第44話 ヘアカット大騒動

 8月26日。AM06:00。

 昨日、ドラゴンを倒した。

 で、それに伴う財宝の権利を全て冒険者ギルドに丸投げしたのだが―――

 それを信じず、どこから聞いたのか、俺たちの所にすり寄って来る間抜けが多くて困った。ごく軽く腕力に訴えたら、相手が死にそうになって俺たちが慌てた。

 が、結局それで人が来なくなったので、良かったと言う事にしておく。


 朝起きた俺は「水晶の麦」を作っていた。

 寝ている水玉から採血(もちろん許可がある)して作っているのである。

 朝食代わりに、樽一杯に『教え:血液増量』した水玉の血液を頂く。

 あ~。下手な朝食なんて食べたくなくなる。至福とはこの事だ。

 樽一杯の血を飲み干した俺は、ふぅー、と息を吐いた。

 もっと至福なのは、年1回させてもらっている、首に噛みついての直接吸血だ。

 ヴァンパイアのロマンというものであろう。

 俺の種族のヴァンパイアは、愛する人の血液が一番美味い。

 なので、俺にとっては水玉の血が至高なのだ。


 7時。水玉が起きてきたので、俺も血の麦作成セットをしまう。

「雷鳴ー、たる風呂でいいから入りたいです」

 そう言うと思ったから片付けたんだ。

「はいはい、じゃあ今日の朝飯は巨大フルーツな」

 用意しながら言う。

「お風呂の中で食べます」

「分かってるよ、なにがいい?」

「パイナップル」

「はいはい」

 俺は巨大パイナップルを、両手で持てる程度にカットして渡す。

 水玉はもしゃもしゃと美味そうに食っている。

 俺は当然食べない。お腹いっぱいなのだ。

「水玉、金に目のくらんだ連中が来る前にグレンパに帰るぞ?」

「はい。あと1時間だけ待っててください」


 8時。何とか変なのに遭遇せずに馬車預かり所に辿り着いた。

「オカエリ、ナサイ」

 ピンクが喋った。これは早い。馬たちもかなり本物の馬っぽくなっている。

 やはり術をかけたのが、高位の悪魔たる俺たちだからだろうか?

 まあいい「ピンク、御者を頼む。人気のない所まで」と言って預かり所から出る。

 御者人形は忠実に言いつけを守り、人気のない場所で停車した。

「『テレポート』!」


 グレンパに続く街道に出た。『オートマッピング』で確認すると、東南の街道だ。

「ピンク、道なりに進んでくれ」

「カシコマリマシタ、ライナ、サマ」

 おぉ………何だか新鮮だな。


 馬車を預かり所に預けて、真っ直ぐギルドへ。

 チェリーさんに首尾を報告する。ギルドの職員全員が拍手で答えてくれた。

「ニャ!報告は届いてるのニャ!本当に財宝は要らないのニャ?」

「いらないいらない。面倒の元だ」

「じゃー、今まで割を食ってた鉱山労働者に還元して、鉱山ギルドに還元して………余りは大して無いと思うけどギルドのお金にするニャ。それで構わないかニャ?」

「いいよ、それで」「構いません」

「では、これで晴れてドラゴンバスターだニャ!」


 受付から離れて、水玉に聞いてみる。

「なあ、コゲツキ依頼はもう一つ残ってるだろ?やるか?」

「そうですね………あの訳の分からない案件ですか」

 コゲツキ依頼掲示板に行って「訳の分からない奴」を見る。

 

