第19話 次にやりたいこと!

 平日のお昼頃。


「ほら、フクマロ。お前のCMだぞ~」

「クゥンッ!」


 先日、案件動画を提出したダンジョンヘルス(株)の社長さんから、CMが入る時間を教えてもらい、俺たちはテレビの前に座っている。

 お、始まったみたいだ。



『おっと、こんなところに傷ついた小犬が! 回復スキルは使えない、でも助けたい! そんな時にはこれ、ペットポーション!』

『さあこれを飲むんだ小犬よ!』

『クゥ~ン!』

『これで元気になったね! 今日から君もペットを飼おう! 好評発売中!』



「……なるほど」

「クゥン」

「ムニャ」


 改めて自分が出ているのを見ると、中々に恥ずかしいな。

 クオリティは分からないけど、フクマロの可愛さでなんとかなってる気がする。


「まあまあじゃね?」

「お、えりと。“整理”は終わったのか?」

「一応、今日の分まではな」

「ありがとう。本当に助かるよ」


 テレビを見ていた後ろから、えりとが声を掛けてきた。

 整理というのは、やすまろチャンネルへの“コラボ依頼”の整理のこと。


 数日前、美月ちゃんと初のコラボ配信を行い、大成功に終わった。

 だけど、それ以来「コラボをしてください」との連絡が止まらない。

 連絡はそろそろ3桁ぐらいになるんじゃないか。


 俺はそういう対処が出来ないし、断るのも心苦しく思っていたところ、えりとがその辺を全て請け負ってくれた。


「こういうのは互いのメリット・デメリットを考えて、事務的に処理する。その上で、残ったチャンネルから選べばいいんだよ」

「それが出来たら苦労しないよ……」


 えりとはこう言うが、俺は大の苦手だ。

 えりともフリーになり、配信業に力を入れてくれるのはとてもありがたい。


「ところでよ」

「ん?」

「そろそろ、また何か大きいことしないか?」

「そうだなあ」


 美月ちゃんとのコラボ配信を終え、その後は主に雑談配信を行ってきた。

 もちろんダンジョン配信もしていたが、うちの二匹が強すぎてただの“お散歩配信”にしかならない。


 一応、視聴者は増えているし反応も良い。

 でも何か新しいことをしてみたいのはたしかだ。


「たとえば何かある?」

「ダンジョンの難易度を上げる」

「おおっ!」


 聞き返した質問には即答するえりと。

 こいつ、まじ頭の回転はええ。


「あとはおしゃれ配信、とかな」

「おしゃれ配信?」

「犬や猫に服を着せたりする人がいるだろ? 魔物にあれをする人は見たこと無いが、フクマロとモンブランなら問題なく出来そうだろ」

「お洋服かあ」


 フクマロとモンブランが服を着て駆け回っている姿を想像する。

 うむ、すでにめちゃくちゃ可愛い。

 妄想だけで満たされてしまいそうだ。


「それだ!」

「おっけい。で、どっちをするんだ?」

「どっちも!」

「は?」


 俺の回答に、あのえりとが首を傾げた。


「おしゃれな服を着せてダンジョンに潜る!」

「なんだそりゃ……いや、それも面白いな」

「だろ!」

「やすひろにはたまに驚かされるな」


 えりとは呆れたような、わくわくしたような顔を見せる。


「よし! じゃあお洋服を買いに行こう!」

「ワフッ!」

「ニャー!」


 右腕を上げると、フクマロとモンブランも元気よく返事する。

 二匹もおめかしするのが楽しみなのかな?







「こんにちは~」

「いらっしゃいま──えええっ!?」

「!?」


 やってきたのは近所のペット洋服店。

 店に入って普通に挨拶をしたら、何故か声を上げられてしまった。


「はっ! し、失礼いたしました!」

「いえいえ」

「あの……もしかして『やすまろチャンネル』さんですか?」

「あ、はい。そうですね」

「どひゃー!」


 漫画みたいなリアクションをされた。

 なんだか有名人になったなあ。


「お前たちのおかげだけどな」

「ワフゥ」

「ニャオン」


 二匹も嬉しそうな顔をしている。

 状況を理解しているのはやはり賢いな。


「あの! 良ければ当店にサイン頂けませんか!」

「良いですよ」

「やばいー!!」


 はは、中々激しい店員さんだな。

 

「なんだなんだ」

「あれ! フクマロ君!?」

「モンブランもいるぞ!」


 なんだこの既視感。

 呆然としているうちにすぐに囲まれてしまった。

 ふっ、有名人は辛いねえ。


「順番にです。それと出入口からは避けましょう」

「ワフ」

「ムニャ」

「「「きゃー!」」」


 またもミニサイン会が開かれることに。


 当然、この店にもサインが飾られた。

 二匹の『肉球ハンコ』も添えて。





 サイン会も一区切り終え、ようやく本題へ。


「今回はどういったご用件で?」

「それがですね──」


 えりとも交えて、店員さんに説明した。

 今回はフクマロとモンブランに合う服を探しに来たのだ。


「なるほど。魔物用のお洋服ですか」

「難しいですかね」

「できるとは思いますが、少々時間を──」

「失礼」


 店員さんと話をしていると、後ろから低い・・女性の声が掛かった。

 俺たちは一斉に振り返る。


「話は聞かせてもらった。その件、こちらに任せてもらえないだろうか」

目銅佐めどうさオーナー!」


 女性の姿を見て、店員さんが「目銅佐オーナー」と声を上げた。

 メドゥーサの聞き間違えじゃないよな。


 オーナーということは店舗経営者か。

 でもそれにしては……若いな。


 おでこが広く見える黒髪ショートカットに、キリっとした目付き。

 黒スーツがよく似合うスタイルをしており、声の低さも相まって若い教師か若社長に見える。

 ……割と怖い感じの。


「二匹の服を作ってもらえるのですか?」

「ああ、そうだと言っている」


 お、おお。

 初対面でこの口調と強面こわもてな態度。

 それでいて全く不快感はないので、できる仕事人って感じ。

 

