第8話陽の精霊王の靈石



 セシリアは混乱しながらも、鳩尾から抉り出した魔封石を両手で握りなおす。

 そして、アゼリア王国の国土・国民その他の全ての澱みや穢れを浄化する為の器として、集めたモノが解放されないように埋め込まれた魔封石に、今ある全ての魔力を注ぎ込む。


 同時に、セシリアは一心に祈りながら、手の中におさまる魔封石に呼び掛ける。


 今…遠き遥か昔に……わかたれし……陽の精霊王の靈石よ………

 陽の精霊王の神子でありながら……穢れ堕ちし魔人の手によって………


 穢されれ……割られた……陽の精霊王の靈石よ………

 今一度…ひとつの……まったき靈石へと……戻り給え………


 セシリアが心から、乞い願うと同時に、魔封石はフルフルと震えだす。

 同時に、耳鳴りのようなモノが空間に響き、それはあっさりとかなえられる。


 自分の鳩尾から抉り出した魔封石と、眼前に拘束封印されていた龍帝陛下に埋め込まれていた魔封石が、セシリアの手の中で震えてゆっくりとひとつの魔封石へと変わる。


 ひとつにはなったが、まだ、封印や吸穢など、複雑に刻み込まれた呪いによって、魔封石のままだった。


 えぇーとぉ………こっから………どうしたら良いのぉ?

 ほとんど、無意識でここまできちゃったけどぉ…………


 前世の妹がしていた乙女ゲームのほとんどを知らないセシリアは、自分の行動に戸惑いつつも、しっかりと両の手の中にある魔封石を握る。


 ここに、魔封石がある……穢され…澱み……いびつな魔力と穢れを込められた………

 んぅぅ~……込められた……だったら、解放……いや返還…かな?


 究極まで精神がおっつめられたセシリアは、単純明快に決断する。


 まぁ…あるべき事象は、あるべき者達に………よね

 なら、ここは…この魔封石に込められたモノを、本来の持ち主に返すべきね

 他人に、自分達の負いしモノを、一方的に、勝手に押し付けるのは、ダメ絶対


 セシリアは、両手を開き、捧げ持つようにしながら、言霊となる言葉を口にする。


 「古今東西……流れながるる……あらゆるモノよ……

  あるべき事象……すべて……あるべき姿に………

  陽の精霊王の靈石よ……その身に溜めし…モノを返還せよ」


 セシリアは、皇太子妃教育の中で読み覚えていた、神子の言霊を思い出しながら、自分の言葉と解釈で持って、言い放った。


 その言霊が終わると同時に、セシリアが捧げも持つ魔封石は、ドロリと澱んだ魔力を放出し、上空に上がると同時、フッと消えて行く。


 どのぐらいの間、その姿勢でいたかわからないが、魔封石を捧げ持つ腕がブルブル震える頃に、ただただ黙ってセシリアの行動を見守っていた龍帝が声をかける。


 『お嬢さん……そろそろ……限界であろう………』


 疲れ切り、声が細くなっいる龍帝の言葉に、セシリアはハッとする。


 「………あっ………」


 意識が飛んでいた居たセシリアは、眼前の龍帝へと視線を戻す。


 「失礼しました…龍帝陛下………」


 と、無意識にカーテシーをするセシリアに、龍帝は穏やかな声で言う。


 『よいよい……長き時を封じられし……我を…解放してくれたのだ……』


 声に力が無いコトで、セシリアは龍帝に残された時間がほとんど無いコトを読み取る。

 ほんのひと時のレゾナンスでも、セシリアにはそのコトが理解ってしまった。


 えぇーとぉ……転生とかできるのかなぁ?……

 例えば、龍帝陛下の魔石が有ればできるのかなぁ………


 時間が残されていないのは………マジで一目瞭然なんだけどぉ………

 代替の器なんて造っている時間なんてないし………

 だいたい、私にそんなモノなんて作れないしなぁ………


 と思い悩みながら、手の中の魔封石の感触にハタッと思い付く。


 コレ使えないかしら?………なんか、浄化されているっぽいし………

 もとの精霊王の靈石になってない?………


 ただ、陽の精霊王の気配は……残念ながら感じないけど………

 陽の精霊王が居ない靈石なら……使えないかしら?………


 「龍帝陛下……ものは相談なのですが………私の手の中にある靈石に宿りませんか?」


 セシリアの言葉に、龍帝は首を傾げる。


 『その靈石にか?』


 「はい……視たところ……そろそろ、何もかもが限界のようですし………」


 セシリアの言葉に、龍帝はユルユルと首を振る。


 『長く……封じられた……身とし……嬉しい話しだが……無理だ……』


 既に、限界を迎えている身体、魂魄、魔石、長い間穢れに染まり、魔力を吸い上げられていた為に、ボロボロなのだ。

 御霊移しというモノに耐えられるだけのモノが既に残っていないのだ。


 龍帝の言葉に、セシリアはクッと悔しそうに唇を噛む。

 セシリアにも、理解ってしまったのだ。

 龍帝が、今自分と話しているこの時間すら奇跡だと言うことを………。


 ぅん?………奇跡……時間………時空神に祈ってみるっていうのはどうかしら?

 刻を司る神様なら出来ないかしら?………対価は必要よねぇ………


 「では、一度だけ試させては下さいませんか?」


 『……ためす?……なにをだ?………』


 人間の愚かさゆえに苦しんだ龍帝陛下に。穏やかな時を生きてもらいたい………

 神子に…選ばれたと…驕り……堕落した者の為に……苦しんだこの方を救いたい


 「御霊移しと言う儀式がございます…それを試させて欲しく………」


 深く頭を下げるセシリアに、レゾナンスの名残りから、自分の長き時を思い痛む思いを感じた龍帝は頷く。


 『良い……そなたの好きにせよ……もう…長くは持たぬ………』


 「お許しいただき……ありがたき幸せ………」


 涙声にならないように気を引き締めながら、セシリアは心から時空の神へと祈りの言霊を口にする。


 「創造の刻より……古今東西……流れながるる

  刻と空間のすべてを司り…つむぎし…始祖神よ……


  この世に誕生せし時に…生命の神よりたまわりし

  この身体をあやどる彩…を……


  太陽の光りを写し取りし…流れる黄金の髪…

  萌ゆる大地の緑を映しし…息吹き豊かな碧眼………

  僅かばかりで……対価にもならぬモノですが……捧げます


  どうか……長く苦難の時を過ごした龍帝陛下の御霊を

  陽の精霊王の靈石に………移したまえ…………」


 セシリアは、捧げるモノを持たないがゆえに、生まれ持った色彩を、幼少期、両親に唯一褒められた髪と瞳の色を対価として、龍帝の御霊移しを望んでみたのだ。


 







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