第44話 共に『地獄谷』へ!

 「簡易テントに配信セット、水と食料は当日で……こんなところか」


 ブルーシートの上に広がった物を確認した。

 これらは、三日後に出発する『地獄谷』の為の準備だ。


 えりと情報によると、フェンリルの足跡が見つかったのは“最深部”。

 日本で最高難易度を誇るそのダンジョンにおいて、人が辿り着いている最奥の場所だそうだ。


 そこへ、最強ペット四匹を連れてるとは言え、単身で乗り込むんだ。

 どれだけ準備をしても、し過ぎということはない。


「よし」


 配信はするつもりでいる。

 映像記録に残すことで、今後『地獄谷』に潜る探索者へのヒントにもなるかもしれないからな。


 それじゃあとは寝るだけ……


「お」

 

 そんな時、スマホに通話が来る。

 

「もしもし」

『やすひろさん!』


 相手は美月ちゃん。

 わざわざ通話なんて、急用かな。


『やすひろさん、『地獄谷』に行かれるんですよね』

「あ、うん。告知を見てくれたんだ」

『はい!』


 俺は先程、配信の最後に告知を行った。

 三日後に『地獄谷』へ出発するという告知だ。

 ありがたいことに、それもすでにトレンドに載っているようで、SNSも盛り上がっているみたい。

 

『それでなんですけど……』

「うん?」

『私も連れて行ってくれませんか!』

「えぇ!」


 少し間を置いて、美月ちゃんは大きめの声で伝えてきた。

 

「いやいや、美月ちゃん!? 『地獄谷』って最難関ダンジョンなんだよ!?」

『分かってます。……でも』


 向こうから、ぽよっという音が聞こえてきた。


『ぽよちゃんがすっごく興味を示してて』

「ぽよちゃんが?」

『はい。一緒にやすひろさんの配信を見ていたのですが、発表から一緒に行こうって聞かなくて!』

「そんなに……」


 スライムだけど、フクマロ達と比べても遜色そんしょくがないほどに賢い魔物のぽよちゃん。


 『地獄谷』に何かを感じているのだろうか。

 それは確かに気になる事ではあるな。


「でも、美月ちゃんは大丈夫なの?」

『……正直、ちょっと怖いです。わたしは『まあまあの密林』までしか行ったことありませんし』

「うん」


 言葉から、怖さが伝わってくるような声だ。


『それでも! わたしはぽよちゃんの飼い主なので! ぽよちゃんが行きたいというならどこでも行きます!』

「……そっか」


 覚悟は受け取った。

 ならば文句は言うまい。


「そういうことなら分かった。うちの四匹にも全力で守らせるよ」

『やすひろさん! ありがとうございます!』

「いいんだよ。俺も、ぽよちゃんがどうしてそこまで行きたいのか気になるからさ」


 これは本心だ。


 ぽよちゃんという、強すぎるスライムの謎のヒントが掴めるかもしれない。

 そんな胸騒ぎがするんだ。


「じゃあ三日後に。持ち物は──」


 それから、確認や改めての作戦会議を行って通話を終えた。







 三日後。


「がんばれー!」

「配信見てます!」

「応援してるよー!」


 『地獄谷』へ続く扉に併設されたギルドにて。

 

