いいわけ

hibari19

第1話

「ねぇ、今日はどんな言い訳したの?」

「普通に、仕事だって言ってきたよ」

「彼女、信じてるの?」

「そりゃそうでしょ、私の事を信じきってるもの」

 そう言って妖艶な笑みをみせながら、私に口づけをするこのひとは、本命の彼女と同棲中のくせに、私とも関係を持っている。

「悪い人ですね」

「そんな私が好きなんでしょ?」

 ズルい人。

 深い甘いキスを繰り返し「もいっかいしよっか」

 その気になった瞬間に、彼女のスマホが鳴る。

「もしもし、どうした?」

 躊躇せずに話すのも、いつものことだ。

「差し入れ? いや、今は大丈夫だけどいつお産になるかわからないし。それにほら、今は妊婦さんの家族も入れない時期だからさ、来なくていいよーーうん、終わったらすぐに帰るね。愛してるよ」

 彼女は通話を終えて、すぐにその手で私を愛撫する。

 本当にどうしようもない人だけど、そんな愛撫に感じてしまう私も同罪なんだろう。

 彼女は産婦人科医で私は助産師、同じ職場で働いている。

 医者が、仕事を言い訳にするのは常套手段なのかもしれないが。

「そのうちバレるんじゃないですか?」

 そうなったら、私は簡単に切られるんだろうか。

「なら、良い言い訳考えてよ」

「どうして私が?」

「ずっと一緒にいたいからよ」

 そういうところが……ズルいと思う。

「めったに使えないけど、身内に危篤になってもらうとか?」

「確かに、実家には連絡しないだろうね」

「仕事は仕事でも、部長に呼ばれたとか」

「あぁ、上司の命令は絶対だね」

「当直は連チャンでは使えない言い訳だから」

「そういえば、昨日部長に言われたんだけどね。来月学会発表があって東京へ行くの、一緒に行かない?」

「え、いいんですか?」

「時間も周りも気にせずイチャつけるわよ、出張という言い訳、どう?」

「楽しみです」




 その日は、デートの約束をしていたのに急遽会えなくなった。

「母親がギックリ腰やっちゃったみたいで」と彼女は午後休を取って、早々に帰って行った。その日のお産の予定はなかったし、緊急時は他の産科医に連絡することになっている。

 私は残業をしていたが、そろそろ帰ろうかと思ってた頃、一人の女の人が現れた。

 その人は、彼女の名前を言い、伝えたいことがあると言う。

 部長と学会の準備をしているはずだから呼んで欲しいと。


 あぁ、この人が彼女の同棲相手なのか。

 そして、この人にも私にも別の言い訳をしたということは、他にも女がいるのだろう。

 全く、どうしようもない人。

「あのーー」




「学会発表、お疲れさまでした」

「ありがとう」

「今夜は、ゆっくり出来ますね」

 珍しく私からキスをせがむ。

「今日は積極的じゃない、いいねぇその顔」

「だって、ようやく独り占め出来るから」

「それじゃ、遠慮なく」


 ホテルのインターフォンが鳴る。

 計画通り、いいタイミング。

「誰? えっ、なんで? どういうこと?」

「それは、こっちが聞きたいんだけど。どういうことなの?」

 彼女の本命、同棲相手の剣幕はなかなかのものだ。


 さぁ、どんな言い訳をするの?

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