第8話:再生者
俺は屋上へと足を運んでいた。昼食の時間にはよく使われるスポットであるが、授業後の今は俺以外の生徒は一人もいない。
金網に手をかけ、景色を見渡す。授業はほとんどの生徒がリープ機能を使って教室から校外へと出ていく。
だが、一部の生徒はグラウンドや体育館といった学校の領地でスポーツを嗜んでいる。その生徒たちを俺は上から覗いていた。
全員白色の薄膜に体が包まれている。その様子は教室にいた生徒と同じだった。
全員漏れることなく、白色の薄膜に包まれている。唯一違うのは薄膜の大きさや色の濃さと言ったところだろうか。
俺みたいに一部が若緑色になっている人は見られなかった。
一体、この膜は何なのか。
どうして自分だけがこれを見ることができているのか。
「こんなところにいたのね」
外の景色を眺めていると後ろから声が聞こえた。今この場所には俺しかいないのだから、俺に向かって呼びかけているのだろう。それに声の主は俺の知っている人物である。俺は体ごと彼女に向けて振り返る。
ミドルの黒髪が靡く風に煽られて揺れている。心配しているような声調にもかかわらず、冷淡な表情は崩れることがない。普通なら嫌になるところだが、そんな部分に好感を抱いている自分もいる。
俺は彼女の姿に思わず、目を疑った。朝のホームルームから授業後にかけて、彼女を覆う薄膜もまた白色だった。白色のはずだった。
「結城くん、私の周りに何か見えている?」
彼女は俺に尋ねる。普通の状態であれば、彼女の質問はあまりにも馬鹿げている。でも、彼女の眼差しは真剣だった。
つまり、彼女には、俺の目にそれが見えると信じているのだ。
「青色の薄い膜が見えている。柊さんはこれが何なのか知っているの?」
「ええ。結城くん、昨夜、通り魔の被害に遭ったりした?」
「……よく知っているね。襲われる瞬間、見ていたりした?」
「うん。私が行った時にはあなたはすでに血を流して倒れていたわ」
「そうだったんだね。柊さんは、そのあと大丈夫だったの?」
「通り魔はあなたを殺してすぐにリープ機能で去っていったわ。私は存在に気づかれなかったから何とか魔逃れた」
「そっか……良かった。何も傷つけてられなくて」
柊さんは少し眉を顰める。一定数離れた俺たちの距離は彼女が歩き始めたことで縮まっていく。俺の横につくと、同じように金網に手をかける。彼女から俺に向けて風が吹くことで柊さんがつけている柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。
「自分のことよりも、私を気にかけてくれるなんて優しいのね」
「そりゃ、気にするよ。柊さんも以前、俺と同じ目に遭ったんだよね。下手したら、もう一度同じ思いをするところだったんだ。経験した身としては気が気じゃない」
「ありがとう。それで、この膜が何なのか知りたい?」
「教えてくれるのなら。流石に何かわからないままずっと見ているのは嫌だからね」
「あなたの気持ちわかるわ。私も同じだったから。私たちの周りにできている薄膜は、私たちが発しているオーラ、『霊気』と呼んでいるわ。人は皆、この世界では霊気を発している。でも、普通の人間には可視化することはできない。メタ・アースで死を体験した人間だけが可視化することができる。その人間たちを『再生者』と呼んでいるわ」
「何だかVRMMOの世界にいるみたいだな。霊気なんてアニメや映画でしか聞かない言葉だよ」
「ええ。でも、これは現実よ。少しだけ痛い思いをするけど我慢してもらっていい?」
そう言って、彼女は目を瞑った。すると、丸かった青いオーラが外に放出されるように尖をみせる。その瞬間、俺の頬を何かがかすめた。
切られたような痛みが走る。手で頬に触れると赤い液体が付着した。
「霊気は使い方次第で相手を容易に死に追いやる力となる。これを霊力と呼んでいるわ。まやかしなんかじゃない。私たちが暮らすメタ・アースに実在する力なの」
この感覚は昨日も味わった。おそらく、通り魔が俺を傷つけたのも霊力だったのだろう。俺に見えずに大きな切り傷をつけることができた理由にも納得がいく。
「でも、なんでメタ・アースの世界にこんな力があるんだ? VRMMOと言った娯楽での力ならまだわかるけど、生活の基盤であり、普通の生活を推進する環境だよな」
「そうね。でも、色々と世界は複雑なのよ」
柊さんは言葉をつづけようとするが、目を見開くとレイヤーを開き、後ろを向いた。レイヤーはプライベートレイヤーのため覗くことはできない。
「はい、はい」と相手の話を聞いている様子から通話をしているのだとわかる。
「了解しました」
レイヤーを消すと、再びこちらに体を向けた。
「結城くん、この後は何か用事があるかしら?」
「いや、特には」
「もしよければ、私に付き合ってもらってもいい?」
「もちろん。柊さんの誘いであれば!」
俺は彼女の誘いに迷いなく同意する。昨日は彼女と一緒にいられなかったのだ。霊気についての疑問もあるが、彼女への欲求も溜まっている。
「あ、ありがとう。その前に、これ。さっきは傷つけてごめんなさい」
柊さんはポケットから絆創膏を取り出し、俺に差し出した。可愛らしいキャラクターのついた黄色の絆創膏だ。まさか柊さんからプレゼントなんて。今日はなんていい日なんだ。
「おー、ありがとう! 大切にとっておくね!」
「今、使いなさいよ……」
ジト目で見られた俺は、やむなく頬に絆創膏を貼った。少し沁みるが、それよりも彼女のものを扱える嬉しさが勝る。
その後、俺は柊さんの指示のもと、一緒にある場所へといくことになった。
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