私の思い描く未来予想図には、あなたがいなくていいわけがない!!【KAC20237】

kazuchi

あなたと作る恋のライフデザイン。

『――ああっ、もうっ!? レオンくん、スマホの充電ケーブルを噛んじゃいけないよ!!』


『ワンワン!!』 


『遊ぼっ、の格好をして可愛い顔しても駄目だからね。お願いだから早くハウスしてよ。うわうわっ、そのぬいぐるみだけは狙わないで!! 自分と同じ白い犬だからって妙なライバル扱いをしなくてもいいでしょ……』


 我が家の愛犬のレオンを自分の部屋に入れてから、まだ数分しか経っていないというのに私、四宮華鈴しのみやかりんは激しい疲労感に包まれていた。


 先日めでたく結婚して実家を出た姉の華蓮かれんに替わって愛犬の世話をすることになり、今晩だけ私がレオンと一緒に寝ることになったんだ……。


 今晩だけという限定付きなのは両親が不在だからだ。嫁いだ姉の引っ越し整理の手伝いに、二人共揃って出掛けているからこの家には今晩私と愛犬のレオンだけしかいない……。


 レオンは私の傍らで器用に棚に前足を掛けると後ろ足だけですっくと立ち上がり、まるで人間のような姿勢で次の獲物を狙っている。私の大切な白いわんこのぬいぐるみを、まるで目の敵みたいに執拗に咥えようとする表情は野生がむき出し状態だ……。


 荒ぶっていなければレオンも散歩中に良く通りすがりの人から白いみたいと挨拶のように言われるくらい可愛いのにな。まったく内弁慶な子だ。


『ウ〜、ワンワン!!』


 私が白いぬいぐるみを届かない場所に移動したのが気に入らないのか、レオンはもの凄い剣幕で吠えだした。もうっ、本当にうるさい!! このままじゃ近所迷惑になっちゃうよ……。


 華蓮お姉ちゃんはどうやってわんこを部屋で寝かしつけてたのかな? こういう仕草はかかりつけの獣医さんが言っていた仔犬の分離不安ぶんりふあんなのかもしれない……。


 その場で高速回転みたいにぐるぐると回ったり、しきりに自分の身体を舐める行為はまさに不安の現れだろう。いつも姉と一緒に寝ていたから急に環境が変わってレオンも変化についていけないんだな……。


『……レオン、こっちにおいで』


 何だか愛犬レオンが母親と生き別れになった子供みたいに思えて可哀想になってしまった。


『……キュウウン』


『お前も華蓮お姉ちゃんが居なくなって寂しいんだよね……。よしよし、特別にこれから夜のお散歩に行こうか!!』


『ワンワン!!』


 まるで散歩という言葉が理解出来るみたいにレオンは、くるりとカールしたしっぽをちぎれんばかりに振り始める。これもいつもの行動だ。本当に頭のいいわんこだな。


 それに分離不安は私もレオンと同じだ。これまでそばに居てくれるのがあたりまえだったひとまわり年の離れた姉の華蓮、その存在の大きさを今更ながらに実感した。


『ちょっと待っててね。レオンくんの散歩セットを用意するから』


 レオンを抱っこしたまま玄関に向かう、首輪につけるリードやお散歩バッグは玄関の下駄箱脇に置いてある。


 薄手のコートを羽織り、玄関を後にする。レオンの首輪に繋いだリードの先をしっかりと手首に通した。その動作は散歩で何より重要だ。なぜならお散歩に興奮して待ての支持が入らない状態だと万が一リードを離したら最後、駆け出したレオンが車に惹かれてしまいそうになるからだ。一度うっかりリードを離してしまったことがある。一緒にいた姉の悲鳴が今でも耳に残っている。運良く逃げたレオンはお向かいの車庫に逃げ込んだから捕まえることが出来た。もしも車の往来の多い場所だったらと考えるだけで血の気が引く思いだった……。


