沖浦数葉の事件簿 ーいいわけの向こう側ー 【KAC20237】
広瀬涼太
いいわけの向こう側
「……
「せ、
今日も今日とて放課後の部室で
まあどうせ、禅問答でも何でもないんだろうけど。
「……93光年離れたペルセウス座のアルゴルを周回する惑星ヤーホンの本屋に向かい、兄のぐちゃぐちゃが時速6光年の速さで飛び立った」
「ほら禅問答じゃなかった! っていうかどこからツッコんだらいいかわからんボケやめろ! あえてひとつツッコむなら、ぐちゃぐちゃってそれ兄の名前かよ!?」
「……一方、深夜の散歩を終えて戻って来た弟のアンラッキー7は、兄がいつも肌身離さず持ち歩いているぬいぐるみを忘れて行ったことに気付いた」
「この兄弟の両親なんなの」
「……日本でも、糞とか捨てとか名付けられた例がある」
「いつの時代の風習だよ。それで弟はどうしたんだ」
「……アンラッキー7はぐちゃぐちゃが出発してからちょうど一時間後に、アルコルを目指し分速1375テラメートルで飛び出した。兄にぬいぐるみを届けるため」
「そこまでしてぬいぐるみ届ける必要ある?」
「……だが、アンラッキー7は気付いていなかった。自分もまた、いつも肌身離さず持ち歩いている筋肉を置き忘れて来たことに」
「なんで筋肉を忘れられるんだ。さてはスタート地点地球じゃないな!?」
「……さてお待ちかねの問題です」
長かったなここまで。いやお待ちかねではないが。
「……アンラッキー7は、ぐちゃぐちゃに追い付くことができただろるか。もし追い付けるのならば、それはアンラッキー7の出発から何時間後、どこの地点においてだろうか」
一見すると数学というか算数の問題に思えるが……算数だと方程式が使えないからかえって面倒なんだよな。
「……ただし相対性理論はないものとする」
「アインシュタイン先生が泣いてるぞ」
いや相対性理論がないからといって、宇宙の法則が変わるわけでもないんだが、言いたいことはわからんでもない。まあ時速5光年とか言ってる時点で……。
「……それから、1光年は9兆5千億キロメートル、ワープ航法などは使わず目的地まで一直線に飛ぶこととする」
「条件多いな」
「……加速減速は瞬時に行われ、発進から0秒で最高速に達するものとする」
「地球壊れるわ!」
いやでも、こんなの関係ないか。
「なあ、これ引っ掛け問題だよな」
「……え?」
あれ? この反応はもしかして違ったか?
「兄が向かったペルセウス座のアルゴルと、弟が向かったおおぐま座のアルコルは別の恒星だ。だから、アンラッキー7はぐちゃぐちゃに追い付けない」
「……あ」
あ、やっぱり違ったらしい。
先ほどの自分の発言を思い出そうとしているのか、数葉は目を閉じる。高い記憶力のおかげで、うっかり発言でもそのまま思い出すことができるのだ。
これが普通の人が相手だったら、言った言わないの水掛け論になっていたところだ。
「……
「薩摩の人か!」
「……そ、それじゃあ、二人とも同じところに向かったとして……」
「待った」
なおもその問題を続けようとする数葉を、手を挙げて押し留める。
「そもそも最近妙にグイグイ絡んでくるのは、この前の返事をまだしてないからだろう」
「……え、あ、そう言えば新番組『学園戦隊レッドセイバーズ』の録画予約がまだだった」
「人が歩み寄ろうとした途端に逃げ出すのやめろ」
数葉の手を握る。以前はこの程度で気分悪くなっていたけど、今ならある程度は。
「ごめん。少しだけ話を聞いてくれ」
動きを止めた数葉が無言でうなずくのが見えた。
「俺は、妙な言い訳をするのはやめる」
「……いいわけ?」
「女性に関わらなくても生きていけるとか、一生独りでいるとか、気合でなんとか、とか」
「……きあい……?」
「さすがに不便だから、以前女性恐怖症治療のためのカウンセリングを受けたことがあったんだが……」
一旦言葉を切り、少し深呼吸。
「女性が男性恐怖症になるならともかく、男が女性恐怖症だなんて、女々しいとか、気合いが足りないとか、そういう意見もあってだな」
そこまで言うと、数葉が俺の手を握り返してきた。
「……そんなこと、ない。私は、ずっと一緒にいるから」
その言葉に俺は大きくうなずく。
「もうしばらくの間待たせるかもしれないけど、ちゃんと治療を受けるから」
両手で、数葉の手を握りなおす。
「だから、今後ともよろしく」
そして数葉は、うつむいたまま動かなった。
あれ、なんかやり方間違えた?
と思ったら、数葉が唐突にがばっと顔を上げる。
「……ゲンが、ゲンがデレた!!」
「デレ!? ツンデレでもあるまいし、いや抱き付くな、近い近い近いまだ女性恐怖症治すって決めただけだから治るのはもっと先だから」
「……ゲーン!!」
「あーーーーーー!?」
結局、大学受験もあって、俺たちの関係が本格的に進展するのは大学に入ってからとなるのだが、それはまた別の話である。
―― 了 ――
【解答】
アンラッキー7の速度である分速1375テラメートル(Tm)を時速に直すと、以下の通りとなる。
分速1375Tm = 分速1兆3750億km = 分速0.15光年 = 時速9光年
ぐちゃぐちゃは出発後3時間で6×3=18光年進む。
アンラッキー7は1時間遅れて出発し、2時間で9×2=18光年進む。
目的地は93光年先であり、まだ到達していない。
答:アンラッキー7は出発の2時間後、スタート地点から18光年の場所でぐちゃぐちゃに追い付ける。
なお、アンラッキー7が忘れた筋肉を届けに、妹のいいわけが追い掛けてくるのだが、それはまた別の問題である。
―― 今度こそ了 ――
沖浦数葉の事件簿 ーいいわけの向こう側ー 【KAC20237】 広瀬涼太 @r_hirose
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