第2部 完

『魔』のダンジョン第98層 王宮 玉座の間



魔王城の玉座の間は荘厳かつ恐ろしい雰囲気に包まれていた。

広大な空間には豪華な装飾で飾られた重厚な壁が立ち並び、彫刻の施された柱が天井までそびえ立っている。スケールが何もかも大違いだった。


玉座は黒く輝く大理石で作られ、その背もたれには魔のダンジョンマスターの紋章が刻まれていた。玉座の周りには揺らめく松明が立ち並び、蛇の形をした装飾が妖しく照らされている。



王城の玉座の間は、ダンジョンマスターとしての力と統治の象徴だった。シュラハトはダンジョンの精密な操作をする際、常にこの玉座に座り、ダンジョン全体に影響を与えていた。




だがそんな玉座も今では山田の物。




玉座には、魔王が座っている。恐るべき魔王、山田竜。その玉座の前には、何十人ものダンジョンの幹部たちが跪いていた。


幹部たちの服装は皆ボロボロで汚れており、多くは負傷し疲労していた。彼らの目には諦めしかなかった。


玉座の前にひざまずく幹部たちの姿は、魔王の圧倒的な存在感と示された力の前に、彼らの無力さを感じていた。長きにわたり繁栄した魔のダンジョンの終焉。ダンジョンマスターは死に、ダンジョンは他者の物へ。


もはや避けることはできない、魔のダンジョン最後の日。



重苦しい空気の中、玉座に座る運命の魔王山田の隣に控える白と青色の衣を纏った神官が口を開く。



「跪きなさい、恐れなさい、崇めなさい。龍王国を統べる魔王、運命を司る幸運の神、山田様の御前です」


「魔のダンジョンの残り少ない幹部の方々、本日はお集まりいただきありがとうございます」


この玉座の間に集ったのは、山田の護衛である近衛隊をはじめとする、ホムンクルス兵。


ダンジョンを裏切った暗黒騎士団。

元ダンジョンマスターと派閥の兵士。


そしてこの魔のダンジョンを守護していた反乱軍の魔物達。ダンジョンマスターに対して叛旗を翻し、そして見事ダンジョンマスター派の魔物達を打ち砕き、しかし外来種である魔王に負けた敗残兵であった。


彼らは負けたのだ。完膚なきまでに、ほとんどの兵士は山田軍と戦うことなく、第三者と自らの歪みにより自壊した。



ここは、そんな敗者達の処遇を決定する場である。




「私は山田様を信仰する運命教会最高司祭、アリスと申します。僭越ですが、今回の降伏式の司会を務め、式を進めさせて頂きます」




「あ、お土産として運命書と寄付金の申請書、山田様黄金像に温泉卵、冷凍寿司などがございますので、退出時に受付よりお受け取りください。運命教会は現在深刻な資金難に陥っており、皆様の寄付をお待ちしています。それではこれより、このダンジョンを支配するお方、山田様のご挨拶です」



山田竜。


神の力を行使するダンジョンマスターを正面から倒した、恐るべき魔王。


そんな化け物が、口を開く。



「良い城だ。これからこの層が丸ごと俺の家になるかと思うと、ワクワクするな。まだちょっと血生臭いけど、まぁそれは今度掃除すればいい」



全てが配信されていた。このダンジョンを千年以上守護してきたこのダンジョンの主、全てのダンジョンマスターの頂点に位置する五星の一角、神に匹敵する力を持った魔のダンジョンマスター、恐怖の象徴、シュラハト。


