言い訳の多い料理店

緋雪

記念日のディナー

「ちょっと待ってね。ネックレスが上手く止まらなくて」

妻が言うので、どれどれ? と金具を止めるのを手伝った。

「ありがとう。どう?」

「うん。いいね。よく似合ってる」

「ありがとう。ごめんね、私からは何もしてないのに……」

「いやいや、いつもの感謝の気持ちだから。受け取ってくれれば、僕は満足ですよ」


 綺麗な肌の、白い胸元に、誕生石のアクアマリンが揺れる。30回目の結婚記念日に、僕から彼女へと贈ったプレゼントだった。

 もっとも、僕は宝石なんかには疎いから、妻をジュエリーショップに連れて行って好きなのを選ばせたのだが。



 そしてその夜、二人して、ちょっとめかし込んで、ちょっといいディナーをと外出したのだった。


「あら、こんなところにお洒落なお店が」

その店を見つけたのは妻だった。

「ホントだ。新しくできた店みたいだね」

「入ってみる?」

「君が入りたければ」

「責任重大ね」

彼女が笑って、僕はドアを開けた。


「いらっしゃいませ。2名様ですね。ご案内いたします」


 内装もお洒落だったが、気取ったところはない。全体的に落ち着いた表情を見せていた。


「感じのいい店ね」

「そうだね。料理も美味しいといいけど」


 コースディナーを頼もうと思ったが、そこまで高級なものはなく、どちらかと言えば、ファミレスのセットメニューのような……。


「なんていうか……メニューがちょっとチープな気がするんだが……」

僕が言うと、妻は、

「そう?美味しければ、私は構わないけど」

そう言うので、まあいいかとメニューを決めた。


 先にワインを頼む。ワインコンシェルジュを呼ぶと、僕はお勧めのワインを聞き、30年ものはあるかと尋ねた。そのワインではなかったのだが、用意できるものはあるというのて、それをお願いした。


「大丈夫?そんなに贅沢しなくても……」

妻は心配したが、ワインの値段表を見せ、ボトルワインでも1万を超えないから大丈夫だと笑った。

 こういう時、女性に値段を見せるものではないけれど、「妻」は特別な人だから。


 ワインは美味しかった。期待以上だ。いつもは殆ど飲まない彼女も、美味しそうに飲んでいる。


 サラダとパンとスープが一緒に出てきた。彼女が特に気にしていないので、まあいいか、と思い、食べ始める。


「ん?」

「どうしたの?」

「いや……ちょっと」

サラダの具に見覚えがある。僕の会社のすぐ傍のコンビニで売っているサラダとそっくりだ。それにドレッシングをお洒落にかけてはいるけれど、量が半分くらいしかかかっていない。

 そしてスープ。いかにもレトルト。僕が残業で小腹が空いた時にコンビニで買ってくるやつに似ている。その上、ぬるい。

 パンはクロワッサンと丸い小さなフランスパンだが、パリッとしていない。コンビニの袋入のパンをそのまま出した感じだった。


「すまないが、シェフをよんでくれ。聞きたいことがある」

近くを通ったフロアスタッフに声をかける。

 気の弱そうなシェフが厨房から出てきた。


「あのぉ、何か?」

「このサラダは随分とコンビニサラダに似ている気がするんだけど、まさか、だよね?それと、ドレッシングが少なすぎる」

「あっ、それは、ですね……、ええと、近くの契約農家から直接仕入れている野菜で、どこかのコンビニに似たものがあるかもしれませんが、全く別物でございます」

シェフは、斜め上を見上げ、何かの記憶を探し出すように言う。

「じゃあ、ドレッシングの追加をお願いできるかな?」

「いえ、こちら、野菜本来の味を味わって頂きたいので、是非、このままお召し上がりを」

 

