ある男の憂鬱

神白ジュン

第1話 絶望は深く根強く底知れず

 どうしてこんな人生になってしまったのか。


 受験に失敗した。

 就職活動に失敗した。

 恋愛に失敗した。

 

 振り返ってみると、自分の人生は失敗ばかりだ。どうして他の他人は自分より幸せそうなのに。あぁ妬ましい


 よく失敗を糧に──して成功しました、みたいな体験談をSNSで見かけるたび鬱になる。

 そういう奴は最初から才能やら頭の作りが違うんだ、と自分自身に言い訳して逃げてきた。

 気づいたら鬱の感情やネガティブな感情で頭の中は支配され、何も行動すべき時に行動ができなかった。むしろ、この感情を盾にして、逃げすぎてしまった。

 

 今の社会は失敗を許さない、寛容ではない社会なのだから、と言い訳をいくら並べようとも、現実は変わらないというのに。これ以上自分を責めると心が本当に死んでしまいそうで。ある意味一種の現実逃避を無意識にしてしまっているのかもしれない。


 もし自分がその時あれこれ自分自身に言い訳なんかせず前向きに努力を続ければ、結果は変わったかもしれないのに。


 「もーどうしたの?そんなに暗い顔してると幸せも逃げちゃうよ?」

 振り向くとそこには自分を心配してくれる恋人が────いるわけないのだ。

 残念ながら現実というものは非情である。

 よくある幻覚と幻聴だ。この世はアニメや漫画のように決まったように主人公を心配してくれるヒロインがいるわけでは無い。

 自分の人生は自分が主人公──とはよく言うものだ。だが社会からしてみれば、主人公になれるのはごくごく一部の人間のみで、よくて脇役、大半がモブ、モブにすらなれない自分みたいな奴もいるのだ。


  結局何を言おうが思おうが空虚である。自分の言葉に耳を傾けてくれる人はもういないのだから。


 「なんだ?悩み事か?酒でも飲みながら語り合おうぜ!」

 ────この歳になっても一人でもそんな友人ががいたら、心が多少救われたかもしれない。


 仲の良かったかつての友人たちは皆結婚し、昇進したり家を建てたりして幸せな生活をしているらしい。それをSNSで知ってしまった日はなんと憂鬱であったことか。あぁ妬ましい。


 嫉妬の感情のせいにして、結局努力を怠った自分が悪いというのに。


 いや努力はした、はずだ。だが自分なりに努力はしたつもりであっても、社会から見るとそれは努力にすらなり得ない戯れにすぎなかったのであろう。


 人生の途中くらいまでは自分自身は普通の人間だと思って生きてきた。だが、それはただの思い込みであった。


 普通に生きて、普通に就職して、普通に結婚して……幼少期の自分からすればこれの難しさを遺憾なく実感するとは夢にも思わなかったはずである。普通にすらなれない自分自身に嫌気が差してたまらない。自分のことがあまりにも嫌いすぎて、碌な自己PRすら出来ない、そんな人間のどこに企業や他人からしても価値を見出せば良いのか。もはやそれすら自分には分からなくなっていたのだ。

 

 どこから間違えてしまったのか。常に他人と比べられる環境に身を置いたせいで、他者との比較を自ずとしてしまうようになったからかもしれない。

 あるいは成功体験の少なさからくる劣等感か。歯車は狂い始めると他の歯車が噛み合わない限り止めようがないのであった。


 結局全ては自分自身が悪いのだ。逃げすぎた。頑張りが他人よりも足りなかった。何が一番の原因か突き止める前に、心が朽ち果てそうになったので、追求は止めた。無駄でしかない。

 

 

 寝たら次の日が来てしまう。朝が来れば仕事に行かなければならない。毎日の長時間労働プラス残業。おまけに上司や同僚の小言付き。ミスをすれば必要以上に責められるし、この程度もミスなく出来ないのか、と自分自身に失望し、さらに自分のことが嫌いになっていってしまう。この時、よく仕事で病んで電車や新幹線に飛び込んでしまう人間の気持ちが分かった気がした。


 いっそ仕事を飛んでやめてしまおうと何度も思ったが、この歳の自分をどこが雇ってくれるというのか。生きるのには金が必要だ。もう頼れる親や親族もいない。

 

 残った唯一の良心は、どうにか辿り着いた今の仕事なのであるから、ここだけは他人に迷惑をかけないように頑張ろう、といった心がけだけかもしれない。だから、なんとか生活はできている。


 人生で何度死にたいと思ったことか。だが、死への恐怖がそれを許してくれないのであった。覚悟が足りない。そもそも人生においても重要な決断をする覚悟すらままならなかった自分にとって、その一歩を踏み出すハードルの高さは高層ビル並みであった。


 

 夜が明けた。あぁ今日も朝が来てしまった。


 


 男は今日も、どこにもぶつけようのない負の感情を抱えながら、仕事へ向かうのであった。

 


 

 


 

 


 

 ────数時間後、市内某所で男性が交通事故で亡くなったというニュースが入った。居眠り運転に跳ねられ即死だったという。辞世の句すら読ませずに殺すとは、神はなんと残酷であろうか。いや、むしろこれ以上は見ていられない、と楽にさせるべく差し伸べた神なりの救いの手であったのかもしれない。

 


 

 

 


 

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