そんな彼女がなすすべもなく、みっともなく、惨めに殺されるところを。



だが、そんなことは彼らには重要なことでは無かった。



反乱軍の後ろからオロチが追撃し、全てを蹂躙していく。後ろにいた者から殺される。


そして飢餓により次々と死んでいく。


オロチと飢餓から逃げるために、80層では地獄のような争いだった。


オロチと飢餓の恐怖に怯える反乱軍とダンジョンマスターを失った下層部連合軍。どちらも生き残るために、全力で殺し合った。

負ければ全滅。そんな正気を疑うような地獄絵図。



そうして勝ったのは、反乱軍だった。


しかし地獄は終わらない。


ダンジョンマスターが死の間際に山田に命乞いをした。

お前のために、敵を殺そうと。人形の支配権を与えようと。


その結果として、98層各地に設置されてあったシュラハトのコレクション、彫刻や銅像などが下層部連合軍の殺戮を始めた。


反乱軍により疲弊した中でダンジョンマスター秘蔵の最後の戦力が突如として攻撃を始める。

突然の後方からの敵に下層連合軍は総崩れ。


下から人形兵、真ん中には反乱を起こした、かつてダンジョンマスターだった者や無理やり徴兵された派閥の魔物。これにより、98層から95層の連合軍は挟み撃ち。


98層から95層のモンスターは転移を行い89層から80層に避難した。

しかし人形兵達の追撃は止まらない。人形も転移を行い追撃を始める。


こうして、反乱軍と人形にサンドイッチのように挟まれた下層部連合軍は全滅した。





だからどうした、という話だが。



分析官が予測した、80層でオロチが停止すると言うのは、全力で各層の軍隊が攻撃したと仮定した場合の話。


反乱軍はオロチ相手に戦闘を行わず、逃げることを選んだ。当然、80層では止まらない。


下からは人形とどういうわけか反乱を起こしたダンジョンマスターだった者たち、そして無理やり徴兵された派閥のモンスターが手を組んで反乱軍を攻撃し始めた。


今度はオロチと人形や元ダンジョンマスターと派閥の魔物達に挟み撃ちにされ、反乱軍は壊滅。


反乱軍の決死の攻撃でオロチはエネルギー切れ寸前に、休眠状態に入った。元ダンジョンマスターと人形兵も退け、一息つけるか、そう思った反乱軍。


そんな疲れ切った彼らの前には、大量のホムンクルス兵と暗黒騎士団が現れたのだ。



ホムンクルス兵の降伏勧告に、反乱軍はついに悟った。


ああ、我々は全て手のひらの上だったのだなと。


反乱軍は降伏した。疲れ切った反乱軍に選択肢は無かった。





「それで?お前たち、これからどうする?」


「どうする、とは」


生き残った反乱軍の幹部が口を開く。


「決まっているだろう?今ここで死ぬか、俺に従うかだ」





勝てない。

圧政者であったダンジョンマスターは、耄碌し落ちぶれてはいたが、それでもダンジョンの魔物達にとっては恐怖の象徴だったのだ。


そんなダンジョンマスターを上回る男。ダンジョンマスターとの戦闘での傷は癒えており、そして周りには完全武装のホムンクルス達が控えている。



一方こちらは、疲労困憊。降伏しか、選択肢は無い。




「それは勿論、山田様に従うばかりです!」


沈黙を破ったのは、恰幅の良い中年男性。

95層司令官である。彼は大量の資源を持ち去ってダンジョンマスターを物資不足で苦しめ、早期に侵略者である山田に対して外交官を送り降伏した。




「お前のおかげだ、ここまで戦争が加熱したのは。ダンジョンマスターを打ち破った際、下層部連合軍と反乱軍が和平を組んで俺たちを攻撃してくる可能性だってあった。だが飢餓がそれを不可能にした。その功績に報いるとしよう。お前を一時的にだが、このダンジョンの管理者に任命しよう。亅


「ははぁ!ありがたき幸せでございます!」


「他の協力者達にも報いなければな。ダンジョンを裏切った暗黒騎士団と、元ダンジョンマスターには領地を与えよう。派閥の奴らはまた今度考える」


「あ、ありがたき幸せ!」


暗黒師団長は無言だが、元ダンジョンマスター達は喜んだ。もう一度、ダンジョンを借り物だが運営できるのだ。



「それで、お前は宰相だったそうだな。俺はダンジョンを完全に制圧したんだが、どうもクエストがまだ未達成らしい」


山田は魔のダンジョン出現時のクエストが達成されないことを95層司令官に質問する。SSR確定コイン10枚という、破格の報酬。無視できる物ではない。



「クエストが何なのかは存じ上げませんが、ダンジョンマスター同士の戦争にはいくつか勝利条件が存在しています。その点で言えば、山田様はまだ勝者となったわけではありません。ええ、ちょっと失礼」


95層司令官は玉座に近づき、飾りを押すなど何やら操作を始める。


そうして玉座から何かが取り出された。

一つの水晶玉であった。これこそがダンジョンコアである。



「おおー、これがダンジョンコアか。それで?これをどうするんだ?」


「そうですね…大きく分けて勝利条件は2つあります」


「ダンジョンコアの破壊。それによりダンジョンの全てはDPに還り、我ら魔物は一時的にですが破壊したダンジョンマスターの所有物となり、自動的にDPに返還されます。この際、ダンジョンマスターの力が一部引き継がれます」


