10.そうだ、フェリスに戻って来てもらおう!【父視点】前編
時は、フェリスがまだ王城で静養している時にまで遡る。
「なんで今まで黙っていたのよ!」
ヒステリックな声をあげるザヘラ。
私はこめかみを抑え、指で机を叩く。苛々する。ただでさえ焦っているのに、ザヘラの甲高い声が鬱陶しくて仕方ない。
「仕方ないだろう。私だって色々考えることがあって、ついつい後回しになってしまったのだ!」
「はあ? 王族から脱税の疑惑をかけられて、挽回するチャンスも与えられたのに、それを後回ししたっていうの?」
ザヘラは、私に向かって一枚の封を突き付けた。
王族の印章が押された封の中には、上質な紙が入っている。
『突然のお手紙を失礼いたします、私はヴェルトアーバイン殿下の執事、スザクと申します。さっそくですが、今回連絡したのは言うまでもありません。今まで再三勧告しております、貴殿が行われている脱税の件でございます。今まで殿下が貴殿の犯罪をお見過ごしになられていたのは、聡明なご決断をされると期待されていたからです。
しかし、こたびのフェリス様の一件で貴殿には大変失望致しました。つきましては、オーロット家の爵位を剥奪の方向で進めさせていただきます』
子爵位を剥奪すると、信書には書かれている。
領地も邸も家財もすべて没収されてしまう。
ザヘラは子爵夫人という立場がなくなってしまうことを恐れて、私にずっと怒り散らしている。
「条件を飲めばよかったのよ! 貴方のそういう無計画なところが昔から嫌いだったわ!」
「うるさい黙れ!」
「黙れですって? 相手は王族──しかもあのヴェルトアーバイン殿下よ! そんな相手に一年も前から目を付けられていたって言うのに、自分の愚かさを棚に上げて説教しようって言うの!?」
「うぐ……っ!」
ヴェルトアーバイン殿下は、王族の中でも珍しい赤色の瞳を持っている男だ。豊富なマナと卓越した武術を持っており、騎士団の運営も任されているやり手。
一年前、義娘のイサペンドラの誕生パーティを開く際、どうせ来ないだろうと思いつつも王族一人ひとりに招待状を出した。その時に、偶然ヴェルトアーバイン殿下が会場近くにいたらしく、その時にフェリスと会ったのだという。
フェリスの様子を見て、私がフェリスを虐待しているのではないかと勘繰ってきた。
芋づる式に脱税まで調べられ、条件を飲まなければ犯罪者として吊るし上げ、爵位を剥奪すると脅された。
確かにザヘラの言う通り、条件を飲めばよかったのだ。
条件はたった二つ。
フェリスとゴルトハイツとの婚約を解消すること、フェリスと家族の縁を切り、アルバンジャン侯爵家の養女に出すことを認めること。
たったそれだけなのに、私にはそれが出来ない理由があった。
「あなた、浮気しているわよね」
「っな!?」
図星をつかれ、私の口がパクパクと震える。
ザヘラの目がキッと吊り上がった。
「あなたがゴルドハイツ様に紹介してもらった酒場の若い娘と遊んでいることくらい、とっくの昔から気付いていたわよ。もしかして条件を飲まなかったのは、ゴルドハイツ様──しいてはリグシュリー家を敵に回したくなかったから?」
「……そ、そ、そうだ! 私にはどうしようもなかった! ゴルドハイツ様はいたくフェリスの事を気に入っている! もし私が殿下の条件を飲んでフェリスを養女にやってみろ、どんな報復があると思っているんだ!?」
「だからって、爵位を剥奪されたうえにリグシュリー家にも目をつけられたら本末転倒じゃない!」
爵位の剥奪は決定事項。
フェリスは滝に落ちて死にかけたところを偶然ヴェルトアーバイン殿下が助けてくれたらしく、現在は王城で匿われているという。
「そうだ!」
私はひらめいた。
「フェリスに戻って来てもらおう」
「私たちは殿下に虐待を疑われてるのよ」
「虐待なんて酷いこと言わないでくれ。私たちがフェリスにしているのは立派な躾であり教育だ。それにフェリスは私の娘だ、娘は父親の言う事を素直に大人しく聞いて、親の言われた通りの相手と結婚することが一番の幸せなんだ。フェリスは優しい子だから、私が言えばきっとすぐに帰って来てくれるさ」
「でも今さら戻ってきたところで、あんな娘なんの役にも立たないじゃない。それともリグシュリー家に売っ払おうって言いたいの?」
「それよりも名案がある!」
どうして今まで考えつかなかったのだろう。
「あの女嫌いと噂が絶えないヴェルトアーバイン殿下がフェリスを匿っているんだ! きっと情を移したに違いない。うまくフェリスを使えば、私の爵位剥奪もなかったことに出来るし、もしかすればオーロット家から王族を出せるかもしれない!!」
もしフェリスが殿下に気に入られたのなら、王子妃になる道が見えてくる。オーロット家は王子妃の生家として注目され、さらなる地位の向上が見込めるだろう。伯爵や侯爵への格上げも夢ではない。
私の素晴らしい考えに、ザヘラも目の色を考えて食いついてきた。
「本当にっ!?」
「よし、さっそく手紙を出そう! 今ならまだ間に合うぞ!!」
しかし、私が何度手紙を出してもフェリスから返事が返ってくることはなかった。
フェリスが父親である私の命令に逆らうなんてありえない。きっとヴェルトアーバイン殿下が手紙を見せないようしているのだろう。そうこうしているうちに、私の家に国王からの使いがやってきて、私の子爵位が剥奪された。屋敷と子爵領地を引き渡す書類にサインを求められる。このままだとザヘラとイサペンドラは実家に戻り、家族はバラバラになってしまう。
ひとまず私は従った。フェリスにさえ会えれば、きっとフェリスから殿下に直訴してもらえる。方法はなんでもいい。男に哀れみを貰うために流す涙でも、色仕掛けでも、なんでもいいから私の爵位剥奪と、脱税の疑惑をもみ消してほしいと頼めれば。
「では、あなたを脱税の疑いで捕縛、連行します」
フェリスにさえ会えれば。
「大人しくついてきてください」
フェリスにさえ会えれば!
そうして私の乗る馬車が王城にまで近づいた時、私は馬車から抜け出した。手には手錠、体には縄で縛られているが、大人しく指示に従っていたおかげで隙をつくことが出来た。
たが、王城に勤める庭師の話を盗み聞きしたところ、今はフェリスがアルバンジャン侯爵家の養女として過ごしており、王城にはいないことが分かった。そしてどうやら、二週間後にアルバンジャン侯爵家から帰ってくるらしい。
フェリスめ、私が許可していないのに、家族の縁を切るつもりか。怒りにを身を震わせながら、私は仕方なく薄汚いスラムへと足を伸ばし、フェリスと会える時までじっと息を潜めた。
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