花を摘むように。

夜猫シ庵

萠花 其の一


私の世界は,花で満たされていた。



「ねぇねぇ萠花もか、今日のテストどうだった?」


騒々しいガーベラが、私の隣へと並ぶ。


「そうだな……平均点行くか行かないか、ってところ」

「そんなこと言っちゃって〜、あんた頭いいじゃん!」

「萠花は確かに頭良いけど、日葵ひまりが勉強しなさすぎだから余計そう思うんでしょ」


私が当たり障りない返しをすると、物静かなスミレが話に加わってきた。

あぁ、そうだった。このガーベラの名前は日葵、だったっけ。

ガーベラなのに、変なの。


「私もそう思うよ。日葵だって、ちゃんとやれば私くらいはとれる」

「勉強したくないので無理!」


活力のある葉が、花の前でばつ印をつける。このガーベラは、いちいち動きがオーバーでわかりやすい。

忙しなく街を行き来する花達の合間を縫い、いつものように帰宅する。

私には、学校からの登下校中に絶対寄って行く場所があった。

その店は、もっとお昼頃であれば賑わっているのかもしれないし、ただ売れていないだけかもしれない。営業のことは何も分からない私が、そんなことを考えても無駄だということくらいは理解している。

ただ、私はこの、少ない店員花と、切られて、生かされ、見せ物にされる大量の小さな花達を見るのが好きだ。

そして、もっと好きなのは。


「あぁ……今日も見に来たのかい?」


ブリザーブドフラワーを手に持った胡蝶蘭が、話しかけてくる。

この胡蝶蘭の店員が作っているというブリザーブドフラワー。

死してなお……いや、生きていた時よりもさらに美しくなった状態で、そこに咲き続けている。

死が、生の美しさを抱きとめている。

私にはそう見えた。


「これと、これかな。もうすぐ枯れてしまいそうだから、幾つか加工しようと思うんだけど……どれか、欲しい花はあるかい?」


私が毎日見に来るので、この店員はとうとう私に、廃棄寸前の花をくれるようになった。勿論、ありがたく頂いている。


「じゃあ……このカーネーションを」


丁寧に渡された花を、しっかりと抱きとめて帰路につく。

今度はこの花で何をしよう。アレンジして飾ろうか。それとも、押し花にして……

そこで、ふと思い立つ。

ブリザーブドフラワー、私にも出来ないだろうか。

手元の携帯で検索をかけると、意外にも多くの作り方が挙げられていた。

保存液や染色液。いくらあれば揃えられるだろう。

私の手で、美しさを閉じ込める。

その行為を想像して、興奮が身体中を暴れ回った。

危うく、花を潰してしまいそうになる。

そうだ、作ろう。私だけの作品を。

胸の期待に突き動かされるまま、私の足は動きをを速めていった。



「……なんてこともあったっけ」

若き日の思い出に浸りながら、鋏で花の茎をカットする。

水を吸わせながら、いつものようにエタノールを用意し、鮮やかに咲く花をうっとりと楽しんだ。

あの日貰ったカーネーションは、結局まにあわずに枯らしてしまったが、今回は成功しそうだった。ピンク色をした愛らしいこの花を、どんなリボンで飾ろうかと、今からワクワクが止まらない。

フラワーアレンジやブリザーブドフラワー作りが順調になってきている今、一般的に華の女子高生と呼ばれるあの頃よりも、毎日は充実していた。

さぁ、私は死の使い手だ。

咲き誇る花に、手を伸ばした。





その頃、日本ではある猟奇殺人が話題となっていた。

美しい者を狙い、殺害した後。

その犯人は被害者の血を抜き、防腐剤を入れ、裸体にした被害者をリボンや

レースで装飾する。

あまりにも悍ましく美しいそれらの事件は、こう呼ばれていた。


花摘み連続殺人事件 と。





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花を摘むように。 夜猫シ庵 @YoruNeko-Sian

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