第42話 思い出すあの時
平日の夕方。
「ふう~」
午後からの新たな案件についての会議を終えて、『世界樹温泉』に浸かる。
『世界樹温泉』とは、もちろん家の隣に生えている木の頂上の温泉のこと。
俺やペット、仲間たちとの独占浴場だ。
「あったまるう~」
仕事終わりのこれは“至福のひと時”。
心も体も安らぎ、落ち着かせることが出来る。
でも最近、ちょっと落ち着いていられない状況に
今がまさにその状況だ。
「あははっ! こらっ、ココアちゃんダメでしょ~」
「キュル!」
木の板の向こうから聞こえてくるのは
彼女もすっかり常連さんである。
毎日、いや一日に二回いる時すらある。
「あ~ほら、タンポポちゃんも!」
「プクゥ」
それにしても、一体何をしているというのか。
いたずらっ子なココアとタンポポの声がよく聞こえてくるようだけど。
「やすひろさーん、休めてますかー?」
「え? ええ、もちろん!」
慌てて返事をする。
ちなみに今のは嘘だ、まったく休めていない。
むしろ興奮……おっとこれ以上はいけない。
「それなら良かったです。って、きゃっ! も~モンブランちゃんまで~!」
「……」
ダメだ、これ以上は耳を塞いでおこう。
今はゆっくり体を休めなければ。
後で配信もやる予定だしな。
「って、なんだ」
再び落ち着こうとした時、立てかけていたスマホに通知が来たのに気づく。
相手はえりとか。
『今、ちょい時間あるか? 温泉なら早々に降りて来てくれると助かる。リビングで待ってるわ』
合鍵を渡してあるので、先に部屋で待ってるとのこと。
「ふーん……」
なんだろう、こいつにしてはちょっと焦ってる気もする。
体も洗ったし、ペット達はオーナーに任せて降りるか。
すっかり懐いたし問題ないだろう。
「オーナー、先に上がりますね~」
「分かりましたー! って、ああ! フクマロちゃんも!」
「……」
温泉で髪を乾かした後、リビングへ。
「うーす」
「来たか、やすひろ。お休みのところ悪いな」
「いやいや全然」
顔を出すと、PCを光の速さで打っていたえりとが顔を上げた。
「それで、話って?」
「その前に。フクマロはまだ、めどさんと一緒か?」
「そうだけど」
「なら都合が良い」
「?」
フクマロがいなくて都合が良い?
「どういうこと?」
「そうだな」
えりとは一息つき、もう一度目を合わせ口を開く。
「結論から言うと、
「……! フェンリルって希少なんじゃなかったか!?」
「ああ、超がつくほどな。図鑑を確認してみろ」
「そ、そっか」
えりとに
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フェンリル
希少度:EX(規格外)
戦闘力:EX(規格外)
最難関ダンジョンの最下層で数件のみ確認されている魔物であり、生態は不明。
最大の武器である「速さ」を生かし、魔物すら気づかぬ間に首を狩り取る魔物の頂上たる種族。
またその強さに反して、白色のモフモフな毛並みは人々を癒す。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
久しぶりにフェンリルのページを見たけど、中々にすごいことが書いてある。
それと同時に、とあることに気づく。
「数件は確認されているんだ。どこのダンジョンなの?」
「挙げればいくつかあるが、今はもっと重要な事がある」
「どういう意味?」
「フェンリルは基本、
えりとの説明によると、フェンリルは一匹狼の習性を持つらしい。
基本的に行動は単独であり、今まで見つかったどの例も一匹だったという。
となると、先程のえりとの発言に疑問が浮かぶ。
「ん、ちょっと待てよ。
「ああ、言ったぞ」
「それってすごいことなんじゃ!?」
「そうだ」
えりとがこくりと頷いた。
「はっきり言ってこんな前例は無い。研究所を含め色々と考察した結果、ある仮説が一番可能性が高いという判断に至った」
「その可能性とは?」
これが言いたかったんだ、えりとはそんなことを言いたげな顔を浮かべた。
「この足跡の近くに、“フェンリルの里”がある」
「……!」
俺は思わず目を見開いた。
世界中で過去何十年と調査されてきたダンジョン。
それでも数件しか見つからなかったフェンリル。
その里の可能性があるというのか。
「それはどこのダンジョンなんだ?」
「日本の最難関ダンジョン。東京の『地獄谷』だ」
東京には四つのダンジョンが存在する。
難易度が易しい順に、『はじまりの草原』、『まあまあの密林』、『難しめの湖』、そして今の話題の『地獄谷』だ。
思ったよりずっと近くで驚く。
しかし、それ以上に想起されたのはフクマロと出会った時のこと。
「……」
段ボールに入れられていたあの時のフクマロ。
俺が水を上げるまでは傷ついた状態だったんだ。
フクマロはその里から出てきた?
でもどうして?
いやそれよりも、里が近くにあると知ったフクマロは帰りたくな──
「バカなこと考えんなよ」
「……! いや、俺は別に」
「顔に出てんだよ」
ちょっと不安げな顔を浮かべてしまっていたのか、えりとには気づかれた。
さすが相棒、としか言いようがないな。
「フクマロはもうお前の家族だ。こうなるから言うか迷ったが、一応言っておくべきだと思ってよ」
「そっか。教えてくれてありがとうな」
「いいんだよ」
えりとも迷っていたのが表情に出てる。
「で、行くのかよ」
「どうだろうなあ」
行きたいかは分からない。
だけどなんとなく、行っておかなければならないとは思った。
そんな時、
「やすひろさん、温泉ありがとうございました~」
ペット達を連れた目銅佐オーナーが入ってくる。
「オーナー。いえ、いつでも自由に使ってください」
「ワフッ!」
「おおっ、フクマロ」
さらにフクマロが声を上げて俺の元に寄ってきた。
へっへっ、と舌を出しながら陽気な様子だ。
だが、
「ワフゥ?」
「……!」
やすひろ元気ない? と言いたげな表情を浮かべたフクマロ。
鋭すぎて困ってしまうな。
「んじゃ、やすひろ、俺は行くわ」
「ああ、ありがとう」
「どうするかは、また教えてくれ」
「了解」
その件だけだったのか、えりとが立ち上がる。
俺に整理する時間をくれたんだろうな。
「めどさんも、また」
「もう帰るんですね、えりとさん」
「まーな」
特に長居することもなく、えりとはそのまま帰って行った。
「ワフ?」
「ははっ。何でもないよ」
「ワフー」
俺の気持ちを察してか、フクマロがいつも以上に甘えてくる。
本当にモフモフは俺を癒してくれるな。
でも……そうだな。
モフモフに癒されて落ち着くと、決心がついた。
えりとの言う通り、俺たちは家族だし離れることもないだろう。
そう思うと自然と言葉は出てきた。
「フクマロ。故郷に行ってみたいか?」
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