いいわけない

おくとりょう

どうしたの?

 ドロドロになって、帰ってきた妹に僕は唖然とした。

 お気に入りのピンクのシャツもいつも履いているジーパンは泥まみれ。腕もあちこち擦りむいて、膝の辺りなんて少し破けて、うっすら血が滲んでいた。トレードマークのポニーテールも崩れて葉っぱがついている。


「転んだ」


 彼女はぶっきらぼうに言い捨てると、自分の部屋に向かった。

 いつもは明るく優しい彼女のその態度に困惑して、僕は無意味に廊下を往復した。何度も……。途中で小指をぶつけた拍子に我に返って、保冷剤と救急セット、それにジュースとお菓子を持って、彼女の部屋をノックした。

『どこで転んだの?』『何があったの?』『大丈夫?』『ケンカ?』『どうして?』『相手はケガしてない?』『どうしたの?』――。

 いろんな聞きたい言葉を混ぜこぜに飲み込んで、「お菓子食べない?」とだけ扉越しに尋ねる。すると、ゆっくり扉が開き、その隙間から頬を紅く染めた彼女がじとっとこちらを睨みつける。


「私のこと、食いしん坊だと思ってるでしょ」

 別にそういうわけではなかったのだけど、むくれた顔の彼女の視線がお菓子の方へと注がれるのが可笑しくて、僕は「ごめんごめん」と笑って返した。

 ベージュのカーテンに、水色のベッドカバー。窓際には僕のお下がりの勉強机。女の子にしては飾り気のないシンプルな部屋。少し年頃になりつつある妹の機嫌を損ねないよう、キョロキョロせずに床に座って、部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台にお菓子とジュースを置いた。これはたしか祖父母からのお古だ。

「で、何なの?」

 パッとお菓子をひとつかじった彼女は不満げに睨んだ。ほどいた髪がべったり垂れて、彼女の視線が余計にじっとり感じられた。

「いや、ちゃんとケガの手当てはしておかないと。ほら、こっち来て」

 ショートパンツに黒のTシャツ。一応、服は着替えていた彼女。しぶしぶ、僕の隣に座った。

「……痛くしないでよ」

 手当ても自分でしようとしたようで、泥はほとんどとれていた。それでも、膝は意外とズリズリに剥けていて、まだ小石が残っているみたいだった。

「……ッ!」

 悲鳴を飲み込むように俯いて、絨毯をギュッと握り締めた。「痛くしないでって言ったじゃん!」と怒られるかと思ったのだけど、健気に我慢する彼女が可哀想になりながら、消毒するも、なかなか石が取れない。


「どうして転けたの?」

 聞くつもりはなかったのに、つい口から転がり出た。

 彼女は俯いたまま、頭を振った。その小さな頭を見て、自分が聞いてはいけなかったのだとぼんやり思った。


 裂けた皮膚から溢れる赤い肉。

 気づけば、石は無くなっていて、僕はただ彼女の傷口をつついていた。あわてて軟膏を取り出して、取り繕うように優しく塗る。黄色の苦いその香りは彼女がケガをした印みたいに思えた。大きめの絆創膏を貼ると、彼女はため息をついて、顔を上げた。そして、「帰り道の砂利のとこで転んだ」とだけ言って、僕の肩をポーンッと蹴った。


「痛かったから、おやつもっと持って来て」

 そうせっつかれて、部屋を出たとき。ジュースを飲む妹の後ろ姿が何だかちょっぴり楽しそうに見えて、僕もホッとしながら扉を閉めた。

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