『……ふうっ。今日はお利口さんかな。良かった』


 レオンのおとなしい動きに安心してから、何気なく見上げた夜空には満天の星空。

 そして自宅前の道を進むと視界に入ってくる灯りに、私の心はさらに安堵することが出来た。悠里の家の敷地に建つ四角い建物。彼の始めたギターの練習場所にもなっている。


『……悠里くん、今晩もあの場所でギターの練習しているのかな』


 逢いたいな、いますぐにでも彼の顔が見たい……。


 私は胸に湧き上がる想いに自分でも驚いてしまった。おかしいでしょ華鈴。いつもの放課後、恒例になった居残り勉強会で今日も一緒だったのに……。

 そのときの約束どおり、このまま彼のいる練習小屋を訪れてみようか。わんこも一緒できっと驚くはずだ。悠里の顔を想像して私は思わず笑ってしまった。


 ……大好きな幼馴染の彼と放課後の教室で交わした会話を思い出して、ひとりニヤけてしまう。


 足元をちょこちょこと歩くレオンが、小首を傾げながら私の顔を不思議そうに見上げていた……。


 

 *******



『……なあ、華鈴かりん、今日の課題はもう終わったか?』


 私、四宮華鈴しのみやかりんは、机を挟んで差し向かいに座る彼の問い掛けにもまるでうわの空だった。その理由わけは放課後の恒例となった二人っきりの居残り勉強も彼の学力向上に伴って終わりの気配が近づいていたから……。元々小学校時代の悠里は私よりも勉強の出来る男の子だったので、今の成績が本来彼が持つ実力だと分かっている。とても喜ばしいはずなのに私は何を悩んでいるんだろう!?


『えっ、ごめん悠里ゆうり、課題って何の話だっけ!?』


『帰りのホームルームで先生から念を押されたばかりだろ。明日までに必ず課題を仕上げてこいって。華鈴は忘れんのが早すぎだぞ、確かに面倒くさいのは僕も分かるけど……』


『あっ、生活設計ライフデザインの課題シート作成だよね、思い出したけど正直全然進んでない……』


『いつも真っ先に宿題や課題を終わらせるお前にしては珍しいな。あんなのは悩むことないよ、適当にシールを貼り込んでいけば楽勝だし、逆に訊きたいけど何を悩むことがあるんだ?』


『……そ、それは悩むよ悠里、だって適当なんかに出来ない。自分の人生設計なんだよ、中学二年の現在いまから人生を終える日までを、ワークシートに書き込んだり、イベントシールを貼り込むのだってめちゃくちゃ悩むよ!!』


 ライフデザインの課題シートとは、中学生の私たちが将来を明確にイメージするための教材だ。わかりやすく言うとこれからの人生をシュミレーションするみたいなゲーム感覚で、先生が授業で用意してくれた人生ゲームというボードゲームにも似ている。学校を卒業して、就職、結婚、そして子供が生まれたり、そんな各種イベントシールも豊富に付属しているので、いくらでも頭を悩ませることが出来るんだ……。


 特にその中ののシールを貼るのに私は一番悩んでしまった……。


『どれどれ、僕が華鈴のライフデザインシートを添削してあげようか? いつも勉強を教えて貰っているお返しにさ……』


『……それは絶対に駄目!!』


『やけに即答だな。何が恥ずかしいんだよ。それに華鈴は先生が言っていたのを忘れたのか、家族でも友人でも親しい人に一度見てもらってから提出しろって話。お前は誰に見せるつもりなの?』


『誰って、親に決まって……。あ、あああっ!? ヤバいよ、今晩ウチは両親が不在なんだ。どうしよう、見てもらう人が誰もいないよ!!』


『じゃあ渡りに船だな、たまには僕の言うことも素直に聞けよ。じゃあこうしよう。僕の練習小屋に今夜このシートを完成させてから持ってこいよ。そこでダブルチェックしよう』


『悠里、ダブルチェックってなあに?』


『よく親父が僕に言うのさ、悠里、何はなくともまずはダブルチェックからだ。が起こってからでは遅いって……』


『悠里、事故が起こってからじゃ遅いって……!?』


 五年前の痛ましい事故の記憶が蘇る。悠里のお母さんはあの交差点で、冬タイヤの交換時にホイールナットのを忘れ、整備不良のまま運行した大型トラックが起こした多重事故に巻き込まれて亡くなったんだ……。


『あっ!? 華鈴、悪い……』


 私のただならぬ様子に気がついたのだろう、彼は寂しそうな笑みを口元に浮かべた。でも、なんで悠里が謝るの!! あなたは何も悪くないのに……。


『そんな怖い顔すんなって、僕はもう平気だから。……決めたんだ、もう過去から逃げないって。それにあの事故は無駄じゃないと考えられるようになってきたんだ。あの交差点には信号機が設置されただろう。やっと僕もあの場所を通れるようになって最近気がついたことがあるんだ。毎朝あの交差点で幸せそうに横断する小学生の笑顔を見ていると、これは僕の母が天国から贈ってくれたギフトに思えてならないんだ……』


