あいの病
一繋
あいの病
「人類にとっての死は、明らかに変容している」
それが、弁解録取書の作成にあたっての第一声だった。
「少し想像すればわかるはずです。誰でも現実を切り取ったかのような映像を残せるし、耳元で囁かれているような音声も残せる。ライフログと意識せずとも、多くの人がネット上に自身の情報をアップロードしている」
その語り口は大学教授を思わせる、明朗としたもの。淀みなく、講義は続く。
「神話の時代……イザナキですら黄泉の国で出会えたのは、死者として恐ろしく変貌したイザナミだった。しかし今では、AIを使うことで、鬼籍に入った人物の写真や歌も作りだせる」
「……あなたには妻・○○さんを殺害した容疑が掛けられています。その事実を認めるかという質問なんですが」
「いまお話したようなことを考えていますとね。『生』に価値があるのかに行き当たるんですよ。だってそうでしょう。技術的には、人格をコピーするだけの情報もアップロードできるし、それを活かすためのアルゴリズムだってある。肉体ですら、クローン技術で形成可能だ。ここにいる私もあなたも、すでに代替可能な存在ですよ」
弁解という言葉が用いられるように、これは殺人という被疑事実に対する「言い訳」を行う機会……のはずだ。しかし、この男の言葉には、言い訳がましさなど微塵もなかった。
「自身の死の意味合いは、変わらないでしょう。『我思う、ゆえに我あり』が本質で、いくらクローンや人工知能で分身を拵えようと、いま『思う』自分とは別個の存在だ。けれど、他人はどうでしょう。愛しい他人を『その人足らしめている』ものはなんですか。容姿?遺伝子?記憶?」
そこまで言うと、男の言葉と感情は急速に引いていった。
「そんなことを考えていたら、目の前の人ですら無価値に思えてしまったんですよ」
自供は、諦めるように、慈しむように締めくくられ、それ以降は黙秘が続いた。
あいの病 一繋 @hitotsuna
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