「なんだこれ」

「ちょっとー、驚きですね」


 時間通りにギルドにおもむいたところ、ものすごい人だかりができていた。


「やすひろさーん!」

「美月ちゃんと何かあったら許さないぞ!」

「手出すなよー!」


 応援の声から、美月ちゃんファンだろう人まで。

 何時から潜るかを告知していたから、それを聞きつけたファン達が集まって来たらしい。


 2〇時間テレビのマラソンを走り終えたみたいな雰囲気だ。

 それほどに声援と歓声が入り混じっている。


 そして、


「キュルン!」

「プクン!」


 その中を真っ先に堂々と歩き始める、ココアとタンポポ。

 思いっきり胸を張り、ドヤ顔もバッチリ決める。


「きゃー!」

「可愛い!」

「写真写真!」


 この二匹は相変わらずだ。

 子どもっぽいところは、いつまで経っても治らないらしい。

 それが可愛いとこでもあるんだけどね。


「ぽよよー!」


 それに続くぽよちゃん。

 焦って二匹を追いかけ……あ、コケた。


「ぽよちゃーん!」

「大丈夫!?」

「可哀想だけど可愛い」


 それにもまた観衆が沸いた。

 これも可愛いのはちょっと理解できてしまう。


 とは言え、放ってはおけないので、俺と美月ちゃんは急いで駆け寄った。


「ほら、焦っちゃダメだよー」

「誰も置いて行かないからな」

「ぽよよー……」


 今回の鍵、かもしれないぽよちゃん。

 この子にも目を付けておかないとな。


「フクマロとモンブランも。行こう!」

「ワフッ!」

「ニャフ!」





 それから受付を済ませ、ダンジョンに足を踏み入れた。

 日本最難関ダンジョン『地獄谷』だ。


「……うおっ!」

「……すごい」


 扉を開き、広がった光景に息を呑んでしまう。


「下が見えないな……」

「ですね……」


 立っている場所から崖のようになっており、下を覗けば『地獄谷』の名に相応ふさわしい大きな谷。

 大きすぎて向こう側が見えない。

 むしろ穴という方が正しいのでは。


「これが日本最難関か」


 この『地獄谷』が最難関と言われる所以ゆえん

 それは、まずこの崖を降りられる探索者が極端に少ないことだ。

 実際に見てみると本当に恐ろしいな。


「それでも行かなくちゃです!」

「そうだね」


 こんなところでビビってはいけない。


「よし、頼むぞタンポポ!」

「プクッ!」


 こっちには空を飛べるタンポポがいるからな。

 早速二人と三匹、タンポポに乗り込む。


「行けー!」

「プクー!」


 その場をバッと離れ、滑空しながら谷に突っ込んでいくタンポポ。


「うおー!」

「気持ち良いですー!」


 俺たちに負担がかかりすぎないよう、急降下せずに降りていくタンポポ。

 そうして見えてくるのは……森林だ。


「あれが!」


 地獄谷の奥底には森林がある。

 地上では見られない大きさの木がたくさん生えた、謎に満ちた森林だ。


 ここからは事前情報がほとんどない中での探索になる。


 そんな時、


「プクー!」

「どうしたタンポポ!」

「プククー!」


 何か危険を察知したかのようなタンポポ。

 必死に声を上げる。


 そうして、


「!?」


 下からひゅんっと飛んでくるものがある。

 

「プクー!」

「うおっ!?」

「きゃっ!」


 さらに連射されてきた謎の砲撃。

 打ち上げ花火のようなものにも見える。


「なんだこれ! 狙われているのか!」

「プク!」


 二人と四匹がいるとは言っても、実際に飛んでいるのはタンポポ一匹。

 これじゃ狙われるのも当然だ。


「……! タンポポ右だ!」

「プクー!!」


 さらに下からの花火のようなものが増えた。

 複数の魔物に気づかれたのか!?


「プクゥ!」


 まずい、このままじゃ!

 探索どころか、着陸すらできない!


 何か!

 何か標的をずらす手段はないか!


「ぽよっ!」

「ぽよちゃん?」


 名乗りを上げたのは、ぽよちゃん。


「この状況を、どうにかできるのか?」

「ぽよぉ!」


 キリっとした目で張り切るぽよちゃん。

 けど、こんな中で一体何が出来るんだ。


「やすひろさん! わたし、ぽよちゃんを信じます!」

「美月ちゃん! でも──」

「何もしなければここまま撤退です!」

「それは……」


 言葉に詰まりながらぽよちゃんをチラッと見る。

 決意に満ちた、飼い主を守ろうとする顔だ。


「分かった! 頼んだ!」

「ぽよー!」


 俺が任せた瞬間、


「ぽよっ!」

「プク!?」


 ぽよちゃんはタンポポの羽をパクっとくわえた。

 待て……まさか!?


「ぽよー!」

「ぽよちゃん!?」


 ぽよちゃんから小さな羽が生え、美月ちゃんを抱えて飛んだ。

 タンポポから、美月ちゃんとぽよちゃんだけが離れた形だ。


「ぽよちゃん!? すごいよ!」

「ぽよー! ぽよよ!?」

「って、わああー!」

「二人とも!?」


 だが、完全に飛んでいるわけではないのか、滑空しながらも高度を落としていく。

 さすがに体の作りが違いすぎたか!


「プクー!」

「!!」


 だが、標的は二体になったことで、下からの砲撃が別れた。

 これなら着陸できるかもしれない。


「タンポポ! ぽよちゃんも! そのまま突っ込むんだ!」

「プクゥー!」

「ぽよー!」


 勢いのまま、俺たちは森林の中にダイブした──。

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