 あの痛ましい出来事からまるで人が変わったようにふさぎ込んでいた悠里が、そんな想いをいだいていたなんて!? 私はいつも一緒にいたのに全然気がつかなかった……。


『初めての居残り勉強の帰り道を覚えているか? あの交差点で華鈴が手を差し伸べてくれたから僕は立ち直ることが出来たんだ。こんな不甲斐ない幼馴染をずっと待っていてくれて本当にありがとう……』


 慈しみに満ちた表情で語る悠里を見て、私は心の底から彼を好きになった自分が誇らしかった。もう自分の好きという気持ちにをするのはやめにしよう!!


『……悠里、私ね、あなたのことが大好き』


『な、何だよ!? 華鈴、突然に……。どうせ幼馴染としての好きだろ。分かってるよ』


 彼が急に挙動不審になり、あらぬ方向に視線を送り始めるのが感じられる。だけどもう私は迷わない。


『……悠里、これを見て、私の正直な気持ちだから』


 かばんから取り出した私のライフデザインシート。その家庭生活の欄にイベントシールを貼り込んで、その上から彼の名前を書き加えた。


『華鈴、そのシールは僕と【結婚】って!?』


『……私の未来予想図にはあなたがいて欲しい』


 ついに言ってしまった!! 胸が自分史上で最大の心拍数を刻む。


『……良く分かったよ、僕に対する華鈴の気持ち。ありがとうな。でも人生イベントのこのシールだけは貼り替えるよ』


 一体何をする気なんだろう? 彼は私の貼ったシールを丁寧に剥がして別の位置に貼り直す。その位置は未来予想図ライフデザインの終わりの位置だ!! 私が貼っていた【自分の死亡】シールと【配偶者の死亡】のシールの順番を逆に貼り替えたんだ、自分が私より先に亡くなる位置に……!?


『華鈴には僕より少しでも長生きして貰いたいからさ……』


『……ずるいよ悠里、人生の最後までそれじゃあ優しすぎ。泣かないって決めていたのに……。わがままでな私だけどこれからも末永くよろしくね』


『ああ、死が二人を分かつまでだから……』


 結婚だけにとか軽口を言わないのは成長したね。華蓮お姉ちゃんの言うとおり悠里は大人になったんだ。


『華鈴、きみと手を繋ぎたい……』


『うん、私もちょうど同じことを考えていたよ』


 自然とお互いに伸ばした手。彼の温かな指先が触れた。


『悠里、今度は同じタイミングで手を繋げたね……』


 ……私はあなたの顔が好きだよ。そのお日様のような優しい笑顔が大好き。



 おしまい


 ──────────────────────────────────────


 最後までお読み頂き誠にありがとうございました。


 少しでも面白かったと感じて頂けましたら、最後に星評価の★★★を押してやってください。作者はそれだけでモチベーションが上がります。


 ※この短編は下記作品の最終話になっております。


 それそれ単話でもお読み頂けますが、あわせて読むと更に楽しめる内容です。


 こちらもぜひご一読ください!!


 ①【あなたの顔が嫌い、放課後の教室で君がくれた言葉】  


  https://kakuyomu.jp/works/16817330653919812881


 ②【私の大好きだった今は大嫌いなあの人の匂い……】  


  https://kakuyomu.jp/works/16817330653972693980


 ③【私の嫌いを見逃してくれたあの日から、つないでいたい手はあなただけ……】


  https://kakuyomu.jp/works/16817330654109865613


 ④【真夜中は短し恋せよ中二女子。あなたのやりかたで抱きしめてほしい……】


  https://kakuyomu.jp/works/16817330654178956474


 ⑤【好きな相手から必ず告白される恋のおまじないなんて私は絶対に信じたくない!!】

  https://kakuyomu.jp/works/16817330654262358123


 ⑥【ななつ数えてから初恋を終わらせよう。あの夏の日、あなたがくれた返事を僕は忘れない……】  

  https://kakuyomu.jp/works/16817330654436169221

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私の思い描く未来予想図には、あなたがいなくていいわけがない!!【KAC20237】 kazuchi @kazuchi

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