第8話 Rの話-4

「あの、なんで僕に構うんですか」


 学校からの帰り道、当たり前のように、とても上機嫌に僕の隣を歩く東雲さんに問いかける。


「それは最初?それとも、その次?」


「……どっちも、ですかね」


「ははっ、好きだからに決まっているだろう? それ以上の理由はないよ。それで十分だろう?」


 何を今更、と言わんばかりにきょとんとした表情で小首を傾げられる。

 どんな仕草をしても様になっているのは、彼女もとびきりの美少女であるからに他ならない。


 だからこそ、なぜ僕なのか、とも思う。

 東雲さんはクラスの人気者で、アイドル的存在だ。誰にでも分け隔てなく接し、いつの間にか心の壁を取り払って内側に入ってくる。


 相手なんか幾らでもいる。

 それなのになぜ僕にこんなにも構うのか、構い続けるのか、理解が出来ない。


「一目惚れ、としか言いようがないかな。君の貼り付けたような笑みと、その裏に見え隠れする諦観。そして何よりその可愛い顔立ちを好いている。いるんだよ」


 瞳と口に弧を描きながら東雲さんは答える。

 その笑みに、ぞくりとした寒気を覚えて思わず目を背ける。


「いま蓮君と話しているのは私だよ?」


 視線の先に回り込んだ東雲さんは笑顔のまま、しかし、その晴天の瞳を僅かに暗くして僕の顔を覗き込んでくる。


「ひっ……」


 その笑みと瞳、そこから向けられる感情に、僕は反射的に顔の前に手を翳して後ずさる。


「……ふむ。好き、はまだ大丈夫。愛している、だとさすがに重すぎるのか。愛の言葉が枷になるとは、なかなか行き過ぎているね……」


 開けられた距離を詰めることなく、東雲さんは自身の顎に片手を当てて何やら小声で呟いていた。


 僕は敢えてそれを聞こうとは思わなかった。

 踏み込む理由が、僕にはもうない。

 踏み込もうという気概なんていうものも、とっくに失った。


「その辺は追々……かな。さ、帰ろっか!」


 東雲さんは僕の手を引いて歩き始める。

 自然と手を繋ぐ形になってしまった。

 彼女としては、意図的にそうしているのだろうけど。


 夕暮れの街を、現実離れした容姿を持つ少女と共に歩いていく。


 足下はふわふわとしていて、何処か現実感がなく、まるで体の中にあるテレビ越しから眺めているかのようだった。

 思考を放棄して、ただ引っ張られるままに歩いていく。


「蓮君」


 不意に声を掛けられるが、それに咄嗟に返事をすることはできなかった。


「蓮君には、私が必要だよ。君の心の穴を、私が埋める。私が癒す」


 僕の手を引いて少し前を歩く東雲さんが声を発する。

 その声色は妙に上機嫌だ。

 ただ、その表情を伺うことは出来ない。


「それは、私にしか出来ないことだよ」


 何度か見た、歪んだ愉悦に満ちたような、どこか寒気を覚える笑みを浮かべているような気がした。


 僕はもう、何も考えたくない。


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