気にしてくれるはず!」

ミキオに対しても直に聞いてみる。

「ミキオくんのこともっと知りたい。もっといろいろ話して!大好きだからミキオくんのこと、色々知りたい。」

「俺のこと知ったって面白くないよ、そんなことより未来の話しようぜ!」

「はぐらかさずにちゃんと話して。」


私のことは何でもミキオに話した。


クラスになじめず登校拒否していること。親はそんな私に対して無関心なこと。父を置いてどこかへ消えた母親のこと。好きな映画、好きな花、好きな言葉。全部。

私の中にある私のことは洗いざらい話した。

話せば話すほど心のどこかで私は追い詰められていった気がする。

でもどんなに自分の中身を絞り出しても、ミキオのことは何も知らまいままだった。

「俺の過去を知って、ヒロコはどうしたいの?」

何も答えられなかった。

そんな時のミキオの顔は、どこか遠くを見ていた。

ラブホテルの薄暗い照明の中、その表情だけは、はっきり見えた。

缶コーヒーの空き缶でタバコを消し、ミキオは笑った。

「そろそろ冷える時期になってきたね。こんどオフシーズンの海でも冷やかしにいくべ!」


 波の音、風の音、鳥の羽ばたく音、ウェーブ・ウインド・ウイングス…人のリラックスする3つの音らしい。人工の音がしない砂浜をミキオと二人見渡していた。

レンタカーでミキオが運転し、助手席でウキウキ喋りまくっていた。

でも、本当にウキウキしていたわけではない。心の奥底で、どこか不安だった。

突然呼び出される海、曇った表情のミキオ、弾まない会話、何を意味するのかなんとなく目に見えて私は無理にはしゃいでみせた。

そのはしゃぐのはミキオの笑顔を引き出そうとする半面、私自信を欺くためだった。


 2台しか止まっていない駐車場に止まる車、すぐ目の前に広がる美しい海の景色。

自販機でカフェオレを二本買い、砂浜の段差に座る。

「思いのほか冷えるな」

「全然へーきだよ!私のパーカー着る?ミキオくんには小さいけど!」

「ははっ…。」

「こんなところに連れ出して、どんなお話ししてくれるの?」

「言いずらいんだけどさ、全部やめる前にさ、お前にこの景色見せたくて。」

「え?」

言葉に詰まる、この先を聞きたいけど聞きたくない。

でも彼はすぐ口を開いた。


「ヒロコ、別れよ!...って言ったら語弊がある。...離れよう。」

「いや…。」

「俺、売れないミュージシャンやってるけど、もうそろそろ潮時かなって。いつも君は俺の過去知りたがってたじゃん。実はそれが理由なんだ。俺が音楽始めたきっかけを話すよ。」


彼はすべてを話してくれた。


ミキオは高校の頃、アニメの影響で軽音部に入り音楽を始めた。

一緒にアニメを見ていた年の離れた女性に自分の曲を聞かせて喜んでもらえるのが一番の幸せだった。

その女性に「武道館ライブまで行ってみせる」と目標を立てた。

そこまではよかった。

その女性は白血病でこの世を去ることがわかってしまった。

ミキオはその女性のために曲を書きおろし、スマホに入れて病室に持って行ってた。

毎日のように通った。

二人だけの時間がずっと続いていたんだと思う。

その女性は衰弱していき、気が付くとミキオは骨壺の前で号泣していた。

全てを失ったミキオには武道館の夢だけが残った。


…その話を聞いてショックで泣きそうになってしまった。

内容が悲しいという理由ではない、話している間、ミキオが別の人を見ているという、私の中にある醜い嫉妬心だ。


「俺、その女、リカのためにずっと曲を書いてたんだけど、ヒロコに会って日々を過ごしているうちになにも書けなくなっちゃったんだ。だからさ、もう音楽も何もかもやめようと思って。ヒロコ、俺から離れてくれ。お前が聞きたがってた、俺の中にある過去はこれだけだ」


その言葉で私の涙腺のダムは決壊した。


しばらく泣いている私に、彼はコートをかけて肩をポンポンと叩き、目の前で私をブロックして消えていった。


彼が一人で乗ったレンタカーを背中で見送る。


レンタカーは恋心と依存の消失点に消えていった。


そのあとどう帰っていったのか、記憶は途切れて…ぼんやりしている。


ただ、帰り道のファミレスで一人で食べたペペロンチーノの味はビビットでよく覚えている。


美味しかった。



× × ×


 10年以上が経ち、私に見える景色はあのころと違う。

同じペペロンチーノを食べても、多分あの時の感覚はない。


幼い頃から取柄もなく、人に必要とされず、誰かに必要とされるためずっと背伸びをしていた。


中学の頃そんな自分に嫌気がさし、いろんな知識と技術を詰め込んだ。


文学や雑学、哲学、歴史、気になる知識を片っ端から読み漁った。

動画サイトを見聞きし、絵も描ける、聞いた歌をそのまま声に乗せられる、芝居は心の引き出しからいくらでも出せる、コンピュータやスマホで簡単なゲームくらいは作れる。


-そう、わたしは勉強を通し様々なことへの理解を深めた。

理解は支配へ繋がる。様々なことを理解し支配し、私は15の頃には自他ともに認める多彩な人間だった。


同じようにミキオのことも理解して、支配したかったんだ。


ネットのグルメサイトを見て「ミキオ、野菜嫌いだからこのお店は予約の時にジャガイモ以外抜いてもらわなきゃ」

-それでミキオに気の使える女と思ってほしかった。


LINEを送るとき「ミキオはきっとこの漫画のネタにはこう返すから、先手を取って…意外性で勝負!」

-ミキオの考えを見透かして相手を自分と同じと思った。


会話の時「ミキオはこう言うとこう返してくれる。じゃあこういえばもっと喜ぶはず!私を気にしてくれるはず!」

-相手を手中に収めようと必死な醜い醜態だった。


「ミキオのこともっと知りたい。もっといろいろ話して!大好きだからミキオのこと、色々知りたい。」

-知ってもっともっと支配して、私の思い通りのミキオになってほしかった。


「俺の過去を知って、ヒロコはどうしたいの?」

-過去は人の一部に過ぎない。過去=その人の本音だと思ったら、大間違いだ。

間の前の相手より、相手の過去に固執して何になるんだろう。


どこからだろう、私は現実のミキオではなく、私の頭の中のミキオに恋していた。

恋して依存して束縛していた。

自分勝手な依存の歌を聞いて、ミキオはきっと耳をふさぎ、私から離れた。


私の努力は、支配のためだった。

彼の弱さにつけ込みたかった。

無意識に彼を否定していた。

そうやって大切な彼を傷つけた。



…十数年、ずっと会ってなくて、もはや私の知るミキオではないミキオ。

もしもう一度会えたら、私はなんて言葉をかけるだろう。


「ありがとう」も「ごめんなさい」もきっと彼には届かない。

私と彼は別の人生を歩んでいるのだから。


海辺の旅館、今、私の大切な人は隣で眠っている。窓から見えるキラキラした波に心の中で「さよなら」をつぶやいた。


少しだけ大人になった。


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