今度は、貴女と一緒に。

arm1475

二人なら、きっと叶う。

 出会いは戦場だった。

 魔界と人界の境目にある地下迷宮で、魔族と人類が繰り広げる戦闘のさなか、一人の人類と、一人の魔族が出会った。

 片や、人類軍最強戦力の愛弟子。

 片や、魔族の長。

 半世紀を超える地獄のような戦場で、心がすり切れていくだけの不毛の場でその奇跡は細やかに芽生えた。

 戦闘中に偶然、二人だけで孤立する事態に陥ってしまったのだが、図らずも協力し合ってその窮地を脱することとなった。

 先ほどまで殺し合っていた二人が生きるために協力し合うなど、打算、利害、あるいは強迫、いずれのどのような出来事が二人にあったのだろうか。

 脱出するために二人が協力し合った事実は、何故か両軍とも誰も知らないでいた。

 それは二人とも協力したことを黙っていたからである。黙っていたのは身内に要らぬ誤解を与えるコトを避けるためであったが、それ以上に明確な理由が二人にはあった。

 魔族と人類は分かり合える。

 それを叶える為の願いが、二人が戦場に赴く理由になった。

 二人にとってそれは殺し合いでは無い逢瀬であった。種族が違えど、魂が引かれ逢うコトに理由は無い。

 二人が願った理想を叶えるために、新しい戦いを始めたのだ。

 だが、それは儚くも潰えてしまった。

 何も知らない魔族の刺客に、人類軍最強戦力の愛弟子が殺されてしまった。

 魔族の長は、激高するが、それを収めたのは死に瀕した想い人であった。

 私たちの願いを、貴女が叶えて、と。

 魔王は行き場の無い吾を忘れる激昂の中で、その前世の記憶を取り戻した。自らも前世は人であったのだ。その記憶が、想い人の最後の願いが、魔王の怒りの矛を収めさせた。

 前世の自分はぱっとしない百合小説家で、他人どころか自分の願いなど叶える事などで気無い非力でちっぽけな存在だった。

 事故で異世界へ転生してもなお、細やかな願いなど叶えられないのか。否、そうでは無い、魔王である今の自分には叶える力はあるのだ。後は、意思だけ。

 愛弟子の今際の際を見届けたアザゼンは、立ち会った宿敵の魔王から全てを聞かされた。そして息を引き取った愛弟子の亡骸から取り出した魔素を紡いで編まれた魔素体の赤子を魔王から託され、或る約束を交わした。

 魔王はこの子が成長するまでに、魔族と人類が和解出来るよう魔界で働きかけると。それまでこの子と一緒に待っててくれと。

 孤立無援の闘いに赴く魔王の強い決意を汲み、アザゼンは人類軍を戦線から引かせてこの戦争を事実上の休戦とし、魔王の努力を待つことにしたのだ。――



「……吾も色々頑張ったんだけどね……中々上手くいかなくても、逆に追放されちゃって本当バカみたい」


 魔王は、刺客に殺されかけて自身の真実を知ってしまって放心しているリンを抱きしめながら呟いた。


「言い訳がましいけど、前世からコミュ障の女のクセに無理してねぇ……やっぱりもう少し頑張んなきゃダメかな……」

「魔王さん……無理しないでいいのに」

「ううん約束……したんだから……今度こそ貴女を護りたいから……」



「……先生、どうしてここまでなんです?」

「あーちょっとこの後のセリフが思い付かなくてぇ、スランプよスランプ」


 百合小説家の真生まおは、再来月発売予定の原稿を読んでいた、大学時代からの知人である編集のりんから突かれると、いつものように言い訳を始める。


「言い訳は結構です! 締め切りとうに過ぎてんですよ? 正直これ以上待てません!

 だいたい、今回の話では人を勝手にモデルにされただけでも恥ずかしいのに、これじゃ編集長にまた嫌味言われる……」

「そこを何とかぁ、あとちょっと、あとちょっとでイイのが思い付きそうで」


 両手を合わせて頼み込む真生を見て、林は呆れたふうに溜息を吐く。


「……センパイ、本当に昔から詰めが甘いというか……」

「ライブ感覚の執筆と詰めの甘さには定評があるわたくしです」

「またそうやって……」

「あはは……」


 真生は情けなく笑う。


「……そんなんだから留年して後輩に抜かれた挙げ句、社会人になって市ヶ谷書店に就職したあたしが担当編集ですよ! 何のギャグですかこれ?」

「ううう……リンちゃん苛めないでぇ」


 真央は半べそで林に泣きついた。


「兎に角、本当に思い付かないんですか?」


 真央に泣きつかれた林は頬を膨らましたが、諦め顔になって肩をすくめた。


「……もう。はいはい、わかりました、わかりました。でも構想プロットくらいはあるんでしょ?」

「うーん、ここで魔王は弟子ちゃんが前世? 殺される前の記憶を取り戻していることに気づくんだけど、そこで締めるにせよ、ありきたりな台詞じゃなんか面白くなくてねぇ。

 だってほら、魔王って弟子ちゃんとの約束を叶えようと孤軍奮闘したけど、その結果が追放だからねぇ。どの面下げて転生後の弟子ちゃんと再会したのか、陽気に振る舞っててもその心境は相当惨めで辛いハズ」

「まあそこは弟子ちゃんも前世の記憶を取り戻すんだから少しは救いがありますが」

「わたしにも救いが欲しいぃぃ」

「はいはいはい、よしよしよし」


 林はじゃれつく大型犬をあやしている気分だった。真央とは高校の文芸部時代からの先輩後輩の腐れ縁なのだが、こんなふうに頼ってくるからどっちが先輩なのか分からなくなる時があった。とはいえ林も真生とのこういうスキンシップは嫌いじゃなかった。


「まぁ、クライマックスですからねぇ、確かに」

「でしょ? オチになるセリフだから……」


 麻央は傾げてうんうん唸る。


「何か考えてると言い訳みたいなセリフしか出てこないし、もう無理かもぉ。こんなの、小説大賞に入選した原稿書いてた時以来のぴんち」

「はいはい、今度はあたしが居るから大丈夫ですよ」

「あーん、リンちゃん結婚してぇ」

「何言い出すんですか(笑)」

「だってリンちゃん頼りにな……」


 不意に、真央が静かになる。


「それだ」



 魔王はリンから違和感を覚えた。

 抱きしめてるリンは、確かにリンである。

 違和感があるとするなら、それは魔王には懐かしさであった。

 これは奇跡か。魔王は見えざる何かの慈悲に思わず仰いで涙をこぼし感謝した.

 そして目覚めたリンが告げた励ましの言葉に、泣きべその魔王は嬉しそうに頷いた。

 そうだ、今度は、独りじゃない。


                           おわり

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