 依頼書をよく見てみる―――

 パムの町で起きた事件で、老若男女問わず、長い髪の人が通り魔に襲われてショートヘアーにされるという事件が起こった。

 髪が伸びてくるとまた綺麗にカットされるとか。通り魔は通称「カミキリ」

 男はいいが、この世界の女性には長い髪はステータスだ。

 この現象を嫌って―――通り魔が捕まらないから現象になってる―――引っ越す家も多くある。要は町が過疎化しつつある。

 しかも悪い事に、ここはイラムト大森林の玄関口だ。宿場町なのである。

 そこでこんな事件が起こったら、立ち寄ってくれる人もいなくなる。

 短髪のやつだけならともかく、長い髪を切りたくない人が混ざっていたらダメだ。

 そんなこんなで、宿場町は短髪の人ばかりになり―――

 長髪の人はパムの町をスルーしてグレンパに向かう。

 そんなちょっとさびれた街を何とかして欲しいというのだが、通り魔が捕まらず、緊急性も薄いため、地味にコゲツキ依頼になっているのだ。


「これ、やるのか?水玉」

「最後のコゲツキ依頼ですし?やらずに済ますのも気分が悪いでしょう?」

「はあ………俺はいいけど。お前は髪を切られるかもだぞ?」

「すぐ伸ばせますので問題ありません」

「やれやれ、じゃあ、受付に持って行くか」


 俺たちはチェリーさんの受付に依頼票を持って行く。

 ふと、こういうのはこれで終わりだという『予感』がした。感慨深いな。

「はいニャー!おおっとうとう最後かニャ!場所はイラムト大森林の入口だから、往復しても1ヶ月もかからないニャ。承認だニャー!行ってらっしゃいっ!」

 勢いよく承認を貰って、俺たちは送り出された。


 9時だ。帰ってきたばっかりだから、今日はグレンパでのんびりする事にした。

「大きめのお風呂に入りたいです、雷鳴」

「じゃあ、キープしてある部屋に戻ろうか」

「そうですね」

「さっき『予感』がしたんだけど、少なくとも俺たちが自発的に依頼を受けるのは、これが西方大陸では最後だと思う。多分後は向こうからバルンの町の件で依頼をしてくるだけじゃないかな。指名依頼だな」

「おや、それは感慨深いですね………これで終わりですか。最後の指名依頼の後は南方大陸に行くのでしょうか?」

 お風呂に入りながらの水玉の台詞だ。

「そうだと思う。リズさん達には言っていかないとな」

「彼らとチェリーさんですね」

「ああ、ギルドマスターには伝えといてもらうだけにしよう」

「あの女は下品なので嫌いです」

「まあ、俺も好きとは言い難いが………一応恩があるだろ」

「………話すぐらいなら我慢しますが、それで恩は返す感じですね」

「………帰って俺が淫魔のお姉さんに群がられたらどうするつもりだ?」

「私が、全部撃退してあげます」

「………うまくかわす手間が省けそうだ」


♦♦♦


 8月27日。AM07:00。

 馬車預かり所から、馬車を出す。

「オカエリ、ナサイ、ゴシュジンサマガタ」

 ピンクの口数が増えたな。こんな短時間に―――。


 9月5日。AM10:00

「トウチャクシマシタ、ゴシュジンサマガタ」

 パムの町に着いたようだ。

 北東にある門でのようだ。そこには

「髪切り魔出現中!長い髪の人は気を付けて!」

 と看板がある。これだけだと、入ってくる人がいる気がするのだが?

 まあいい、門番に聞いてみよう。俺は御者席側のカーテンを開けて門番に、

「門番さん、この町のカミキリの状況どうなってるの?」

「あっ、髪のある方が入るのは控えた方がいいです!」

 はい?「髪のある方?」は?

