第52話 真実、そしてフクマロの想い
「フクマロはこの里で生まれた」
「!」
「じゃが……」
一つ間を置き、里長さんが口を開く。
「フクマロは、生まれつき体が弱かった」
「え?」
その言葉に驚きを隠せない。
それが分かったような上で、里長さんは続ける。
「里のフェンリルをたくさん見たであろう」
「は、はい」
「里にフクマロのような小犬の姿はいたか?」
「……!」
思い当たる節はなかった。
里のフェンリルはみな、常に覚醒したフクマロと同じ形態をしており、体が大きかったんだ。
覚醒してようやくあの大きな姿になるフクマロとは違って見えた。
「お主が『覚醒』と呼ぶあの姿。あれが本来のフェンリルの姿じゃ」
「では、この姿は……?」
隣でちょこんと座るフクマロに目を向ける。
今は覚醒していない小犬の姿だ。
「生まれつきじゃ。フクマロは母親から生まれた時からその姿であり、フェンリルとしての本来の力を持っておらなんだ」
「フクマロ……」
「だから──」
真実を告げられる気がして、ごくりと唾を飲む。
「わしが、フクマロには長く生きてほしくて地上へ送ったのじゃ」
「里長さんが!?」
そうして告げられる事実。
フクマロを地上へ送ったのは里長さんだった。
「そうじゃ。ここに帰ってこようとせぬよう、記憶を失くさせてな」
「なっ……!」
さらに出てくる衝撃の真実。
フクマロは故郷、そして両親にピンときていなかった。
それも全て、里長さんが記憶を失わせていたからだったのか。
「これが真実じゃ」
「……」
あまりに衝撃で言葉が出てこない。
頭が真っ白になりそうになる。
でも。
「どうして」
「む?」
フクマロの飼い主として、親として、段々と
その気持ちはやがて声として飛び出してしまう。
「どうしてそんなことを!」
「やすひろさん!」
少し声を大きくしてしまう。
思わず立ち上がった俺を、美月ちゃんが抑えた。
「すまなかった。そうするしかなかったんじゃ」
「だからどうして!」
「……」
里長さんは頭を下げる。
やがて、覚悟を決めたような目で里長さんは再びこちらを向いた。
「フクマロを戦いに巻き込むわけにはいかなかった」
「……戦い?」
握っていた拳が少し
俺を止めさせるためには十分な言葉だった。
「半年ほど前、わしは地上にフクマロを送った」
「半年前……」
俺がちょうどフクマロを拾った時だ。
「あの頃から戦いはさらに激しさを増した。そうして今も、わしらは戦いを続けておる」
「今も?」
「そうじゃ。そしてそれは、じきに最終決戦となるじゃろう」
「……!」
里長さんは強い目付きで続けた。
「この里、ひいてはフェンリルの種族をかけた戦いじゃ。そんな戦いに、力を持たないフクマロを巻き込みたくはなかったのだ」
「そんなことが……」
「じゃが結果的に放棄したのは事実。この通りだ。本当にすまなかった」
里長さんはもう一度頭を下げる。
「……」
フクマロは捨てられたわけではなかった。
あくまでフクマロの為を思い、仕方なく地上へ連れられたのだ。
ケガもあてもなく
そうして疲れ果て、その辺のダンボールに入ったというわけか。
話を聞き、冷静になった俺の頭は自然と下を向いていた。
「こちらこそ、すみませんでした。急に声を荒げてしまって」
「いいんじゃ。また会えて嬉しかったのはこちらも同じじゃ」
「!」
里長さんの声が和らいだ。
おじいちゃんみたいな優しい声だ。
「よくぞ、また会わせてくれたのお」
「ワフ~」
里長さんがフクマロに顔を寄せる。
フクマロの方も懐いた者にしか出さない甘い声を出した。
今の話を聞いてなお、フクマロは里長さんに好意を持っているのだろう。
いや、話を聞いて余計に、か。
そして、ここから流れが変わる。
「それに、弱かったというのはあくまで
「過去の話?」
「今のフクマロを見れば分かる。今のフクマロは里の
「……!」
里長さんの優しい目が俺の方を向いた。
「さらに言えば、フクマロが本来のフェンリルの姿を取り戻す『覚醒』。あれを引き出すのもやすひろ殿、お主じゃ」
「え?」
優しい目を向けながら里長さんは続ける。
「飼い主を守ろう、飼い主に応えよう、そういった意思がフクマロの本能を呼び覚ましたのであろう」
「!」
「ここまでの強さ、そして覚醒。これはお主だからできたこと。いや、お主に
「そんな。俺はただ……」
里長さんに胸を打たれ、うまく言葉が出ない。
「ワフ!」
「フクマロ?」
そうして寄ってきたフクマロと顔を見合わせる。
舌をへっへっと出して、とても甘えた表情だ。
「ワフ! ワフフー!」
「お主が飼い主で良かった。フクマロもそう言っておる」
「……!」
フクマロ思わず抱き上げた。
今まで助けられてきたのは俺なのに。
ずっと支えられてきたのは俺の方なのに。
まさかそんな風に言われる日が来るなんて、思いもしなかった。
「フクマロ。俺の方こそ、ありがとう……!」
「ワフー!」
涙がこぼれそうになる。
大の大人が人前で泣くなんて恥ずかしい。
「ワフッ」
「! ははっ、この可愛い奴め~」
それを察したのか、涙袋をペロっとフクマロが舐めた。
本当によくできたペットだよ。
「やすひろさん……!」
ちなみに隣の美月ちゃんはボロ泣き。
話を聞いていて
「ぽよ……」
ぽよちゃんは「
「ワフ!」
「ん、どうした? フクマロ」
「ワフー!」
そうしてしばらく。
俺の手元から離れたフクマロが、決意に満ちた目を里長さんに向けた。
フクマロ、お前まさか!?
「なんと……!」
「里長さん! フクマロは何を?」
「この里を救いたい。そう言っておる」
「ワフー!」
そんな予感がした。
フクマロはここから離れさせられた。
それでも、この故郷を守ろうと言うのだ。
「やすひろ殿や美月殿はよろしいのですか……?」
「フクマロの意思は俺たちの意思です。絶対にこの故郷を守ってみせます!」
「やすひろさんに同じです!」
「ムニャ!」
「キュル!」
「プク!」
「ぽよ!」
美月ちゃん、そしてフクマロ以外の四匹が元気に声を上げた。
ペット達、はしゃがずに話を聞いててえらいぞ。
「ありがとうございます! 実は足跡を残したのはわしらのSOSだったのです」
「足跡が! なるほど」
足跡、それは俺たちがこの『地獄谷』に来るきっかけになった
今思えば、足音すら立てず移動するフェンリルが大きな足跡を残すのも変な話だ。
あれはわざとだったのか。
「じゃが、この戦いについてこれない者がきても犠牲が増えるだけ。ですから、ここまで辿り着けた者達にのみ、協力を懇願しようと思っておった」
「じゃあ俺たちは……」
「見事に辿り着いてくださいました」
試練のようにフェンリルの後を付いて来させたのも、カメラを警戒していたのも、全てこういう理由だったからなのか。
「改めてお願いします。協力してもらえますか」
「もちろんです!」
俺はもう一度、強く頷く。
フクマロの故郷、そしてフェンリル達を守りたい気持ちでいっぱいだ。
「それで、敵というは?」
「それは──」
「クォ〜〜〜〜ン!!」
「「「!!」」」
里長さんが説明をしようとした時、里の入口方向から大きな遠吠えが聞こえる。
それも最大限に警戒を促すような遠吠えが──。
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