12.かつての義妹と対峙します 前編


 爵位を剥奪され、オーロット家はその歴史に幕を閉じた。

 父は牢獄に送られた。

 家も領地も国に没収された。

 義母ザヘラと義妹イサペンドラは生家に帰ったという話だ。


 ヴェル様の王城に戻ったわたしは、王城で王子妃教育を受ける傍ら、ヴェル様の執務の手伝いをしていた。ヴェル様が抱えている仕事は、騎士団を統括する上で必要な書類の整理や、王族として国王から請け負っている諸々の仕事があるのだけれど、あまりに膨大な量にびっくりしてしまった。


「これだけの業務をこなしていらっしゃるのですか?」

「まあな」

「お休みを取れているのですか?」

「時期によって忙しい時期もある。今はフェリスが手伝ってくれているから、だいぶ楽になったぞ」

「本当ですか? わたし、ヴェル様のお役に立てていますか……?」

「役に立っているどころの話じゃない。フェリスは要領もいいし、仕事も早い。なにより努力家だ。本当にフェリスがいてくれて良かったよ」


 ヴェル様に褒められて、かぁあ……と顔が赤くなる。ヴェル様のお役に立てている。とても嬉しくて、無限に頑張れそうな気がする。でも頑張りすぎると、昔みたいにストレスで吐いて痩せてしまうから、自制しないと。痩せすぎは体力も落ちるし、ヴェル様に心配をかけてしまう。なによりわたしは身長が低くて童顔なので、痩せていると本当に子どもに見えてしまう。


 ヴェル様には言ってないけれど、わたしはもうヴェル様のことが好きになっていた。

 ヴェル様はわたしのことをどう思っているのだろう。

 初対面は子どもだと思われたけれども、今のわたしはそれなりに大人っぽいはずだ。だからって女性嫌いのヴェル様から嫌悪の視線を受けたことは一度だってない。それどころか、ヴェル様はわたしをまるで「愛おしい女性」を見るように、優しく微笑みかけてくれるのだ。契約妻とはいえ単純なわたしは照れてしまう。


 ダメダメ。

 頬の緩みを抑えないと。

 あくまでこれは“契約”なんだから。


「フェリス様、大変です!」


 王城の衛兵さんがわたしに声をかけてきた。慌てた様子だったから、どうしたんだろう。


「門の前に、見知らぬ女性が現れまして!」

「見知らぬ女性?」

「イサペンドラと名乗っております。自分はフェリス様の妹だから、一回話をさせてくれと騒いでいるのです!」


 義妹が来た。

 何となく、予想はついていた。義母ザヘラと一緒に大人しく実家に帰ることなんて、あの子は耐えられなかったのだろう。爵位持ちの貴族から平民へ逆戻りだ。無理もない。


 ヴェル様はたぶんまだ戻って来られない。

 ここはヴェル様の王城だもの。

 未来の妻であるわたしが、毅然とした態度でイサペンドラに対応しないといけない。


 わたしより年齢は一個下。わたしと違って父からも母ザヘラからも愛されていた義妹。一時期それを羨ましいと思ったことがある。勉強や仕事を押し付けられずに、笑いかけら愛されて良いな、と。

 でも今はそう思わない。愛されて我儘に育った義妹は、父に脱税をさせるような荒い金使いをし始めた。自ら進んでわたしの婚約者と体を重ね、あれが欲しいこれが欲しいとねだるような醜悪な心になってしまうのなら、わたしは親から愛されなくてもいい。


 衛兵さんに連れられて王城の門までやってきたわたしは、久しぶりにイサペンドラを見た。

 イサペンドラは相変わらずニコニコ笑っていた。

 この子は、最初は必ず下手したてに出てくる。

 でも本心ではそう思っていない。

 

「お義姉様、お元気そうね?」

「変わりないです。それよりも、早く帰ったほうがよろしいと思いますが」

「え、どうして? 血は繋がってないけど、私たちは家族だわ。ねえ、お願いだから中に入れてちょうだい? お義姉様を助けてくださったヴェルトアーバイン殿下にお会いしたいの。お義姉様を助けてくださってありがとうございますって、一言お礼が言いたいのよ! ね? いいでしょう、フェリスお義姉様っ!」


 やっぱりそうきたのね。

 イサペンドラのことだから、わたしが王族であるヴェル様に助けられたことを知って、嫉妬したのだろう。もしかしたら、わたしの婚約者の時のように色仕掛けをしようとしているのかもしれない。

 

 イサペンドラがヴェル様に触れる。そう考えただけで、ムクムクと嫌な感情が湧いた。


「もうわたしとあなたには家族の関係はないですよ。父は罪人として捕まり、父と義母の婚姻関係もなくなりました。血すら繋がっていないので、もう赤の他人です。お帰りください」


 わたしがこんなに反抗してくるとは思っていなかったのだろう。

 イサペンドラは一瞬呆気にとられたような顔をして、そのあとすぐムキになったように叫んだ。


「酷い! 今まであんなに仲良くしてきたのに、大事な妹を無下にするなんて」

「仲良く? わたしをあんなに下に見ておきながら、仲良くなんてよく言えますね」


 イサペンドラの顔が引きつる。

 わたしが口を開いて、もう一度お帰りくださいと言おうと思ったその時、わたしの肩に大きな手が置かれ後ろに引き寄せられた。


「騒がしいと思ったら、何だ?」

「ヴェル様!」


 対応に時間がかかってしまい、ヴェル様が帰ってきてしまった。イサペンドラはヴェル様を見て、恍惚の表情を浮かべている。……確実に惚れている。嫌な予感がしてイサペンドラを止めようとしたけれど、その前にイサペンドラが話し始めてしまった。


「は、初めまして! 私はフェリスお義姉様の義理の妹の、イサペンドラと申します。殿下にお会いできて光栄ですわ!」

「君が……?」


 ヴェル様はとても不快そうに眉をひそめ、低い声を出した。明らかに「女嫌い」オーラが出ているというのに、気付いていないのか、イサペンドラはニコニコ笑って話を続ける。


「この度は姉を助けてくださり本当にありがとうございます。さしでがましくて恐縮ですが、今度お礼の茶会を開かせてくださいませ。もちろんフェリスお義姉様もご一緒に!」


 わたしは呆れて言葉も出なくなっていた。

 そもそもイサペンドラは、わたしのように幼少期から子爵令嬢としての教育を受けていない。父もイサペンドラに「可愛らしいありのままのイサペンドラ」を求めていたし、義母も実の娘を溺愛していた。例え場の勢いで茶会を開いたとしても、王族であるヴェル様を満足させられるだろうか。不敬を働いて信用を失うのが目に見えている。


「イサペンドラ嬢」

「お名前を呼んでくださるなんて嬉しい! はい、なんでしょうか? あ、もしかしてもう日取りを決めますか!? お待ちください、いま予定を確認しますね!!」

「ザヘラ夫人から話は聞いていないのか?」



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