 野菜本来の味? ほぼレタスだぞ? ドレッシングも市販の物のようなのに足さないつもりらしい。


「それから、スープもぬるいんだが。」

「お客様が火傷をなさらないように配慮いたしております」


なんだその言い訳は? 聞いたことがない。


「じゃあ、パンは?焼き立てじゃないよね?」

「あ、大変失礼致しました。交換して参ります」

そう言って、パンの皿を、妻の分も取ると、厨房へと帰って行った。


 厨房の中で、「チーン」という小さな音がして、フロアスタッフが軽やかな身のこなしで、

「大変失礼いたしました。焼き立てをお持ちしました。」

と、パンの皿を僕らのテーブルに置く。さっきのパンをトースターで温め直したのだろう。僕がちぎったところがそのまんまだ。 


 ため息をつきながら、料理に戻った。


「いいわよ、そんな細かいこと。一緒に外食するの何ヶ月ぶり? 楽しみましょ?」

妻が笑ってそう言うので、まあ食べられないわけでもないし……と、料理を食べ、彼女と会話を楽しむ。


 そうしているうちにメインディッシュが出てきた。妻はサーモンのムニエルを、僕はハンバーグを頼んでいた。

「あら?」

妻が首を傾げる。

「どうしたの?」

「ううん。ちょっとパサパサな感じかなと思って。いや、でも、美味しいわ。大丈夫」

パサパサのムニエル??


 嫌な予感がして、僕は自分のハンバーグを食べてみた。

 不味くはない。寧ろ美味しい。が、これは食べたことのある味。あのコンビニの、ちょっといい値段の方の(380円くらいする)ハンバーグにそっくりだ。

 時々食べたくなって、妻に手をかけさせるのも申し訳ないので、自ら買って帰るやつだ。


 ついでに言えば、この一緒についてきたご飯は、どう見てもパックご飯。証拠に、パックの角が残っている。ここに。


 僕は、また、シェフを呼んだ。

「さ、サーモンは、漁師と直接契約をし、その朝獲れたものを提供しております。ハンバーグは、提携牧場で放牧飼育いたしました牛1頭から取れる希少部位を……」


「もういい。持ち場に戻ってくれ。」


 言い訳の中身が酷すぎる。聞いていられない。


 妻は、そんな僕の様子を笑って見ていた。

「ありがとう。いい物を食べさせようって気持ちだけでありがたいから。大丈夫。美味しいわ」

 

 そうか。彼女がそう言うなら……と諦めることにした。


 デザートも、皿に直接、それっぽくチョコレートソースで模様を描いて、その上に、恐らく市販であろうチョコレートケーキ。

 チョコレートソースにチョコレートケーキをのせるセンスに拍手を送ろう。


 もう言い訳を聞く気にもなれなかった。



 食後、妻が化粧室に行っている間に会計を済ませておこうと、フロアスタッフに声をかける。

 彼女はすぐに伝票を持ってきた。


「えっ?!」


そこには、77,000円と書かれてあった。


「待ってくれ、これ、1万円のコースだよな?」

スタッフに言うと、少々お待ち下さい、と支配人を呼んだ。


「お料理の方は楽しめましたでしょうか?」

「ああ、酷かったがね。楽しい時間だったよ。」

「それはよかったです。」

「この値段はどういうことかね?」

「お客様の注文されましたコース、お一人様1万円分と、ワイン代、それに税金でございますが、何か?」

「ワイン代??」

「あれは、フランス、ブルゴーニュ地方の契約農家で穫れました葡萄を……」

「わかった……もういい。」


 僕は黙って、言われた通りの額を支払った。契約農家で穫れた葡萄で、どうやって30年前の物を作れるんだ。こんな新しい店で……。


 

 妻と一緒に店を出る。


僕がタクシーを止めようとすると、それを遮り、

「ごめんなさい、ちょっと寄っていいかしら」

と、彼女はコンビニに立ち寄った。

 

 僕が外で待っていると、彼女はボトルワインを買ってきた。

「このワイン、美味しかったわね。前にお友達の家で少しだけご馳走になったことがあって、覚えてたの。」

「……わかってたの?全部?」

「主婦の舌を舐めちゃいけません。」

妻は愉快そうに笑った。


「でも、嬉しかった。ありがとう。ごちそうさま。」

彼女はそっと僕に手を伸ばし、フワッとハグをする。


「家でゆっくり飲み直しましょ?」

僕を見上げて、ふふっと妻が笑う。

「そうだな」

腕の中の彼女に、僕も笑いかけた。


 君と一緒なら、どんなワインでも最高なんだろうな。

 そう思いながら。

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言い訳の多い料理店 緋雪 @hiyuki0714

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