「失礼ですが、あなたはどういった方で」

「ほう。慎重なバックがちゃんといるんだな」


 そんな目銅佐オーナーに、えりとが尋ねる。

 相手の事はしっかりと探る、俺一人だと出来なかったな。


「私はこういう者だ」

 

 それぞれ名刺をもらって驚愕きょうがくした。

 彼女は俺たちと同じ27歳で、いくつも会社を経営している。

 見た目通り、よっぽど仕事が出来る方のようだ。


「わかりました。ぜひよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 それを見たえりとが頭を下げたので、俺もなんとなく下げる。

 信頼に値すると思ったらしい。

 えりとが信頼するなら、俺も信頼するぜ!


「では、積もる話もある。本社も近いのでご同行願えるだろうか」


 俺に来た視線をそのままえりとに受け流した。

 こんな時はこいつを頼るに限る。


「そうしよう。どこの店でも、今すぐに作ってもらえるなんてことはない。それならこの方としっかり話をしたほうが良い」

「なるほど」


 俺たちは目銅佐オーナーに導かれるまま、彼女の本社へと向かった。





「こちらだ」

「うおっ……!」


 タクシーを降り、思わず見上げる。

 

 た、たけえ~!

 案内された場所には見事な高層ビル。

 全面ガラスも日光で輝いて、超かっこいい。


 東京にはそれなりにビルが立ち並ぶけど、その中でも高い方だろう。

 こんな場所に招かれるのは初めてだ。


「このビルの最上階だ」

「ええ!? 最上階!?」

「行くぞ」


 目銅佐オーナーは淡々と歩いて行く。

 色々と凄すぎてまるで頭が追いつかない。


 そうして、東京の街並みを見渡せる最上階。


「では、少し話をさせてもらう」

「よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いするます!」


 三人での会議はすぐに始まった。


 会議は進む。

 俺はもう何が何やらだが、休憩前にえりとがまとめてくれた。


 目銅佐オーナーは「ダンジョンでも着られる魔物の服」を作りたいそうだ。

 戦ったりしても破れず、それでいて可愛くておしゃれな服を目指すという。


 それはまさに俺たちがやろうとしていたこと。

 開拓されていない新しいビジネスだそうだ。


 そんな中、運良く自分の経営する店で俺たちが騒ぎになっていたので、声を掛けたと言う。

 さらに、今話題の俺たちが先駆けとなることで、新たな風を巻き起こせるだろうとも言っていた。

 

 彼女の素人目にも分かる頭のキレ。

 目銅佐オーナーとは今後良い関係が築けそうだ。





 そうして、会議は休憩に入る。


「ちょっと外の空気を吸ってきます……」


 俺はもうへろへろ。

 決して退屈ではないけど、えりととオーナーの高レベルなやり取りを聞いていて疲れた。

 

「そうか。ならば二匹は置いて行くといい」

「あ、お願いします」


 何も考えず返事をして部屋の外に出る。

 でも彼女と二匹だけに……いや、大丈夫か。


「うへえ」


 頭が働かないながらも、会議のことを思い出す。


 目銅佐オーナーって笑わないなあ。

 最初に店で話しかけてくれた時もそうだけど、ずっと気を張っていて、とても疲れそうだ。


 何を癒しに生きているんだろう。

 ビジネスビジネスって、息苦しくないのかな。

 普通の人とは違うってことなのかな。

 

「あ」


 そんな時、会議室にスマホを忘れた事に気づく。

 SNSも見たいし取りに戻るか。


 だけど会議室のドアノブを持った時、中から声が聞こえる。

 すごく明るく晴れやかな声だ。


 でも……あれ?

 中には目銅佐オーナーとうちのペット達しかいなかったはず?


 俺は不思議に思いながらそーっと扉を開けた。

 するとそこには、


「も~フクマロ君! あ〜モンブラン君も!」

「!?」

「まったくもう、どっちも可愛いんだからあ〜!」

「!?!?」


 めっちゃくちゃ二匹とじゃれ合うオーナーが。

 しかも……あれは猫じゃらし!?

 もしかして自前か!?


「あははっ! くすぐったいなあ、もう~!」

「???」


 え、べ、別人格??

 そう思えるほどの満面の笑み。

 さっきまでの彼女からは想像もつかない姿だ。


「も〜可愛すぎい。低目野ひくめのさんに頑張って話しかけて良かったあ」

「ワフッ!」

「ムニャ!」


 なんだか二匹とも嬉しそうだ。


 ああ見えて二匹は賢い。

 だからペット好きにしか懐かないはず。

 まさか目銅佐オーナーって……。


「休憩から帰ってくるまで私と遊びましょうね~」

「ワフッ!」

「え、あっち? あっちは入口……はぅあっ!」

「!」


 フクマロが俺の方を指したことで彼女と目が合ってしまった。


 やべえ、どうしよう!

 なんかめっちゃ気まずい!


「……ひ、低目野、さん?」

「ど、どうも~」


 数秒目が合い続けたまま、時が止まってしまう。

 やがて、顔を真っ赤にした彼女が声を上げた。


「み、見られたあー!?」

「ええっ!?」


 今までの彼女からは出るとは思えない高い声。

 もしかして、こっちが本性??


「い、今のは誰にも言わないでー! 絶対に!」


 強面こわもてできる・・・女性の目銅佐オーナー。

 どうやら彼女はただのペット好きだったようだ。

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