第18話 Hの話-8

 ──嗚呼、酷く憎い。


 私の場所である兄さんの隣を平然と奪うあの女が。

 私に決して見せることの無い柔らかな笑みを浮かべる兄さんが。


 憎い。

 憎い。

 憎い。

 憎い。

 憎い。


 泥水のような、どす黒い感情が心から溢れ出てくる。次から、次へと。際限なく、心の中を侵食する。自分ではとても止められそうにない。

 なら、どうする?


 ──決まってる。


 私の感情は、全て兄さんのものだから。


「兄さん」


 灯りをつけない真っ暗な室内で、何処か嬉しそうな顔をして帰宅する兄さんを待ち受けていた。


 玄関先に立つ私を見るなり、兄さんの顔が強ばる。

 何故。何故。何故笑顔にならない。

 最愛の妹を前にしているというのに。


「来て」


 靴を脱ぎかけていた兄さんの腕を掴んで強引に引っ張っていく、脱ぎかけの靴が玄関に散乱した。


「いたっ、そんな風に引っ張ったら痛いよ、陽向ひなた


 知ったことでは無い。何が痛い、だ。目の前で他の女と歩いていたのを見た私の心の方が、もっと痛い。


 私達の部屋がある二階まで兄さんを無理やり引っ張っていく。月明かりだけが淡く照らす室内に入るなり、私は兄さんをベッドに押し倒した。

 兄さんが何か言っている。私は気にせず兄さんの衣服を剥ぎ取っていく。

 兄さんはそれに抵抗を示した。


 苛立たしかった。

 頬を、思い切り叩いた。もう一度返す手で反対側の頬も叩く。骨にまで響くような鈍い音。兄さんの目から光が失われ、くたりと身体の力が抜ける。


「抵抗なんてしなければ、痛い思いをしないで済んだのに」


 冷ややかに、兄さんを見下ろした。なすがままになった兄さんは、私の手によってあっという間に下着一枚の姿になる。

 そうなると、憎しみを掻き分けて情欲が浮かび上がってきた。


 白く滑らかな肌に指を這わせる。それだけで、心臓が早鐘を打ち始める。


「兄さんには、お仕置きが必要だよね。理由、分かってるよね? ……あはっ、心配しないで? 痛い思いをさせるわけじゃないから。私ね、色々と勉強しているの。兄さんのために」


 友人から聞いたり、ネットから集めたり、兄さんを悦ばせたい一心で色々な情報を集めていた。

 これも、その中の一つ。

 ベッドに力無く横たわる兄さんから一度離れて机に向かい、薬局で勝ったふたつのものを取り出し、再び戻る

 きっと兄さんはこれを見ても、私が何をふるのか見当も付かないだろう。


「ねぇ、これ何か分かる?」


 両手それぞれに持ってみせるが、虚ろな目をした兄さんの視線こそ動いたものの、回答は帰ってこない。


「答えて。その口は何のためにあるの?」


「ガーゼと……ロー、ション……?」


「正解」


 徐々に意識がはっきりしてきたのか、小首を傾げて不思議そうに眺めている。あぁ、自分がどうなるか分かっていない小動物だ。

 あどけない表情、無垢な存在を穢す悦びにぞくぞくと背中が震える。


「すっごく気持ちいいらしいよ。……壊れちゃいそうになるくらい」


 兄さんを唯一守る下着を剥ぎ取る。無意味な抵抗を見せたが、私が冷めた視線を向けると途端に身体は硬直し、するりと下着を脱がした。

 生まれたままの姿、少女のような見た目故にどうしようもなく嗜虐心が刺激される。


 舌なめずりをして、ガーゼにローションを染み込ませた。ローションの付いた手で何度か刺激を加えれば、兄さんの準備も整う。

 そう、怯えているように見えてもしっかり反応しているのだ。兄さんの体は私に素直に応える。


 ネットで見ただけの知識。実際はどうなるか分からない。その好奇心を抱きながら、ローションが十分に染み込んだガーゼを先端部に当てた。




 ──暫くして。



「うわっ……ぁ…も、もうやめ…ぁぁ、ぁ…」


 普段交わっている時とは違い、兄さんが苦しげな嬌声を上げている。びくびくと体を跳ねさせ、後頭部をベッドに押し付け、無防備に首筋を晒して悶え続ける。

 その無防備な首筋に口を付けて強く吸い、赤く私の痕跡を残す。


「ひっ、陽向ひなた……! 壊れちゃ、う…これ以上は……ああっ…!」


「なら、壊れちゃえ」


 これはお仕置でもあるのだ、そう簡単にやめる訳にはいかない。壊れるなら、それでいい。私が一生面倒を見るだけ。

 手を止めることなく、快楽と苦痛の入り交じった表情を見つける。今にも泣き出しそうな姿もまた、嗜虐的な私の欲望を満たしていく。


「あ、あぁぁぁぁ……!」


 びくりと何度も体を跳ねさせ、細かく痙攣を繰り返している。まだ。まだだ。

 もっともっと、兄さんを支配しなくては。

私から目を離さないように。私から離れないように。


 結局、兄さんが耐え兼ねて失神するまで続けた。初めて聞いた激しい嬌声に、私の下着もぐっしょりと濡れていた。


 失神しても尚、快楽を放出できなかったそれは未だに主張を続けている。


「あはっ……」


 私は嬉々として、兄さんの上に跨る。

 罪悪感や背徳感はもうない。初めからなかったのかもしれない。


 明日は寝不足も覚悟しなければいけない。

 それほどに、昂っていた。

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