「どういうこと?」

「こういうことです………」

 門番さんは兜を脱いだ。美青年なのだが、髪が………坊主なのである。

「カミキリは、切る対象がいなくなったのが我慢できなかったのか、短い人をさらに短くっ………坊主頭にする様になったのです!」

 そういうことか………この人も気の毒に。俺は依頼書を見せて、

「大丈夫だ、何とかするから」

 と、声をかける。

「おぉ!本当ですか、ありがとうございます!」

 門番さんはこれで元の金髪に戻るかも………と希望を語りつつ、いい宿を案内してくれた。高級ではない程度にいい宿で、食事の美味しい宿だ。

「とんとんとんとこ亭」というややこしい名前の宿であった。


 宿に入ると、従業員から女将さんから客までもに、やめておけ、と忠告された。

 ちらりほらりと丸坊主の人が見える。

 スカーフを頭に巻いている女性からはそっと視線を外した。

 依頼書を出して見せると、ほのかな期待を胸に抱いたらしく、黙るのだが。

「ここにいる人に質問したい。カミキリは何時ごろに来る?」

「夜更けだねぇ。人気のない街路が定番だよ」

 女将さんが言うには、坊主頭にしてくる前は、結構綺麗なカットだったらしい。

 だが「足りねぇ足りねぇもっとだもっと!」と町中にこだまする声で叫んだ後こうなったのだとか。流入してくる人数が減ったからだと思うと女将さんは言っている。


 11時。無事に宿をとったが、ここは宿場町なので、見る物もない。

 馬車預かり所に行って、ピンクと馬たちにいろいろ学ばせた。


 19時。暗くなる前に食事だ。

 ここのお勧めは川魚。一押しはボリュームたっぷりのうな重であった。

 うん、ホクホクで、たれも染みてて大変よろしい。

 きもすいも、骨煎餅も大変おいしかった。

 元の客足に戻ったら、さぞ繁盛するだろうに。

 いや、キリサキを何とかして。させてあげるのだ。


 21時。

 俺と水玉は『瞬足:10』と「フィジカルエンチャント・スピード 効果×10」を切らさないように街を歩く。カミキリはとにかく素早いと言う事だったからだ。


 9月06日AM00:00。、根気よく歩いていると、生暖かい風か………来るっ!

