第2話 Hの話-1

「……だから刺したのかい? 陽向ひなたちゃん」


 白衣を着た女が言った。


「当たり前でしょう? あの女は、私から兄さんをろうとしたんだから」


「だからと言って刺すのはやりすぎだよ」


 女はたのしそうに口を歪めた。

 それが、酷く不愉快だった。


「もういいでしょう? 私を兄さんの所へ戻してください」


 私は白衣の女を睨む。

 この話は別に今が初めてのことではない。何度も話している。それに、私は何度も、何度も、どれだけ兄を愛しているかも話している。

 なのに、私はここから出られない。

 この女が、それを許さない。


「駄目に決まってるだろう。今の状態で戻しても同じことの繰り返しだ。それに、君のお兄さんも怯えている」


 ──嘘だ。


 兄さんが私を怖がるはずがない。

 妹である私を怖がるはずがない。

 たった一人の、血の繋がった家族なのだから。


「……怖い怖い。そう睨まないでくれよ。私はただ、君の心を正常に戻そうとしているだけなんだから」


「別に私はおかしくありません。早く戻してください。早く。私を。兄さんの元に」


「だから、駄目だって言ってるだろう? 大好きなお兄さんを、また追い詰めたいのかい?」


 追い詰める?

 意味が分からない。

 その声こそ真剣さを帯びているが、口は相変わらず弧を描いている。ただの嫌がらせだ。性格のねじ曲がったコイツが、私と兄さんを離れ離れにしようとしている。


 私は飢えていた。

 だって、大好きな兄さんに会えないのだから。

 泥棒猫を刺しただけで、この扱いだ。

 兄さんを奪おうとしたアイツが悪い。

 私は悪くない。


 ──兄さんだって大概だ。

 私はこんなに愛しているのに。

 兄さんだって私を愛している癖に。


 そうやって嫌がらせをしてくる。

 私の嫉妬を煽ろうとしてくる。


 そんなことしなくたって、私は兄さんの事が好きなのに。離れていくことなんかないのに。私だけ見てくれてくれればいいのに。それしか求めていないというのに。


 兄さんを求めて、私の体が火照りを帯びる。心も体も、兄さんを求めている。


「勝手に自分の世界に入らないでくれ。いつまで経っても治療になりゃしない」


 そうやって肩をすくめる。いつも芝居がかったような動きをするのも、気に食わない理由の一つだ。

 コイツを納得させないと、兄さんと会えない。なのに、一向に納得してくれない。


 だから、嫌いなのだ。この世界が。事ある毎に兄さんと私を引き離そうとするこの世界が。

 私はただ、二人きりの世界にいられればいいというのに。

 それ以外なんて求めていないのに。


 兄さん。

 兄さん。

 兄さん。

 兄さん。

 兄さん。


 どうして他の物にうつつを抜かすのだろう。

 私だけを見ていればいいじゃないか。

 なのに何であんなことをするんだ。


 ふつふつと、怒りが込み上げてくる。

 私はこんなにも愛しているのに。


 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。


 この怒りは、兄さんにぶつけないといけない。私の感情は、全て兄さんのものだから。

 だから、兄さんにぶつけないといけない。

 兄さんに受け止めてもらわないといけない。



 ──私は、兄さんれん好ききらいだ。

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