昔の日記帳が読めない

カトウ レア

第1話

 ウォークインクローゼットの中を整理していた。昨年から始めたフリマアプリの梱包に使う物や虫干しした本を置くスペースが、欲しかったから。引っ越し用のダンボールに包まれたままの荷物があった。

 その中にアルバムより場所をとるものがある。昔の日記帳だ。あの頃のわたしが、確かにそこに、うごめいている。若くて、恋に恋して  いるわたしが。

 この家に引っ越して7年あまり、1度も開いたことがない。まだ、怖くて開けない。これは、言い訳だろうか。何が怖いって?うーん、昔の自分の恋に対するスタンスと相手への純粋な気持ちかな。言い訳なら、すらすら出て来る。あの人も、いいわけだらけな人だった。


若い時、18歳年上の人を好きになったことがある。その人はデートしたり、わたしだけに優しくしてくれたが、あと一歩入れてくれなかった。

想いを打ち明けたわたしに、


「レアちゃんは、好きだけど妹みたいだから付き合えない」


妹みたいって何?あの人はわたしに、かぐや姫の「妹」という歌をカラオケで何度も歌ってくれたが。


「レアちゃんとは、酔っていなきゃ、逢えない」


年が離れているから、恥ずかしいの?それとも、わたしを連れて歩くのが恥ずかしいの?

やせてきれいな女になれば、逢ってくれるの?

ひたすらダイエットに励んだわたし。


今、わたしは、わたしと出逢ったあの人の年、

三十路をゆうに越えてしまったけど、

中途半端に優しくなんてしないで、

はっきりと突き放してくれたら良かったのに、

と思えるのだ。


革ジャンと整髪料が混ざったあの匂い、

キャスターの煙草とキリンビール、

初めてもらった贈り物のオルゴール、

待ち合わせた池袋のメトロポリタン口改札、

銀座のティファニーで買ってもらった指輪、


だんだんと記憶がよみがえってくる。


日曜日には三時から営業している居酒屋があるのも、

デパートの屋上のビアガーデンの気持ちよさも、

ホテルのバーで飲むことも、


みんな、あなたが教えてくれた。


極めつけは、


「逢いたいけど逢えないんだよ」


あのときのわたしには、不思議な呪文のような言い訳に聞こえた。どうしたの?何があったの?


経営している会社が傾いた頃だっけ。


「お金、貸して」と言われるより、すごく刺さった。


人間、悪いことより良いことを思い出したいよね。


知り合って6年で別れたんだ。


別れても深夜に、ポケベルが鳴った。


別れても、共通の知人にわたしへ伝言をした。


「余命一年だから、逢いたい」と。


最初は深刻に考えていたけど、

「余命一年」が3年連続くらい続いたから、

何なんだろう。


会わなかったけど、

会ったら、あなたは、どんないいわけしたのかな。

それだけが気になるよ。

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昔の日記帳が読めない カトウ レア @saihate76

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