 ギィィン。水玉の髪を切った事で生じた音である。

 その方向に手をのばし、相手を掴もうとするが………

「あ?」

 手が、手首から切り落とされたのである。

 幸い「カミキリ」は水玉が確保したようなので、俺は手首をくっつける。

「おい、結構痛かったぞ、この野郎!」

「文句言いたいのはワシの方や、刃こぼれができてしもて、里長に怒られる!」

 うっわぁムカつく。

 カミキリは、子供のような矮躯にくちばしをつけ、黒く塗った後両手をハサミにしたと言えばイメージが湧くだろうか?子供サイズでも、容赦する気はないのだが。

「そうか、そうか、じゃあカミキリ事件の犯人はお前の死体を提出して解決だな」

「ひいいっ!なんでもするさかい、それだけは!」

「もうしないと誓うなら放してやっても良いのですよ?」

「俺の手首を切っといて、今更なぁ」

「誓う!誓うから!それに謝る!」

「まあそれなら………慌てるな。この誓約書にサインしてもらう」

 この世界にもある「誓約文書」というアイテムだ。

 誓いの血判を押せば、誓いを破ると同時に死が訪れる仕様である。

 これを見てカミキリはビビったようだ。

「た、たまには髪を切らないと、エネルギーを失って死んじまうよ。ああ、魔界に帰れたらいいのに」


 その一言は俺と水玉は顔を見合わせた。

「お前、魔界から来たのですか!?」

「え、ええ魔界に住まう妖怪でさぁ。来たのはいいけど帰り方がわからないんで」

「雷鳴、やりましょう。今の私達でも小妖怪を返せる程度の帰還陣は出せるはず!」

「ホントですか!?」

「ただし代償に両腕を貰うぞ。ギルドへの提出品がいるんでな。誓約書の代わりだ」

「げげっ!?でも、魔界に帰れるなら再生しますし………我慢します」

「じゃあ、やってみるか、と、その前に。悪さしてたのはお前ひとりだな?」

「はい、その通りです」「なら、よし」


 手をつなぎ、帰還の呪文を唱える―――すると、背後に小さな帰還陣が開いた。

 小さな子供でないととても通り抜けられない帰還陣だ。

 俺と水玉が力を合わせてこれなのだから笑える………いや笑えないか。

 俺はカミキリの腕を切り落とし、止血してやってから、帰還陣へ放り込む。

 フォォォンと音がして、帰還陣はカミキリを呑み込んだ。

 魔界では髪切り放題―――切られた奴が悪い―――なので天国だろう。


「この腕が物証だな。グレンパに持ち帰ろう」

「一泊するのですよね?」

「うん、朝にならないと馬車預かり所と門が開かないし」


 7時。俺たちは準備を整えた。

 とはいえやることはほとんどないので、ゆっくり寝て、たる風呂に入った程度だ。

 あとは、宿のニジマスの塩焼きに舌鼓を打ったぐらいだ。

 味噌汁とご飯もついていて、おれにしてみれば堪えられないメニューだ。

 水玉も気に入ったらしく、ニコニコ笑顔で食べている。

 昨日の首尾を宿の人に告げたら、無料にしてくれたのも気分的に嬉しい。

 ただ、大騒ぎに巻き込まれたくない。

 なので、広めるのは俺たちが去ってからにして欲しいと頼んでいる。

 宿の人には水玉の髪が切れなかったのは未遂で捕らえたからだと説明してある。

 なので、俺たちは『テレポート』で帰るが問題ないはずだ。


 8時。馬車預かり所に行く。

「ゴシュジンサマガタ、オカエリ、ナサイマセ、ドコニイキマスカ?」

 またピンクが成長している。他の御者を見て覚えたらしい。

 預かり所の職員がギョッとしているが、スルーである。

「ピンク、北東の―――というかそこの門を出て、人気がない場所まで頼む」

「カシコマリマシタ、ライナサマ」

 ニッコリ笑顔でそう言うので、ちょっとかわいいと思ってしまった。

 まあ、水玉の趣味で、造作はとても整っているのではあるが。

 馬車の奥で、水玉がピンクに着せる服を量産している。

「ピンクは『ドレスチェンジ』が使えないんだからそんなに作るな!」

「はっ、ああそうでした。ではこの服は『デリート』………」

 いいけどグレンパまではテレポートで帰るんだぞ?


 9時。丁度いい所が見つかった。

 水玉は、ピンクのオーバーオールと薄灰色のシャツを着せていた。

 それはおいといて、では「『テレポート』!」

 俺たちはグレンパにほど近い、無人地帯にテレポートして来た。

 すぐにグレンパに着き、馬車とはお別れである。水玉が寂しそうなので「時々来て教育をすればいいだろう、と宥める。水玉の機嫌は直った」


 ブランチを食べに行こうか?と聞いたら

「お風呂が先なので、普通の昼食を食べに出ましょう!」

 ときた、はいはい、大きなお風呂な。

「それでも魔界のお前の私室には到底かなわないのに」

「郷に入っては郷に従えです。私は雷鳴がこれほど考えてくれたのが嬉しいのです」

「その………なんだ。気にいってくれてよかった」

「はい!」

 こういう時の水玉の笑顔が眩しい。


 12時。たっぷりお風呂を堪能したので、水玉は大変機嫌がいい。

 ギルドの列に並んでチェリーさんに証拠の品を提出する。

 本隊は霧散したとも。帰還陣の中に入ったので嘘ではない。

 帰還陣は、一度悪魔や人間、妖怪を一旦分解してから組み直すのだ。

「うーん、凄い切れ味ニャ!確認の者が行くけど2人なら先にハンコをポンニャ!」

 無事に報告と提出が終わった。

 そう、コゲツキ依頼が全部おわったのだ。


「お二人さん、何かシケた顔してるじゃないか?こっちは一般依頼を受けて回ってきているぜ?大半は指名依頼の奴隷解放の依頼だけどよ」

「そっちの方が大変な気がしますね。今回は大したことではなったので」

 俺は一部始終を「黒い瞳」のメンバーに話した。

 今回がコゲツキ依頼最後だという事も。

「指名依頼が終わったら南方大陸に行こうかと思ってる」

「何故だ?」

「ここで俺たちの探してるものを見つけた。けど足りなかったんだ」

「具体的には?」

「悪いけど具体的には言えないんだ………悪いな」

「そうか、なら行く前にエルグランドの町に行くんだな」

「何故だ?」

「南方大陸の貨幣が、黒金貨として流通してるんだよ。両替屋で手に入るぜ」

「その情報、助かる!」


 その後、俺と「黒い瞳」のメンバーたちは打ち上げに出かけたのだった。

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