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『言い訳代行』


 教科書体でかっちりと書かれたその幟は、南風に吹かれてひらひらと踊っていた。その下には、冗談じゃないかと疑うほどに幼い男の子が座っている。見ようによっては小学校未満の顔立ちに思えるその子は、無表情に幟を掲げ、行き交う人々をじっとりと眺めていた。


「ねえ」

「はい」


 ランドセルを背負った小学校6年生くらいの少年が男の子に声を掛けると、男の子は意外にもすんなり返事をした。少年は幼い男の子が話を聞いていないと思っていたので、はっきりと答えたことに驚かされた。


「お客様ですか?」

「いや、えーっと」

「……」


 男の子の目つきが心なしか厳しくなった気がした。好奇心と勢いで話し掛けた少年は、必死に誤魔化そうとする。


「そ、そうだよっ、お客だよ!」

「どんな言い訳をご所望でしょうか」

「ごしょもう……?」

「どんな言い訳を考えてほしいの」

「! そっか。えっと、どんなのでもいいの?」

「勿論。どんな人でも、どんな年齢でも、どんな内容でも、完璧に対応して差し上げます」

「おおー!」


 少年は目をきらきらとさせて考えた。そして大事な事を思い出す。


「……あ、そうだ。あのね、今日、算数のテストが返ってきてね、十点だったんだ」

「……」


 男の子は黙って耳を傾けている。


「次点数が悪かったら塾に行かせるからって、この前お母さんに言われてて。だから、何とか塾に行かなくていいようにお母さんを説得できない?」

「お母さんに、テストが上手くいかなかった言い訳ですね」

「そう」

「承りました」


 男の子が大きく頷くのを見て、少年がほっとしたように顔を輝かせる。


「本当!?」

「はい。誠心誠意対応します」

「それで、これからどうすればいいの?」

「何も」

「え?」

「君はこのまま、真っ直ぐ帰ったらいいんです。そうしたら、今の言い訳が通じてお母さんに怒られないから」

「何も言わなくてもいいの?」

「ボクが代行しますから」

「そうなんだ……。じゃあ、お金は?」

「……君は、いいよ。また今度で」

「えっ、いいの!?」

「うん」

「ありがとう!! またお願いするね!」

「ご利用ありがとうございました」


 店主の男の子がぺこりとお辞儀をする。少年は嬉しそうに、ランドセルの蓋をぱたぱた鳴らして走っていった。



 ◇◇◇◇



「ただいまー」


 少年が家に帰ると、リビングの方から話し声が聞こえてきた。母親と父親のようだ。


(なんで、お父さんがこんな時間に?)


 不思議に思いながら耳を澄ます。


「もう、これ以上悪くなったらどうすればいいのかしら……」


(え、僕のテストのこと? 言い訳が通じてるんじゃないの?)


「大丈夫だよ、まだ可能性はあるって、先生も言っていただろう」


(お父さんが止めてくれるってことかな)


 話の続きが気になり、少年はリビングに入らないまま廊下の壁に張り付いた。


「でも、手の施しようがないって」

「それでも信じるしかないじゃないか」

「思う存分勉強して、立派になってほしかったのに……!!」


 母親が泣き崩れる。


「どうして、どうしてあの子が事故なんて……!!」


(……!?)


 母親の言葉を聞いて、少年は凍り付く。自分は事故になんて遭っていないのに、と。


「もう学校も随分お休みしてるし、骨折の具合も全然良くならないし……どうすれば……」


 戸惑う少年の脚に、ズキン、と唐突に激痛が走る。気が付けば、少年は松葉杖をつき、頭と脚に包帯を巻いていた。


「痛っ……!?」


 立っていられなくなった少年は、派手に廊下の床に倒れ込む。物音に気付いた両親が、ばたばたとリビングから走り出てきた。


「ちょっと、部屋で大人しくしてないと駄目でしょう。まだ無理して歩いたらいけないって先生も言ってたんだから」

「そうだぞ、ちゃんと安静にして怪我を治さないと、いつまでも学校に行けないんだよ」


 二人にやんわりと叱られながら、少年はぐるぐる考えた。


(違う、僕は事故なんてあってない……!! 言い訳って……事故で学校に行けないからテストも受けてないってこと……!? こんなの違う……!!)


 少年はそのまま、自室へと父親に抱き抱えられていった。



 ◇◇◇◇



『言い訳代行』


 怪しい幟の下で、幼い男の子はやはり無表情に店番をしていた。だがどこか、満足げな表情にも見える。


「あの」


 可愛らしい女子高生が、男の子に声を掛ける。


「はい、どんな言い訳をご所望でしょう」


 男の子は丁寧に、お辞儀をした。

 新しい依頼の始まりだった。

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