第15話 水だよ。水
その日の夜、僕はシオンさんと同室で眠った。シオンさんはベッドを僕に譲ると言って聞かなかったが、丁重にお断りした。さすがにボロボロの女性を差し置いて僕だけがベッドで眠るなんてできない。
そういうわけで布団を1枚もらって、地面で眠った。
女性と同じ部屋で眠るのなんてはじめての経験だった。なんだかシオンさんの寝息すらも気になってしまう。さらに油断すると今日見た彼女の体まで思い出されてしまって……
眠りが浅かった。異世界に来た不安と勇者のフリがうまくいくのかという不安……いろいろなものが相まって、あんまり眠れなかった。
そして、浅い眠りから目が覚める。昨日は激動の1日だったからか、体が重い。しかしカーテンから差し込む光を見る限り、時刻的には朝なようだ。
無理やりまぶたを開けて、そして体を起こす。
「おはようございます。勇者様」見ると、僕より先に起きていたシオンさんが、「簡素ではありますが……朝食を用意しました。よろしければ、どうぞ」
ポニーテール姿のシオンさんだった。どうやら普段の髪型はポニーテールらしい。とても似合っていると思う。
「ありがとう」
というわけで朝食をいただく。パンが1つと、謎のスープ。色が茶色で不気味だと思ったが、味噌汁も茶色だった。まぁ毒なんて入ってないだろうし、ありがたくいただくことにする。
温かいスープが体に染み渡る。味付けも濃すぎない優しい味で、パンと良く合っていた。
「食べ終わったら、早速でかけましょう」同じ朝食を食べるシオンさんが、「あんまり長居していると、伝説の剣を抜きに行くことになりますからね」
「そうだね……」僕には抜けないので、さっさと逃げなければ。「いきなり勇者がいなくなったら、騒ぎにならないかな」
「ミュールあたりに伝言を残しておきましょう。そうすれば、私たちの行き先が伝わりますから」
ミュール……あの片腕の女性か。こうやってシオンさんが伝言を残す相手に選ぶということは、信用されているらしい。
「リャフトでもいいんですが……あの子はどこにいるのかわからないことが多いので……」
「リャフトさん……その人も、女神の末裔?」
「そうですね。私やミュールより2つ年下なんですが……1番しっかり者です。勉強に関しては私がリャフトに教わってるくらいで……」
「……」リャフトさんが賢いのか、シオンさんがアホなのか。わからないので、あまり反応できない。「そ、そうなんだ」
それにしても……シオンさんとミュールさんが同い年なのか。勝手にミュールさんのほうが年上だと思っていた。
しかしまぁ……こうして改めて向き合うと、シオンさん……キレイだな。髪もサラサラで肌も柔らかそうで……気を抜くと、すぐに変な気が起こってしまう。
「さて行きましょうか」シオンさんは立ち上がって、「少しだけ寄り道をさせていただきます」
「寄り道……ミュールさんのところ?」
「そうですね。それともう1箇所……」
「どこかは知らないけど……いいよ」
「ありがとうございます」
ということなので、僕たちはシオンさんの家を出た。
目的地はシオンさんがアヴァールと戦っていた場所。その前に寄り道をするらしい。
☆
「ミュール」シオンさんはとある家の扉をノックして、「シオンです」
そうしてしばらく待つが、返事はない。
「まだ寝てるのかな?」
日の出方を見ると、そこそこ早朝な気がする。
「どうでしょう……ミュールの朝は早いので……どこかにでかけているのかと」なるほど。しかしいないものは仕方がない。「……では村長に伝言……いえ、ヘタに村長に会うと、伝説の剣の話が始まるかも……」
だから村長は避けたい。だからミュールさんを探しているのだけれど……
迷う僕たちの背中に、
「おう勇者様にシオン。私の家の前でどうしたの?」
昨日も聞いた、元気な声が聞こえてきた。
「ミュール」シオンさんは振り返って、「少し伝言を頼みたいのです」
「おうよ。ちょっと待ってね」ミュールさんは頭上の巨大なバケツを見せて、「運んでくれって頼まれてんの」
ミュールさんの頭上にあるのは巨大なバケツだ。いや、巨大なんてもんじゃない。バカでかい鉄製のバケツ。それを右腕と頭でバランスを取って器用に運んでいる。
「運ぶって……」気になって聞く。「なにを運んでるの?」
「水だよ。水」
「……水?」
「ほれ」
ミュールさんは僕の前でしゃがんで、バケツの中を見せてくれた。
本当に中身は水だった。巨大なバケツいっぱいに水が入っていた。この大きさの入れ物に水……いったい何キロあることやら。僕だったら持ち上げることすらできないだろう。
「というわけで」ミュールさんは立ち上がって、「これを運び終わるまで待ってくんな。なーに、すぐ終わるよ」
「ああ……そんな長い話ではないんです。ちょっと……アヴァールの死体を調べに行こうかと」
「アヴァールの? ああ……なんかあるの?」
「わかりません……ですが、死体が他の魔物を引き寄せる可能性もあります。調査はすべきかと」
「なるほどね……私も行こうか?」
「いえ……ミュールは村にいてください。あなたがいれば、安心して調査に行けます」
「そりゃどうも……」それからミュールさんは僕を見て、「そっちは……勇者様がいれば安全かな?」
「……そうですね」若干返答が弱かったな。「こちらは心配ありません。魔王側も四天王の一角が討伐されて慎重になっていると思います」
会話を見ていて思う。この2人かなり仲が良いみたいだ。お互いがお互い、リラックスして喋っているのが伝わってくる。気心知れた友人といった感じだった。
ということで、ミュールさんに伝言完了。これで村から勇者がいなくなっていても騒ぎにはならない。
次の寄り道は……いったいどこに行くのだろう。
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