3話 怪異はいても、日常は続く。

 少しだけ早く家を出た。理由は別に無い。

 二度寝するには十分とは言えない微妙な時間だし、起きるても時間を持て余してしまう。それだけだ。


 だから、いつもとは違う道を通ってゆっくり登校することにした。


 五月を前にして未だひんやりとした朝の空気を晴天が暖めている。

 鳥のさえずりが心地の良く穏やかな朝を彩った。


 大通りに出て人混みの中をしばらく歩いていると、立ち尽くす見慣れた後ろ姿があった。


 顔を見なくても分かる。何度もあの後ろ姿に声をかけてきたし、毎日のようにオカ研に誘っているが断り続けているアイツ。友嗣だ。


 友嗣の前には見知らぬ女の子と女性。


 女性が困り顔で何かしらを語りかけているようだ。

 女の子の方は女性の手をしっかりと握り、もう片方の手で友嗣の制服の裾を事もなげに掴んでいる。


 生きている人ではない。


 その事はすぐに分かった。母親と女の子は確かにそこにはいるのだろう、けれど存在感が希薄で肉体が存在しているような重みが感じ取れなかった。

 

 幽霊の親子。それでも悪意はないこと見ての通りだ。

 

「友嗣のやつ、何やってんだ?」


 そのまま歩を進め、少し近づいて気が付いた。


 友嗣は泣いている。


 顔は伏せていて見えないが肩を振るわせて咽び泣いている。

 

 声を掛けようかと考えあぐねている間にも友嗣との距離が縮まっていく。

 すると、女性と目が合った。


 彼女はアタシの視線に気がつくと少し驚いたかのように目を見開いてから、友嗣に視線を戻して何かを伝えると、娘に微笑みかけてスゥっと霞になって消えてしまった。

 

 なんだか極めてプライベートな部分を除き見てしまったような後ろめたい気持ちだ。

 

 その場で友嗣に声をかけるには、なにか気まずくてできなかった。声をかけても何を話せば良いやら想像できやしない。


 面倒な事には関わるな。自分にそう言い聞かせる。


 あの親子の霊とはどういう関係だろうか、その予想はだいたいついた。

 友嗣があの親子にお節介をしたに違いない。

 どうお節介をしたのかは知る由もないが、その結果はあの姿を見ればすぐに分かることだ。


 手前の信号を渡ろうとすると点滅していた青信号が赤へと変わり足止めをくらってしまった。


 友嗣に気付かれないかと思ったが、アイツは未だ俯いたままだ。

 

 ぼーっと信号を待っていると、おかしな奴が視界に入った。

 青信号になっていないのに、道路の真ん中に人が立っている。


 いや、人ではない。異様に背が高く、男とも女とも判別のつかない全身真っ黒な姿をしている。


 魑魅魍魎ちみもうりょうの類だ。


 いくつかの車はその人を避けようとよろめいていた。


 これは事故になってもおかしくない。流石に危険だし、悪質すぎる。


 歩行者信号が青になると立ち止まっていた人たちが一斉に動き出す。

 アタシもゆっくりとした足取りでその群れについて行く。


 親子の霊とすぐ近くに事故を誘発させるような怪異。


 泣いている友嗣の後ろ姿が脳裏をよぎった。


 頭の中が煮えくりかえるように沸々としたものが溢れ出す。


 アタシはソイツの目の前で止まって睨みつけた。


 ちょうど、車の目の前でそうしているので、怪異が見えない人からしたらおかしな女が運転手を睨んでるように見えるだろう。


「何やってんだ」


 凄むとアタシを見下ろしてケタケタと嘲笑うかのように肩を震わせる。


 怪異といってもすべてが悪というわけじゃない。神霊や守護霊といった恩恵を与えるモノ、害をなさないモノも存在している。桜の木の首吊り幽霊もそうだ。そこにいるだけで、悪意はない。まれに友嗣のように悪い影響を受けるヤツもいるが、ほとんど無害な存在だった。


 しかし、コイツはそうじゃない。


 明確な悪意をもってそこに存在している。走行する車の前に立ちはだかり、事故を誘発させている。


 さっきまでも心地よさが台無しだ。


「何がおかしいんだ!」

 

 はち切れんばかりに頭に血が昇っていた。

 思いっ切り身体をねじり、脚をニヤついた顔面に向けて脚を振った。


 ソイツの頭を蹴り上げる寸前アタシは脚を止めた。


 ソイツは涙を流している。ケタケタ嗤いの中にひっくひっくと泣いているように見えた。


 訳が分からないけど、ただの悪霊とは違うのか?


 脚を下ろして、そっとソイツの手を握った。

 そうすると真っ黒な長身の中から分裂でもするように男の子が出てきた。


 泣いている男の子の霊だ。


 呆気にとられていると、青信号がすでに点滅していて赤に変わろうとしている。


 急いで信号を渡ろうとするが黒い長身の悪霊がアタシたちの遮った。


「クソッ! なんだよ!」


 ケタケタ嗤いが一層強い悪意を持ってアタシの腕を浮かんだ。


「さわんなよ!!」


 再び脚を振り上げて、今度は思いっ切りケタケタ嗤いに打ち込んだ。脚がめり込むとソイツの頭は胴体から千切れて飛んで、次第に霊体を構成していた霊気が崩れていく。


 迷惑な奴が消えると運転手と目が合った。


 なんだか気まずくなって、男の子の手を引いてそそくさと信号を渡り路地裏に逃げ込んだ


 振り返って見ると友嗣はすでにいなくなっていてる。


 男の子の霊はすっかり泣き止んでいてアタシに微笑むとすうっと消えてしまった。


 道路の真ん中で取り残されて不安で泣いていたのだろうか。一緒に渡ってくれる人を待っていたのか、そこにさっきのケタケタ嗤いに捕まってしまったのだろうか。


 アタシにはそこまで見えはしない。友嗣の目ほど上等なものじゃない。


 さっきまで男の子の手を握っていた手に少しの寂しさを感じながら、頭上を見上げて大きく背伸びをする。


 空は晴れ晴れとしているのに、幾重にも交差する電線が檻の中に閉じ込められたようで息苦しい。


 日の光を浴びた部分がほんのり熱を帯びる。


 こんな事があった後でも日常は続いていて、そこには確かに温かいものがある。

 ため息を吐くと自然と肩の力を抜けた。


 友嗣の姿を思い浮かべる。真剣に怪異を見つめる目。立ち尽くして泣く姿。

 アイツは真面目で優しいヤツだ。


「そうだな……」


 また、オカ研に誘ってやろう。


 

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