待ち人は探さないことにした

紗久間 馨

マッチングアプリ

 ミキはマッチングアプリに登録した。それまで結婚願望はなく、出会いも求めてこなかった。

 登録のきっかけは、正月に神社で引いたおみくじだ。昔からずっと「待ち人おそし」「待ち人おそいが必ず来る」と書いてあることが多かった。辞書によると、待ち人とは恋人だけではなく仕事のパートナーのことも言うらしい。

 それが今年は「来る」と書いてあるうえに、大吉であった。ミキはなんとなく動かなければならないような気がした。そこで、まずマッチングアプリを使ってみようと考えたのだ。


 マッチングアプリといっても、種類が色々ある。真剣そうなものから出会い系のようなものまで。まとめサイトやレビューなどをチェックして、信頼できそうなアプリに登録をしてみた。正直なところ、不安を感じていたので顔写真は登録しなかった。プロフィールも簡単にサクッと書いた。

 初日は30人ほどからの「いいね」があった。どうやら登録したばかりのアカウントは表示されやすいらしい。

 その人たちのプロフィールを読んで、興味の湧いた人に「いいね」を返した。これでマッチング成功ということになるみたいだ。

 メッセージを送るべきか、来るのを待つべきか。様子を見ることにして眠りについた。翌朝、マッチング成功していたはずの人が消えていた。なるほど、そういうこともあるのか。

 どうやら消えた人は、自ら退会した者と運営によって強制退会となった者なのだそうだ。マッチングが成功した全ての人を表示してみると、そのように書かれてあった。


 2日目になると「いいね」の数はぐんと減って10人にも満たなくなった。少し気持ちが楽になった。

 この日、ミキはひどい腹痛に襲われていた。ほぼ一日中である。お腹を冷やしてしまったのかと思ったが、ストレスによるものだと気づいた。ストレスによる腹痛などしばらくの間なかったので分かるまでに時間がかかった。

 スマホの通知音が鳴るたびに、胃のあたりがチクリと痛む。


「これは決定的に私に向かない行動なのだ」


 ミキはそう思った。いい人と縁があれば、などと一歩を踏み出したところですぐに心が折れた。この状況がいつまで続くのか。いい縁を探して生活や仕事に支障が出ては困る。

 しかし、せっかく登録したのだからと、一か月だけは続けることに決めた。そこまでで終わりにしようと。

 スマホの通知もオフにし、寝る前にアプリを開く程度にした。ずいぶんと楽な気持ちになった。


 女性は基本的に無料だが、有料オプションに申し込むことで使える機能が増える。一か月で退会するのだったら、一か月だけ課金をしてみようと考えた。

 結局、機能が増えたところでミキには意味がなかった。使いきれない。




 明日で退会という日。なぜか「いいね」が急に増えた。一日で40件以上。それまで一週間に数件程度だったのに。ミキは恐怖心に襲われた。

 SNSかどこかで晒されてイタズラされているのではないか。そんな風に思った。

 一か月だけ続けてみて、もし良い出会いがあったらいいとは思っていたが、やはりダメだと思った。


 有料オプションの期限が終わり、ミキは退会した。やっと終わったとホッとした。

 人間には向き不向きがある。マッチングアプリはミキにとって不向きであった。


「こっちから探しに行かなくたって、出会う時は出会えるでしょ」

 ミキは自分自身にそう言った。出会えなくたっていい。つらい思いをしてまで誰かを探したくはない。幸せに暮らしていけるなら、独りだってかまわない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

待ち人は探さないことにした 紗久間 馨 @sakuma_kaoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