世界を救うと言われる伝説の勇者に転生したら美少女たちに求婚され、ハーレム状態になりました。それでは聞いてください。『人違い』

嬉野K

伝説の勇者

勇者として

第1話 手加減でもしてくれますか?

 得意なことは言い訳すること。いや、別に得意だとは思っていない。失敗することも咎められることも多いので、気がついたら言い訳ばかりしていた。だから、事実として言い訳がうまいのだ。


 失敗から目をそらして、何にも挑戦せずに、言い訳をしていた。失敗できない戦いなんて経験したことはなくて、成功しなくてもいいやと思っていた。だから、ずっと言い訳をしていた。それでいいと思っていた。失敗しても次があると思っていた。


 でも、本当に大切な戦いは……言い訳をする舞台なんて用意されてない。一発勝負にすべてがかかっている。だから、選択を迷う。だから怖い。だから、全力を尽くす。


 たとえその結果がどうなろうが、僕は言い訳しないだろう。後悔はするだろうけど。


 そんな大勝負……僕には無縁だと思っていた。



 ☆ ☆ ☆



 自分の死因なんて覚えてない。おそらくしょうもない死に様だったのだろうとは思う。自殺ではないと思うけれど、確証はない。

 

 目が覚めたら、知らない荒野にいた。ゲームでしか見たことがないようなだだっ広い荒野。空は青くて高い。草木は一本もない枯れ果てた荒野だった。


 そんな荒野に、音が響く。激しい戦闘の音。金属音と打撃音。そのどれもが聞いたことのないような轟音で、音のたびに地面が揺れた。


 とんでもない激闘が、僕のそばで行われている。それだけがわかった。

 

 起き上がりたいけれど、体が重い。周囲の状況がいまいち把握できない。


「哀れだな」そんな重厚感のある声が聞こえてきた。「万全の状態のお前なら、もっと良い勝負ができただろう」

「……」答えるのは女の子の声。大きく息を切らせていて、体力的な限界が近いようだった。「それを認めたら……手加減でもしてくれますか?」

「手加減はできんが……哀れんでやる。そしてその体で、よくぞここまで戦ったと褒めてやろう」

「認めるメリットを感じませんね」

「強情な女だ。お前は……もう限界だろう」


 少女の返答はなかった。限界というのは本当なのかもしれない。


 いったいどんな戦いの状況なのか……寝ぼける頭を起こして、僕は視線を戦いに向けた。


「……っ……!」


 そして、息を呑んだ。目の前の2つの光景に、僕は目を奪われた。


 ドラゴンがいた。10メートルは軽く超える、巨大なドラゴン。鋭い牙と爪……そして大きな羽を携えたドラゴンが、その場にいた。

 

 そして……そのドラゴンに対峙する少女。


 鎧を着た少女は、ボロボロだった。本来は重厚な装備に身を包んでいたのだろう。しかし今は鎧は砕かれ、手に持つ剣も遠目からでもわかるくらいヒビが入っていた。


 なにより、少女本人が血まみれで……見ていられないほど傷ついていた。大きく肩を揺らして、震える足を必死に支えていた。


 ボロボロなのに、目は死んでいない。強い視線を、ドラゴンに向けて剣を構えていた。


 どうやらその少女とドラゴンが戦っているらしい。ドラゴンがいるということは、おそらく現実世界じゃない。異世界にでも転生したのだろうか。そしてこの世界のドラゴンは喋るらしい。


 戦いが再開される。ドラゴンが長い尻尾を地面に叩きつけ、少女は飛び上がって回避する。ドラゴンの攻撃は僕の体が飛び上がるくらいの衝撃で、直撃すればぺちゃんこに潰されそうだった。


 飛び上がった少女はそのままドラゴンの首に剣を叩きつけた。


 しかし、


「……!」


 その刃がドラゴンの首にダメージを与えることはなかった。叩きつけられた剣は逆に砕け散り、空中に舞い散った。


「限界なのは体だけじゃないようだな」ドラゴンはそう言って、少女の体を腕でつかむ。「その武具も……もはや使い物にならん」

「……っ……!」


 ドラゴンの腕に締め上げられ、少女は苦しそうに呻く。ミシミシと鎧と骨が軋む音が聞こえてきた。


「わかっているだろう? 気力だけでは、もうどうにもならん。お前は……お前らは負けたんだ」

「……まだ……!」少女はドラゴンの腕をはねのけようと力を込めるが、「…………!」


 力の差は歴然だった。ドラゴンの体格は軽く少女の10倍はある。そんな相手に腕力で敵うはずもない。


 そのままドラゴンは少女の体を締め上げていく。骨の軋む音が大きくなって、次第に少女から聞こえるうめき声が、絞り出されるような細いものに変わっていく。


 このままでは、あの少女は殺されてしまう。名前も知らない少女だけれど、そんなのは見ていられない。


 思わず、


「やめろ!」僕はそんなことを叫びながら立ち上がった。「そ、そ……その手を離せ!」

「……?」突然現れた僕に、ドラゴンが怪訝そうな表情を向けてきた。「……なんだお前は……いつからそこにいた?」

「え……?」いつからいたのだろう。「わからないけど……なんか、気づいたら、いた」


 本当にそれだけだ。たぶん前世で死んで、こっちの世界に転生してきたのだと思う。

 

 そうだ。転生だ。もしかしたら、めちゃくちゃ強くなっているかもしれない。異世界転生はチート能力を手に入れるのが相場だ。いや……最近はそうでもないか?


 そして少女がこちらに気づいて、


「逃げて! 早く……! ここは……っ!」

「興が削がれたな」


 ドラゴンは手に持った少女を、僕に向かって投げつけた。そして少女は僕の少し手前で地面に叩きつけられて、僕の前に転がった。砂煙と衝撃で、僕の視界は一瞬にして奪われた。


 そして轟音。僕の近くで何かが衝突した。砂埃が取り払われて、


「……逃げてください……!」僕の目の前で、ドラゴンの突進を少女が受け止めていた。「もう……あんまり持ちません。だから……早く……!」


 ズルズルと、少女が後退していく。このボロボロの体でドラゴンの突進を受け止めたのはすごいが、力の差は明らかだ。


 なんだこの状況は。わけがわからない。知らない世界に来たと思ったら、ドラゴンと少女が戦っていた。そして僕自身もドラゴンに襲われて、絶体絶命だ。


「……今さら人間を1人守って、なんになる?」ドラゴンの目が僕に向けられる。それだけで吹き飛ばされてしまいそうな威圧感だった。「……」


 そのまま、ドラゴンは大きく息を吸い込んだ。


 そして、ドラゴンの口から巨大な炎が吐き出される。周囲の気温が爆発的に上がって、全身がチリチリと痛みを伴う。ドラゴンの炎の温度を本能が知るには、十分な光景だった。


 避けきれる大きさと速度ではない。その炎は僕の全身を包んで丸焦げにする、


 僕に炎が直撃する寸前で、少女が間に割って入った。ドラゴンの火炎を一身に受け、僕に炎が来ないように守ってくれていた。


 そして、炎がやんだ。僕には傷一つない。急激な気温の上昇で、髪の毛が額に張り付いている。


「……ぅあ……」


 少女が、地面に前のめりに倒れる。僕の代わりに炎を受けきってくれた少女。当然、そのダメージは甚大なようだった。

 

 ……


 え……? これ、大ピンチなのでは?

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