「ダンジョンが消えるのは嫌だな、却下」


「そしてもう一つ、併合。ダンジョンをそのまま手に入れることができます。我々モンスターも消えません。全て貴方のものです。しかしこの方法では、ダンジョンコアが必要でして」


「ああ、それなら持ってる。ガチャコール!」



山田がガチャコールにてダンジョンコアを呼び出す。

かつて最低品質のダンジョンコアがガチャより排出された。そのダンジョンコアはこの魔のダンジョンのコアに比べて小さく、輝きも小さい。



「おお、流石は山田様!ささ、では早速併合を」


「待て」



山田は暗黒騎士団長を見る。



「騎士団長。先ほどから無言だが、何か言いたいことは?」


「…」


「言え」


騎士団長は口を開く。


「お前の手により多くの団員が殺された。お前を許すことはできない。今すぐにでも斬り殺したい。他の者はお前を過大評価している。シュラハト様が負けたのは、相性の問題に過ぎない。私なら、勝てるだろう」


「だが、私には部下がいる。シュラハト様に逆らい、理不尽な嫌がらせを受けたにも関わらず、私についてきた部下達がいる。私は部下が生き残るためなら、何だってする。裏切り者の誹りだって受ける。」


「だから私はお前に従う。ただ、それだけだ」





「ああ、お前は部下が死んだことを恨んでいるのか。なら安心しろ。蘇らせてやる。おい、もってこい」


ホムンクルス達が命令に従い、一つの氷塊を運んでくる。

その中には、一人の獣人が閉じ込められていた。


「あれは…リザリオン」


「おや、知っておられるので?」


「第1層の司令官だ。武器や道具融通をしていた」



「ガチャコール」


山田はガチャコールにて、小さな祭壇を呼び出した。

その上にホムンクルス達は氷塊を設置する。



この祭壇は、山田が数日前にガチャより手に入れた、SSRアイテムである。




●転生の祭壇


あ、どうもナビゲーターとの交渉で何とかアイテム解説枠を勝ち取りました!今後ともよろしくお願いします!

さてこの転生の祭壇なんですけど、簡単に言えば蘇生装置ですね。

死体または生者を祭壇に拘束して、一回だけ強制的に転生させます!

転生の際にホムンクルスと同様にアイテムと混ぜ合わせることも可能です。転生させるためには、正規の寿命による死ではない、死んでから一定以上の時間が経っていないなどの数多くの条件を満たした場合転生できます。

バランス崩壊を防ぐために重要情報が含まれる記憶は残念ながらロックされます。さらにレベルがリセットされ弱体化します。

蘇生した生命はあなたのユニットとして数えられるため、敵意はありません。記憶の完全消去もできますので、頑張ってください。




山田は祭壇を起動する。氷塊に光が集まる。


光の中から現れたのは、獣魔将軍リザリオンだった。若返っていた。


「約束は守ったようだな」


「ああ、俺は約束を守る男だからな」


唖然とする幹部達。ダンジョンマスターの創造主であるあのお方でなければできないような、死者の蘇生。



「そう、生き返ることができるんだよ」


「続いてはこいつだ」


ホムンクルスが運んできたのは、一つの棺だった。

その棺は、暗黒騎士団が用意できる物で最上級のもの。

そして、つい先日埋葬したばかりの棺。




「まさか…」



その棺には、シュラハトと書かれていた。




シュラハトの死体は山田と暗黒騎士団との契約に従い、騎士団長に引き渡された。多くの騎士団員がシュラハトの死体に対して苛烈な意見を上申したが、騎士団長はそれらを退け、シュラハトを丁寧に埋葬した。


ただ墓に対して、地獄に堕ちろと刻んだだけ。

騎士団がシュラハトから受けた理不尽に対して、それはあまりにも控えめだった。


騎士団長は反対する団員に対して、それでも我らを生み出し、千年にわたりダンジョンを守ってきたのだと何日にも渡り反対派を説き伏せた。




そんなシュラハトの棺が今、光に包まれる。





「な、何だ⁈私は蛮族に殺されたはず!」


「閣下」


光が消えた時、現れたのはシュラハトだった。しかしどこか若々しく、体も少しだが小さくなっている。その姿を見た幹部達は、どこか懐かしげな、かつての輝かしき栄光の日々の思い出に浸るかのように、涙ぐんだ。



