第34話:報告会

「ご苦労だった」


 役目を果たした俺たちは特別公務課専用スペースに戻ることとなった。

 誇誉愛先輩の報告を聞き、美希さんは俺たちに言葉を述べる。彼女は俺たちに顔を合わせることはなく、目の前に映る画面を凝視していた。


「その様子を見る限りは、警視庁本部庁舎の方も大変みたいだね」

「ああ。かなりまずい事になった。それに警視庁本部庁舎だけではない。お前たちが未開発地帯に行っている間にその他の区域でもテロが起こった。総勢千名を超える犠牲だ。テロの主犯者は一人。全員鬼面を被っていた。おそらくお前たちが追いかけていた奴らと同一人物だろう」


「総勢千名を超える犠牲というのは、『再生者』となるものという意味ですか?」

「あえて濁していったのだ。指摘はしないでくれ。湊の言う通りで間違いない」

「かなり最悪な展開なんですけど……」

「明日、一面を飾るほどの大ニュースになるのは間違いないだろう。今まで秘密裏に動いていた組織が公になる」


「まあ、こちらとしては公になってくれた方が動きやすくていいんだけどね」

「どう意見と言いたいところだが、私は色々と責任を取らされるだろうからな。代償が釣り合わないのが難点だ」

「にしては、美希ちゃん楽しそうだね」


「そう見える誇誉愛は嫌な性格をしているよ」

「はははっ。それほどでもー」

「褒めてないぞ」


 彼女らのやりとりに対して、俺は言葉を吐くことはなくただ聞くだけに徹していた。いや、実際聞いていたかすらも怪しいところだ。先ほどから俺の意識は内と外を行ったり来たりしている。


 自分としては彼女たちの会話に耳を傾けようとしている。だが、不意に頭にちらつく柊さんの最後の姿が俺を内に引き込む。そうなったら、ひどい自己嫌悪が俺を襲う。もう何度も同じことを繰り返していた。


「柃くんっ」


 俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。反射的に彼女たちの方へと視線を向ける。


「何ですか?」

「ようやく気がついた。その……大丈夫?」


 誇誉愛先輩が心配そうな表情でこちらを見る。彼女に迷惑をかけてしまって申し訳ない気分になる。しかし、彼女の言葉に「大丈夫」と返すことはできない。


「何をそんなに気にする必要があるのかね。実際、死んだわけでは……」

「コラッ……冬樹」


 さりげない冬樹さんの言葉を湊さんが牽制する。冬樹さんは口を塞がれ、言葉にならない声となって漏れる。


 冬樹さんの言うことは理解できる。明日、いや今日でも連絡を取れば柊さんに会うことができるのだ。理解はできているが、目の前で彼女を殺されたと言う事実は消えることはない。彼女の崩れ落ちる姿を見て、正気でいられるほど強いメンタルを持っていない。


「今日はもうリアル世界へと帰ってしっかり休め。明日からまた駆り出される可能性は大いにあり得るからな。オラクルに頼んで心身の治癒を行ってもらうことだな」

「はい、そうしようと思います」


 ここにいても、みんなに迷惑をかけるだけだ。

 俺はレイヤーを開くと、ログアウトのボタンへと指を走らせる。


「悔しい?」


 ボタンを押す寸前、誇誉愛先輩に声をかけられる。主語はないが、おそらく俺に向けての言葉だろう。俺は彼女へと目を向ける。彼女は先ほどと打って変わって真剣な眼差しを俺に向けていた。


「目の前で柊さんを殺されて悔しい?」

「……悔しくない……訳ないに決まっているでしょ……」


 俺は誇誉愛先輩の質問に答えると、言葉が止まらず溢れ続けてしまった。


「柊さんを、大切な人を目の前で殺されて悔しくないわけがない。俺はあの黄色の鬼面の男を絶対に許すわけにはいかない」


 柊さんは自分の身を挺してまでこの世界を変えようとしてくれた。そんな彼女を唯一救えるのが俺だったはずだ。なのに、何もできないまま終わってしまった。次は絶対にそんなことをさせたくはない。


「だよね。あなたが大切にしようとしていた存在を傷つけられて正気でいられたら、あなたはきっとここには来ていないはず。なら」


 誇誉愛先輩は俺のところへと近づいてくると、肩へと手を当てた。


「強くならないといけないね」


 彼女は俺に向けて微笑む。瞳孔が開くのを感じた。拳を力強く握りしめる。

 

「……はい」

「というわけで!」


 誇誉愛先輩は体を一気に近づける。肩に当てた手を後ろからもう一方の肩へと流し、肩を組んだ。


「しばらく柃くんは借りてくね。仕方がないよね、私は彼の付き添い人だから」

「別に構わんが、その様子だとこれからの任務も休むということか」

「柃くんの準備が整うまでは」


 美希さんと誇誉愛先輩の視線が混じり合う。しばらくの沈黙があった後、観念したように美希さんはため息をついた。


「……分かった。誇誉愛は結城に付き添っておけ」

「流石は美希ちゃん! 物分かりがいいね!」

「美希さんな。何度も言わせるな」


「誇誉愛先輩、その……いいんですか?」

「問題ないさ。私がいなくても、特別公務課には優秀な再生者がたくさんいる。それに、あなたの特訓に協力することは今後に大きな影響を与えると信じている。でも、美希さんの言った通り、今日はログアウトしてゆっくりと休みなさい。明日から本格的に特訓を始めるわ」


「分かりました。学校とかはどうするんですか?」

「そんなもの休むに決まっているでしょ。今は勉学よりも重要なことが目の前にあるんだから。大丈夫、私も休むから共犯さ」

「まあ、誇誉愛先輩の場合は普段からサボってるけどね」


「冬樹、それをいうとお前もサボっていることがわかるぞ」

「ちょっ、美希さん。勝手なこと言わないでくださいよ!」

「冬樹、サボっていることは本当なの?」

「ええと、それは……」


 湊さんと冬樹さんの間に凍りついたような冷たい空気が走る。自分で言ったことで追いやられているため自業自得だ。


「とにかく。具体的な特訓内容も考える必要があるから、その時間を含めて明日から行うって感じで」

「分かりました。今日のうちは疲労を回復する事に徹します」

「よろしくね!」


 話が決まったところで今日は解散する形となった。

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