たたかい

青海老ハルヤ

第1話

 撃たれた。右腕だ。痺れるような痛みが身体中を駆け巡った。しかし急所は外れている。銃弾も体から抜けている。それを確認してから、周りに一言断って一旦後陣に下がった。救護班の元にできるだけ早く走ろうと銃を背負い腕を抱えた。

 と――

 背後に地球上の全てが集まったような音が聞こえてきた。もしあのまま前線に入れば……。――振り向いたら、ダメだ。

 林の中だからたとえ狙われても直撃は少ないが、代わりに走りずらい。

 化け物だ。と思った。今までも週に1度ほど攻撃を受けていたものの、今回の攻撃はその比ではなかった。水平線に並ぶ圧倒的な数の軍艦から艦砲の凄さには度肝を抜かれた。

 林が僅かに開けると緑色のテントがいくつか立ててある。やっと救護班まで来れた。痛みに耐えながら必死で声を出す。

 しかし目の前で爆弾が弾けた。なんとか踏みとどまり林に飛び込む。右腕に雑草や枝が引っかかって激痛が走る。何とか顔を上げると、しかしそこに帰るべきテントはなかった。

 敵の飛行機が上で旋回している。悪魔のような黒い車体が揺れる。機体の底から何かがばらまかれる。そのうちの一つが、自分の真上に落ちてくる――。


 やっと、夜が来た。長かった、あまりにも長かった。ようやく敵軍も引き、休むことが出来る。木に寄りかかって目を閉じた。

 島のあらゆる施設はほとんど壊滅した。もし戦争がこの一戦だけならもう決着はついているだろう。

 食うものもない。必死に残してきた食料もほとんど焼き尽くされてしまった。あとは畑が残っているだけだ。

 目をつぶって空腹と痛みに耐えるが、もうそれも限界に近くなっていた。右腕の傷に応急処置はしたものの、医薬のない治療ではほとんど意味が無い。前に傷をおった友からは白い膿が出てきて、いちいち吹き取ることしかできていなかった。あの悪臭は忘れられない。この後俺もそうなるのだ。あいつはもう居ない。

 急に騒がしい声が聞こえてきた。疲れた体を無理やり起こして見に行くと1人の兵士が何人かの兵士に殴られていた。

 尋ねると、どうやらこいつは畑からさつまいもを盗んだらしい。農耕班が僅かに育てている畑からはよく盗難が発生する。犯人が誰かはすぐに分かる。便が全く違うからだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 殴られながらずっと謝り続ける様にもう何も感情が湧かなかった。この兵士は今後絶食の刑が下るだろう。

 フラフラと海岸沿いに向かった。目的のものはすぐに見つかった。カニだ。急いで捕まえ、そのまま噛み砕く。食中毒の危険もあるが気にしてはいられなかった。悠長に焼いていたら上官に直ぐに取られてしまう。

 たまに魚が爆撃の衝撃で浮いてることがあるのだが、残念ながら今日は見つからなかった

 またフラフラと木陰に戻り、無理やり眠ろうとした。少し臭いからおそらく誰かが雑草を食って、近くで腹を下したのだろう。感染症の危険があるから何とか立ち上がって場所を移した。しかしもう意味は無いかもしれない。遠くに銃の鳴き声がする。


 空腹で目が覚めた。まだ暗い。地平線がほのかに白んでいる。雲は日光で縁取られていた。

 ふと隣を見ると誰かが死んでいた。昨日下痢をしていたやつかもしれない。だがそんなことはどうでもよかった。奥の木の下にヤシの実が落ちていることに気を取られた。ゆっくりと立ち上がり見に行くと腐っていた。さすがに食えない。だがウジが湧いていたからそれをとって食った。

 甘い。

 何となく餅を思い出した。フワフワで、柔らかで、甘い。母の顔も浮かんだ。先に餅を思い出すのか。自虐的に笑ってしまう。

 急に光が差して来た。日の出だ。木の隙間から見える太陽に死んだやつが照らされていた。

──笑っている。

 その場を離れた。埋葬してやる力なんかもうない。だけど。

 俺は死なない。生きてやる。生きてやる生きてやる!米を腹いっぱい食うまで死なない。腹いっぱい食って、それで。

 ほかの兵士もちらほら起き始めたようだ。地獄の1日がまた始まる。


「おはよう──」


1945年8月15日。終戦。

 日本軍は多くの被害を受けたが、中でもカロリン諸島メレヨン島は飢餓島と呼ばれた。

 陸海軍約6500名の兵は米軍の攻撃の後に放置され、補給路を絶たれた日本軍は敗戦までに4493名が餓死。

 空襲などの戦死者は307名。生還者は1626名。

 下級者ほど餓死の比率が高かったと言う。

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たたかい 青海老ハルヤ @ebichiri99

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