栄光と没落

 まずは、男女の恋愛や商人の交渉なんかの生活に根差したものを書いてみた。日本の小説もだけど『ロミオとジュリエット』や『ベニスの商人』もモデルにした。外国と日本の文学はお互いに影響し合っているものだから、いい所取りしてみたんだ。僕の小説が売れに売れて他の小説家達がまったく売れなかった時期だね。


 それらが売れた後にこの世界の小説家達が僕と同じようなものを書きだしてそっちが売れ筋になりだしたら、今度は『布団』や『ベニスに死す』なんかの人によっては少し気持ち悪く感じるものを書いてみた。これも少し改変してあるけれど内容はそのままさ。

 とある作家は僕にこう言ったよ。


「シュウさんの作風は変幻自在に変わる! なんて広い視野をお持ちの素晴らしい方なんだ!」


 僕は失笑しないように必死だったよ。だって全員違う人から書いているんだから作風が変わるのは当たり前の事なんだ。


 そうやってたくさんの小説を書いているうちに、ふと虚しくなった。

 僕はいったい何を書いているのだろうか。異世界の盗作ばかり書いて、僕自身が考えた小説なんて一つもないじゃないか。僕は僕自身の小説を評価されたいという承認欲求が膨れ上がり、試しにアレンジではない僕が考えた小説を発表してみた。


 結果はまったく売れなかった。評論家のやつらは僕の作品を酷評したよ。シュウ先生の時代は終わりかもしれないとまで言われた。


 承認欲求が満たされなかった僕は、自殺を考えた。だって、評価されているのは地球の先人たちで僕じゃない。それに今まで書いてきた小説はすべて創作者にとって唾棄すべき行為である盗作だ。それがたまらなく嫌になってしまった。


 僕は大量の薬を飲んで布団に横になった。

 薬を飲んで横になってから、僕は急に死が怖くなった。死ぬ事自体が怖いんじゃなくて一人で死ぬのが嫌だったんだ。だって、一人で死ぬのはあまりにも寂しかったのだもの。一人で死ぬ孤独感に僕は耐えられなかったんだ。僕は「嫌だ、一人で死にたくない!」って叫んだね。そうしたら死ねなかった。勇者の体はずいぶんと頑丈にできているらしい。ああ、この件は誰にも話していないんだ。未遂で終わってしまったからね。


 それから僕は心を入れ替えた。ああ、盗作小説家として生きて行こう。一人で死ぬのはとても怖いから生きていたいけれど、その為にはお金が必要でお金を稼ぐ方法を僕は小説を書くこと以外知らなかった。でも僕の小説では生きていけないから、盗作し続けなければ生きていけないのだと悟ったんだ。


 そこからは作風なんて考えずにがむしゃらに書いたよ。思い出すだけでも『リア王』に『オペラ座の怪人』に『ドグラ・マグラ』まで幅広く。全部の本が飛ぶように売れて、僕の所には出版社から大金が入り込んだ。小さな国の国家予算くらいのお金はあったんじゃないかな? 


 ところで話は変わるが、人間というのは欲深いものらしい。僕は大金持ちで、強大な力を持つ魔王を倒せるくらいのチートを持っている。となると次には何が欲しくなるか君にはわかるかな? 僕は一人が寂しかった。これがヒントだ。


 正解は女や男、酒や煙草を求めた。性と煙草と酒に溺れたんだ。


 孤独の寂しさを埋めるために人肌を求め、自分のものを書きたくなる承認欲求思考を止めるために酒を飲み、その頭をスッキリさせるために煙草を吸いだした。

 高潔な勇者は俗物的な狂人に様変わりしたんだ。


 そんな状態で盗作したのが『堕落論』だから、きっと坂口安吾は僕に激怒することだろう。『堕落論』というのは正しく堕ちてこその堕落なのだから、僕の堕落は不健全な堕落だ。僕は『堕落論』という耳心地の良い名で元の作品が言いたかった事とは正反対の事を書いて自分を正当化したのだ。


 そんな不健全な堕落をした僕の前にとある青年が現れた。ダン君だ。

 彼はとても眩しいほどのまっすぐさをもった青年で、僕の堕落には何か理由があるはずだと自分から僕の身の回りの世話を始めた。そんなに尽くされて孤独が大嫌いな僕がダン君に惹かれないわけがなく、ダン君は僕のパートナーになった。日本風に言えば内縁の妻というか事実婚というか。この国では男同士で結婚することもできるくらい男色に対して寛容だった。


 僕はダン君との交際で神聖で無垢なものを犯しているかのような背徳感と高揚を覚えた。ダン君と一緒にいるだけで地球の人々の盗作しているという罪悪感と、自分で選んだくせに感じる生まれた世界とは違う異世界にいるという孤独感を忘れられる。それほどまでにダン君は僕に尽くしてくれた善性の塊のような青年だったんだ。


「俺は、先生の為なら何でもできますよ」


 彼はそう言ってくれたし、実際になんでもしてくれた。僕はダン君と一緒にいることで心の安らぎを得たのだ。


 さて、僕はダン君と幸せに暮らしているわけだけれども周りの小説家達はそうはいかない。だって僕ばかりが売れて周りはちっとも売れないんだもの。そして文学というか芸術というものの性質なのかは僕にはわからないが、僕の世界と同じように賞を作ろうという話が持ち上がった。何とかして僕以外から注目を集めたかったんだ。


 僕は喉から手が出そうなほど賞が欲しかった。芥川賞や直木賞でなくても良いから小説で賞が欲しかった。僕はすべてを手に入れてもなお強欲だった。元の世界で貰えなかったものが今更になって欲しくなったんだ。

 でも僕は賞を貰えなかった。選考にすら入れてもらえなかったんだよ。


「あなたの存在は小説を書く者には影響力が大きすぎるのです。新人を育てなければ、この先に小説の未来はありません」


 審査員を任された男にはそう言われた。僕は「ちがう! これは僕の作品じゃなくて盗作なんだ! 僕の作品を審査してくれ!」と叫びたかったけれど、それを言う度胸がなかった。今の幸せな暮らしを壊したくなかったんだ。

 いろいろな方法を試してみたけれども、結局創設された賞は僕以外の人が受賞した。決して革新的な内容ではなかったけれどとても面白い物語だった。多分、僕自身が書く小説より面白い物語だ。


 僕は絶望した。賞が今後も取れないことに絶望した。僕が僕であるが為に喉から手が出るほど欲する賞を取れないんだ。


 だから、ダン君にこう聞いた。


「一緒に死んでくれないかい?」


 ダン君はこう答えた。


「良いですよ。先生がそう言うなら」


 彼は真の善性を持っていて僕に尽くしてくれていた。それを僕は利用したのだ。

 二人で大量の薬剤を飲んで海に入水した。結果、ダン君だけ死んで僕は浜辺に打ち上げられて一命をとりとめてしまったのである。

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