理不尽ないいわけ

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 シン……と静かまりかえった広場にて。

 この中に犯人が居るという疑心暗鬼と、犯人を見つけなければ外に出られないという極限の緊張の中、僕の上司の安藤さんが一歩前に進んだ。


「犯人はあなたよ、藤田くん」


 ざわ……と空気が揺らぐ。

 犯人と呼ばれ、藤田くんはその金髪の隙間から汗を流した。


「何で……どうして……」


 藤田くんが困惑の色を浮かべる。

 しかし安藤さんの表情は変わらない。


「それじゃあもう一回状況を整理しましょう。私たちはバカンスだと思って船に乗っていた。しかし夜のディナーに薬が盛られていたのか、眠らされて気がつけばこの建物の中。建物は大広間と、そこから派生する15の部屋、あとは入り口というシンプルな構造。各部屋は私たちの個室として用意されており、他の部屋に入ることは許されない。大広間には大きなテレビがあり、そこに突然仮面をつけた『X』なる人物からのビデオメッセージが映る。『X』は『オリジナリティのあるゲームを考えた』と行って『毎晩一人ずつ死んでいくから朝昼の会議内で犯人を見つけろ』と言う限りなく人狼に近いルールを発表。一日目は鈴木さん、二日目は大橋さんが死に、そして今日は佐藤さんが自室で亡くなっていた」


「整理しすぎな気もするけど、それで間違いないわ!」


 藤田くんの横に立っていたメガネで三つ編みの平塚さんが叫んだ。


 すると安藤さんは藤田くんをにらみつける。

 睨まれた藤田くんは一歩後ずさった。


「藤田くん。あなた佐藤さんの死体を見た時こう言ったわね。『警察を!』って」

「あ、あぁ……」


「どうして警察を呼ぼうと思ったの?」

「どうしてって、だってあんなに血が流れて……」


「それでも普通はこう言うんじゃない? 『救急車を』って」

「いや、それはないだろ」


「なぜそう思うの?」

「なぜって」


 藤田くんは死体を指さした。


「佐藤さん、バラバラじゃねぇか!」


 藤田くんの声量に安藤さんが一瞬怯んだ。


 関係ないが、安藤さんは巨乳で美人で僕のバイト先の探偵事務所の上司で、僕の貞操を狙っている。

 そう、彼女は僕の童貞を狙っているのだ。


「バラバラだからって、死んでるとは限らないじゃない」

「死んでるよ! 人は首と体が離れると死ぬんだよ!」


「どうしてそう思うの?」

「そういう風に出来てるからだよ! 自然の摂理だよ!」


「下手ないいわけはよしなさい」

「いいわけじゃねーよ!」


「どう思う? すぐるくん」


 もう三日間この建物に居るため、早めに帰りたい。

 話を振られ、僕はこの状況に乗っかることにした。


「怪しいですね。顔真っ赤にして焦っているのが」

「そりゃ焦るだろ! 意味不明な理由で濡れ衣着せられそうになってんだから!」


「あなたは一日目、どうにかして鈴木さんを殺し、二日目、どうにかして大橋さんを殺した。そして三日目、どうにかして佐藤さんを殺した。違う?」

「大事な部分全部曖昧じゃねーか! 大体、俺がやったって言う証拠はあるのかよ!」

「証拠ならあるわ」


 安藤さんは少し考えたあと、口を開いた。


「探せば」

「そう言うの『無い』っていうんだよ!」


 そこで藤田くんはハッとしたように表情を変え、隣にいる平塚さんを指差す。


「そうだ、犯人はこの女だ! 俺じゃない!」

「どうして?」


「俺たちは今どこにいるか分からないよな?」

「眠らされて、気づいたらここにいたからね」


「思い出してみろよ、この女が一日目と二日目になんて言ったかを!」

「なんで言ってたかしら?」


「『この館はどこにあるんでしょう』って言ってたんだよ! この場所は完全に封鎖されていて地下にあるのか、地上にあるのかもわからない! なのに何で館だってわかったんだ?」

「そ、それは、中が広かったから館なのかなって」


 怯えたような平塚さんの言葉を聞いて、安藤さんは藤田くんに侮蔑の視線を送る。


「可愛い女の子をいじめたいのは分かるけど、証拠としては薄すぎね」

「お前にだけは言われたくねーよ!」


 藤田くんはなおも平塚さんを睨みつける。


「怪しいと思ってたんだよ。最初に『X』からルールを聞かされていた時、全員が人狼だなって思ってたのに一人だけ『なんてオリジナリティのあるゲームなの!』とかやたらとオリジナリティを強調してたし」

