第7話
昨夜はそのままこたつで寝てしまったようだ。天板に突っ伏したワシの肩には、しっかりと毛布がかけられていた。
初江はこたつの対面に座り、目を閉じている。例の耳当てをしてはいるが、テレビも消えており、何を聞いているのかさっぱりだった。
ワシが起きたことに気づくと、にこりと笑って水を持って来た。やっぱりコードは垂れ下がったままで、何かを聴いているようには見えない。
「まるで波の音みたいに聴こえるんですよ。」
彼女はそう言うと、再び目を閉じた。生まれ故郷にある海岸を思い出しているのだろうか。
今住んでいる広島県世羅郡は、山に囲まれており、川はあっても海はない。まるで環境の違う場所に移り住むことになり、初江にはとても苦労をかけたと思う。
「心配しなくても、今は山が好きですよ。」
見透かしたようにそう言う彼女が、どうしようもなく愛らしい。出来るだけ彼女に苦労は掛けさせまい。辛いことはワシが身代わりになって、彼女には笑っていて欲しい。
そう思っていたのに…
始まりは何気ない会話の中にあった。
「この間、肩に羽毛がついてて、全然取れなかったんですよ。歳のせいか腕が回らず、でも気づいたら無くなってたんですけどね。」
羽が生えたのかと思ったと笑う彼女に、年齢を実感はしたが、小さな幸せを感じていた。
しばらくすると、指先の絆創膏が増えてきた。深爪しすぎたと笑う彼女に、当時何となく違和感は感じていたと思う。
ここで病院に連れて行っていれば、彼女ともう少し長く、一緒に過ごせただろうか。
そしてある日、仕事から帰ると、彼女はしきりに指輪を磨いていた。シルバーの結婚指輪が黒くなっていると言うが、ワシにはそう見えなかった。不満気な彼女から指輪を預かり、綺麗にしておくと伝える。言いようのない不安が湧いてくる。
しかしそれ以外は、湧いてくる不安を忘れさせるほどのいつも通りだった。
それから数日後、忘れもしない蒸し暑い雨上がりの午後。職場に一本の電話がかかって来た。
「初江さんが倒れとった!今病院におる!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます