明日からどうやって生きていこう
酔
明日からどうやって生きていこう
同居して一年になる彼女は、京都の大学を卒業してから一度も働いたことがない。じゃあ何をしているのかというと、和服で散歩をしたり、難しい本を読んだりしている。
時折「まだ働く気はないの?」と水を向けてみるのだが「今年は桜が見事だから」などというよくわからない言い訳が返ってきて、一向に働こうとしない。だから生活費の一切は私が支払っている。
でも、最近はそれでいいやと思う自分がいた。
というのもオフィスで働きづめの私にとって、彼女の季節感あるヘンな言い訳はなんだか和らぐものだったからだ。彼女の言葉で「ああ、もう春になっていたんだな」と気付くことさえある。仕事人間に近しい私にとって、たとえば「三月」は春よりも年度末という意味合いが強すぎたのだ。
さいわい貯金はあるので、今は彼女にはこのままのんびりしてもらっていた方がいいと思い始めている。(彼女は気が向いたら、私の不得手な家事もやってくれるのだ。いずれ結婚という制度が私たちにも適用されるのなら、彼女に専業主婦になってもらうのも悪くない。私だって仕事が嫌いではないのだから。そもそも彼女を包容できる人間なんて、私くらいのものだろう)
さて、転機が起こったのはおとついの夜のことである。
夕飯時に彼女はおもむろに切り出した。
「ここを出て結婚しようと思うの」
私は驚いて、筑前煮の芋を箸から落とした。
「なんで……」
「ね、いいでしょう?」
彼女は理由を言わない。しかしさもそれが自然な形だという風に言った。私は思い出す。そういえば彼女との同居もこうやって始まったのだった。気まぐれに始まり、気まぐれに終わる私たちの関係性。
「いいわけないよ」
……なんて、彼女に惚れ込んでいた私に、面と向かって言う勇気もない。
昨日彼女は軽やかに出て行った。
今日私はベランダでビールを飲んでいる。
むなしい独り善がりの抗議は、暗い夜空へ消えていった。
明日からどうやって生きていこう 酔 @sakura_ise
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