「オリジナリティのあるゲームでしょう! あれはオリジナリティあります!」


 その時、うろたえた平塚さんのポケットから鍵が落ちた。

 よく見るとそれは鍵というより、鍵束だった。

 とっさなので少ししか見えなかったが、僕には瞬間記憶能力があるので鍵束には16本の鍵が繋がっており、そのうちの2本は僕と安藤さんの部屋の鍵と同じ物であるということは分かった。


「おい鍵束! お前それ全員の部屋の鍵だろ!」

「こ、これは……便利かなって! いろんな部屋行き来する時便利かなって思ったんです!」

「何のいいわけにもなってねーよ!」


 藤田くんはこちらを見る。


「なぁ、これでわかったろ! 犯人はこの女だ! この女が『X』なんだ」


 しかし安藤さんは尚も渋い顔をする。


「まだ納得出来ないわね」

「ここまで来たらもう確実だろ!」

「藤田くん、あなた私に隠してることがあるんじゃない?」

「隠してること?」

「私の予想ではあなた、伊賀の者ね」

「はぁ?」

「あなたは影分身の術を使った。そう考えれば、フェリーで眠った私たちを無理なく運べるわ」

「考え方に無理があんだよ」

「あ、ちなみに答えなんですけど、皆さんの座っていた椅子にキャリーがついてたので車いすみたいにして運べました」

「今『答え』って言った?」


 安藤さんはサラッと自白した平塚さんを無視して一歩前に踏み出る。


「私の考えではこうよ。藤田くん、あなたはフェリーで影分身の術を使い、私たちを眠らせた後、キャリーのついた椅子を車いすみたいにしてこの館に運んだ。そして私たちを部屋に監禁したあと、平塚さんに罪を着せるために鍵束を渡す。一日目に抜刀術で鈴木さんを殺し、二日目に影分身で殴る蹴るの暴行を加えて大橋さんを殺した。そして三日目、影分身で佐藤さんをバラバラにして殺した」

「なんで犯人の自白した内容が俺の犯行になってんだよ」

「他の皆さんはどう? 私の意見が正しいと思う人達は拍手してちょうだい。あとでおっぱい揉ませて上げるから」


 すると様子を見守っていたおじさんたちは次々と拍手をした。

 良いぞ、捕まえちまえ、はやくおっぱい揉ませろ、というような歓声が上がった。


「決まりね。観念なさい、藤田くん」

「おっさんの性欲に負けた……」


 こうして藤田くんは捕まった。

 僕たちは平塚さんの持っていた鍵束を使って館から脱出。

 無事に生還を果たした。

 安藤さんはおっぱいを揉ませるという公約を反故にした。



 後日。



 僕と安藤さんがいつものように探偵事務所で待機していると、コンコンと玄関がノックされた。

 平塚さんだった。


「あの時はありがとうございました」


 平塚さんはお礼としてお菓子の詰め合わせを持ってきてくれた。

 三人でいただくことにする。


「あの後なんですけど、藤田さん、証拠不十分で釈放されたらしいです」

「殺人鬼が野に放たれたってわけか……」


 そこで僕は「ああ」と思い出す。


「だから最近うちの事務所、SNSで炎上してるんですね」

「うちの事務所、炎上してたの? 通りで客が来ないと思った。まぁ、私は傑くんと二人きりならそれで良いのだけれど」

「僕もバイト代が貰えればそれでいいです」

「お二人とも、相変わらずですね」


 平塚さんは僕たちを見てクスクスと笑った。

 相変わらず、と言われたものの彼女とまともに話したのはこれがほぼ初だ。

 知ったようなことを抜かすな。


「それで、平塚さんはこれからどうするんですか?」


 僕が尋ねると、彼女は「また新しいゲームを考えます」と言った。

 また?


「今考えているゲーム、めちゃくちゃオリジナリティに溢れていて面白そうなんですよ」

「へぇ? どんなの?」


 安藤さんが興味を示す。

 平塚さんは「はいっ!」と嬉しそうに頷いた。


「16人を同じ島に閉じ込めて、最後の一人になるまで戦わえるんです!」

「それバトル・ロワイアルって言われない?」


 平塚さんが帰った後、事務所には再び静かな時間が戻ってきた。

 安藤さんが時計を見てぐっと伸びをする。

 豊かな胸がシャツをパツパツに伸ばした。


「なんか疲れちゃったわね。今日はもう締めて、飲みに行きましょうか。奢るわよ」

「それってバイト代出ます?」


 すると不意に事務所の電話が鳴り響く。

 安藤さんは電話を取ってしばらく話した後、僕の方を振り向いた。


「どうやら飲みは延期みたいね」


 そして、ニヤリと笑みを浮かべるのだ。


「仕事よ、傑くん」

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理不尽ないいわけ @koma-saka

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