第53話 争うまさかの種族

 「クォ~~~~ン!!」

「「「!!」」」


 里長さんに“戦い”について聞こうとした時、里の入口方向からフェンリルの遠吠えが響き渡る。

 それも、最大限の警戒をうながすような遠吠えだ。


「時が来たようじゃな」

「これは一体……?」

「どうやら“敵”が現れたようじゃ」

「!」


 まさかこんなすぐに来るなんて。

 戦いはすでにそこまで煮詰まっていたのか。


「わしらは急いで里を出て迎え撃つ。悪いが説明は道中でしよう」

「わ、分かりました!」


 言葉は冷静だが、明らかに里長さんの顔には焦りが見られる。

 それほどの緊迫した状態だったのか。

 俺たちが来たタイミングも、本当にギリギリだったのかもしれない。


「ではゆくぞ!」


 里長さんは毛を逆立て、家を飛び出す。

 俺と美月ちゃんも瞬時に覚醒したフクマロに乗り、後を追った。


「敵についてじゃったな」

「は、はい! お願いします」

「うむ」


 里を疾走する中で、里長さんが口を開いた。


「初めは脅威でもなんでもなかった。魔物の頂点たるフェンリルの敵などではなかったのだ」

「それがどうして」

「奴らは他にはない、ある能力を持っておったのじゃ」


 里長さんの顔が強張こわばる。


「奴らは何にでも変身し、どんな能力をもコピーする。奴らの成長は止まることを知らず、可能性が無限大なのじゃ」

「!」


 聞いていて恐ろしくなる。

 それは確かにとんでもない能力だ。


「そうして奴らは成長を遂げ、暴食の化身と化し、脅威となった。ここで止めなければ、いずれ人間の世界にも進出するかもしれん」

「それは一刻も早く止めなければ!」

「ああ、そうなのじゃ」


 そこまで話し、里の入口に着く。

 目の前にある景色が歪んだような空間に入れば、また『地獄谷』森林部に戻れるはずだ。


 だが、里長さんがそれ以上前に進まない。


「里長さん?」

「捕らえよ!」


 そして、声を上げた。


「なっ──!?」

「きゃっ!」


 里長さんの指示で周りからバッとフェンリルが集まってくる。

 入口付近で構えていたのか!?


「……!」


 フクマロ達も咄嗟とっさに反応したが、横をすり抜けられた。

 それもそのはず、


「やすひろさん!」

「ぽよー!」


 捕らえたのは美月ちゃんとぽよちゃんのみ・・だ。

 俺は状況に混乱する。


「里長さん! どういうことですか!」

「……やすひろ殿、お主が良い奴だとは知っておる。もちろん美月殿も」

「それならどうして!」

「ですが──」


 里長さんは、ぽよちゃんの方を振り向いて答えた。


「ぽよ殿だけは別なのです」

「ぽよちゃんが? ……!」


 自分で聞いた後に、はっとする。

 先程の里長さんの話に、心当たりが浮かんでしまったからだ。


 里長さん曰く、その魔物は何にでも変身し、能力をコピーする。

 やがて暴食の化身と化した。


 そして、今ぽよちゃんが捕らえられた理由。

 それらを組み合わせれば、おのずと答えは浮かび上がる。


「戦っているのは、ぽよちゃんと同じ魔物……?」

左様さよう


 思い返してみれば、はじめから普通ではなかった。

 最弱と言われるはずのスライムのぽよちゃん。

 それが何故か、他にはない「コピー」という能力を持ち、今まで活躍の限りをしてくれた。


 俺も考えた事がないわけではない。

 ぽよちゃんのこの可能性は、いずれうちの四匹すらも超えるのではないか、と。


 それに、『地獄谷』に強い関心を示していたらしいぽよちゃん。

 何らかの帰巣本能が働いていたのだとしたら、その行動も頷ける。


「じゃあ本当に……」

「うむ。奴らは『インフィニティスライム』。おそらく、ぽよ殿も同じ種族のはずじゃ」

「……!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

インフィニティスライム

希少度:EX(規格外)

戦闘力:EX(規格外)


スライムの頂上種であり、生息地は不明。

ありとあらゆる能力をコピーし、どんな魔物にも変身できる能力を持つ。

その能力に制限は無い。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 たしかにそこには載っていた。

 今考えれば、そのまんまぽよちゃんじゃないか。


「ぽよ殿個人に恨みは無い。良い魔物なのは分かっておる。じゃが、ここでぽよ殿を捕らえねば、わしらの士気に関わる。どうか理解してくれぬか」

「……っ!」


 言いたいことは理解できる。

 残念ながら、里を守る役目を持つ里長としては妥当な判断だろう。


 だけど、気になることはもう一つ。


「えりとは気が付かなかったのか?」


 EXは市販の図鑑には載らない。

 配信上では気が付く人がいなくても不思議ではないが、あのえりとが気が付かないとは考えにくい。


『気づいていたさ』

「えりと……!?」

 

 突然、耳元のイヤホンに通信が届く。


『里の中はやっぱり通信が届かなかったみたいでよ。アップデートを繰り返してようやく繋がった』

「さすがだな。それより今の話──」

『ああ、言葉の通りだよ』


 通信越しでも申し訳なさが伝わってきた。


『気づいたのはだいぶ前だ。気づいていながら伝えられなかった。悪かったな、美月ちゃんも』

「えりとさん……」


 えりとの口ぶりから察するに、フェンリルとの関係も何か推察していた可能性もある。


 そんな時、


「ワフ」

「フクマロ?」


 フクマロが声を上げた。


「ワフ! ワフフ!」

「……! そうか、そうだよな!」


 里長さんの翻訳がなくても、フクマロの言いたいことが分かった。

 俺も同じ気持ちだったからな。


「里長さん。お願いがあります」

「やすひろ殿。まさか……!」


 フクマロが言ったことは里長さんにも伝わっているだろう。

 それでも曲げるつもりはない。


 普段は弱肉強食の魔物の世界。

 それでも俺たちは仲良くしてきた。


 それは争っている二種族も同じ。

 フクマロとぽよちゃんを見れば分かることだ。


 その思いを胸に、俺は里長さんをはじめ、里のフェンリル達に伝える。


「きっと両者は仲良くできます! この一件、俺たちに任せてもらえませんか!」

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