どれだけ落ちぶれようと、反乱しようと、それでもこのダンジョンのマスターなのだ。


かつては敬愛し、尊敬し、憧れたダンジョンマスター。死んだ彼女が蘇ったのだ。


騎士団長は混乱するシュラハトの前に歩み、跪く。




「閣下。私はあなたに忠誠を誓った身。このように裏切ってしまい、申し訳ありません」


「貴方は、道を踏み外してしまった。数百年にわたる外敵の存在しない平穏な日々。それがあなたを堕落させてしまった」


「正直、最後の魔神化は驚きました。あなたは最近、傷を負うことを恐れていた。鍛錬さえ疲れるからとサボり続けていた。痛いからと自らが戦うことを避けていた。敗北こそしましたが、昔のように率先して戦おうとしたのです。見直しました」


「…」


無言でシュラハトは騎士団長の話を聞いた。

シュラハトはしばらく無言だった。


「すまない、私はどうかしていた。」


「私はダンジョンマスターだ。ダンジョンとそこに住まう者を第一に考えるべきなのに、私は、私は…」


「良いのです、幸運なことに、閣下はまだやり直せます。一から始めましょう。」


「すまない、本当にすまない!」


シュラハトは頭を下げる。かつての傲慢なシュラハトでは考えられないことであった。


「閣下には、暗黒騎士団員として、一兵卒から鍛え直して頂きましょう。」


「ああ、私は力を失った。良い機会だ、全て一からやり直さなければ」


「我らのマスターだ。連れて行け」


「はっ!」


暗黒騎士団の騎士達がシュラハトを挟み連れて行こうとする。



「騎士団長スーパーウルトラスペシャル訓練です。頑張ってください」






「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」



声を上げたのはシュラハトとシュラハトを連行しようとした騎士団長の側近、そしてその他の幹部達。


「待って待って待って!嘘だろう!」


シュラハトは先ほどまでの決意の表情が一変、絶望に満ちた表情へと代わり、騎士達は同情しながらも連れて行こうとする。


「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!騎士団長スーパーウルトラスペシャル訓練だけは嫌ダァぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



そうして、シュラハトは連れて行かれた。



「覚えていろ!いつか、私が力を取り戻した時、お前たちに認められるようなダンジョンマスターとして、戻ってきてやるからなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」








「山田様。我ら騎士団、改めて忠誠を誓いましょう」


「おお、俺も誓うぞ!いつになったら戦えるのだ!」


山田はシステムウィンドウを開く。

数日前、久方ぶりに運営よりメッセージが届き、次回開催イベントに関するお知らせが届いたのだ。

次のイベントの開催予定時刻を確認する。



『予告!エンジェル・フォールが73時間24分後に開催されます!』


「喜べ、戦いの日は近い。」


「おお!ついに私は、戦士として戦えるのだな!」


リザリオンは嬉しそうに雄叫びをあげる。


それを見ながら山田はダンジョンコアを操作し始める。

 

「さぁ、併合だ」


●業績『迷宮主』『併合者』『大迷宮を支配する者』を獲得した。お前も迷宮の支配者だ。

報酬として、迷宮確定ガチャコイン、安定度上昇、迷宮内でのアイテムや資源の発見率上昇が与えられる。



意外とあっけなく、簡単にダンジョンの併合は終わった。




「それでは最後に、これからの山田ドラ…ゴホン、龍王国の繁栄を願い、忠誠の証として、盃を交わしましょう」


幹部達に黄金の盃が配られる。その中は『卵バーテンダーおすすめ!初心者でも安心して味わえる酎ハイ!』が満たされている。


「山田様はこちらを。」


「どうも」


山田に渡されるのは、蠱毒と滅亡の杯。

一つのダンジョンのエネルギーをほぼ丸ごと酒に変換されたそれは、極上のブランデーのように深い茶色で、香りを漂わせる。




「お前ら!今から3日後、天使との戦いが始まる!この戦争で俺の王国はダンジョンから全てを奪い、大きくなった!」


「今度は天使から全てを奪い尽くせ!」


「さぁ、飲め!共に前進しよう!」



「「「山田ドラゴンガチャ王国に繁栄あれ!」」」








「まっず!!!おぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



誰か、口直しにオレンジジュース持って来い!!!












シュラハト討伐から降伏式までの五日間のガチャ排出品



C『松茸栽培セット』

HR『権能 屠殺場』

SSR『転生の祭壇』

C『ありが鯛刺身』

C『スキル ニキビ消去』

C『忌まわしき肉【和風ハンバーグに調理済み】』

R『全自動お掃除ロボット』

C『スキル 自販機当たり確定』

UC『聖歌隊』

C『ハズレ ポケットティッシュ一年分』



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アカウント名は太陽くん。いらすとやの汗をかいた赤い太陽がプロフィール画像です。

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