第2話 ダンジョン

 真姫は予想外の衝撃に息が止まる。

 そして、穴の中へと落ちた瞬間、周囲の光が途絶えた。


「!!?」


 突然の暗闇が齎す恐怖と、続く浮遊感に真姫の体は本能的に身を丸めるような姿勢をとる。

 そして地面に手が触れたと思う間もなく、腕から肩、背中へと衝撃を感じながら、なんとか前回り受け身をとってその場を転がった。


「——痛っ」


 痛みに呻く。

 しかし漏らした声が、思った以上に穴の中で反響したことで、真姫は身を強ばらせた。

 痛みを堪えて、身を潜め、そのままじっと耳を傾ける。

 外で聞こえていた風の音すらなく、真姫の心臓が鼓動する音だけがうるさいくらいに耳朶を打っていた。


 落ち着け、深呼吸しろ。


 真姫は自分に言い聞かせながら、大きく息を吐き、状況を確認する。

 周囲は真っ暗で、唯一の明かりは足元に落ちていたスマホのみだ。

 そっと拾い上げると、画面にひびがはいっていた。


 ——買ってもらったばかりなのに。


 真姫は思わず罵倒が口から漏れそうになったが、生存本能から湧き出る警戒心が、それを打ち消した。

 いまは僅かな物音ですら危険だ。

 余計な考えを一掃し、現実に目を向ける。


 おそらく状況は最悪だが、希望がないわけではない。

 こういうときは冷静に行動することが大切だ。


 スマホのライトで周囲を照らしてみる。

 そこは様々な石材で作られたドーム型の部屋だった。

 壁にはグロテスクな彫刻が全面に施されており、天井には真姫が落ちてきたはずの穴は見当たらなかった。


 やはりここはダンジョンだ。


 背筋に薄ら寒い感覚が走り抜け、肌が粟立つ。

 真姫は両腕を胸の前で抱き締めながら、なんとか平静を保つ。

 そして対策を講じるため、ダンジョンに関する知識を掘り起こす。



 全ての始まりは十年前に遡る。

 ある日突然、世界中の大都市で地震が発生し、直後地下に巨大な空間が出現したのだ。

 後にダンジョンと呼ばれることになるそれは、世界中で大騒ぎになった。

 日本では東京の地下に存在が確認されたため調査が行われた。

 結果、地下空間に無数の未確認生物が発見される。

 問題はそれらがどの種も好戦的かつ危険性が高いということ。

 そのため初期の調査隊は、全く予想もしていなかった未知との遭遇により、多数の死傷者を出してしまった。

 そこで政府は危険性を鑑みて、以降は自衛隊を派遣することした。

 こうして二度目の調査は予想されていた通り、戦闘が発生するも、銃火器により撃退に成功。

 内部調査は順調に進むかと思われた。


 だがしかし、それがまた別の問題を引き起こした。

 未確認生物——特に人型——との戦闘行為及び殺傷に対して、一部市民から非難の声が上がったのだ。

 それだけならまだしも、日本には自衛隊に対して否定的な政党や団体が複数存在しており、彼らも連動して大規模な反対運動を起こしはじめた。

 政府としても自衛隊の派遣に、アレコレ理由を捻り出してはいたものの、意見が分かれていたため、これらの反対運動を前に腰砕けの状態となり、姿勢を一転させた。

 内部調査を中止し、地下を封鎖。

 自衛隊にはあくまでも地上からの監視のみに徹底させたのだ。


 そして災厄は引き起こされた。


 地下を封鎖しておよそ一ヶ月。

 最初の地震とは比べものにならないほどの巨大地震により、東京中心部の地上にまで広がる大穴が開き、そこから数えきれないほどの未確認生物が湧き出てきた。

 情報統制されていた市民が初めて見ることになったソレは、モンスターとしか言いようがないものだった。


 そして東京は地獄と化した。


 この状況を解決したのは、結局のところ武力だった。

 地上で監視していた自衛隊が市民の避難誘導を行い、戦車や銃火器でモンスターを蹂躙した。

 また在日米軍も協力し、事態を終息させるのに一役買った。

 特にアメリカは、当初から一貫して軍の特殊部隊などが内部調査を行なっており、重要な情報を掴んでいた。


 その一つがステータスと呼ばれるもので、ダンジョンに入ると誰でも使えるようになる特殊能力だ。

 これはまさにロールプレイングゲームのように、レベルやジョブ、スキルといったものが使えるようになり、モンスターに対抗する上で大きな力になった。


 嘘みたいだが本当の話でこれ以来、世界は大きく変化してしまったのだ。


 あれから十年の月日がたち、ステータスに関する詳細な情報も周知されており、真姫も一通りの知識を記憶していた。


 いわく、ダンジョンの中で「ステータス」と唱えると、ゲームのようなメニュー画面が本人だけが見える形で開く。

 するとステータス設定が行えるようになるので、基本ジョブの中から一つを取得するとステータスシステムが適用される。

 ステータス適用後は、身体能力が向上し、特殊なスキルや魔法などを使用できるようになる。

 そのため武器を持っていない現状では、これほど頼れるものはない。


 ただそれでも真姫は躊躇していた。


 それは単純に科学的な理屈が通じない、理外の力だからということもあるが、実生活上でも様々な問題を抱えているせいだ。


 その際たるものが、魔法のスキルだった。

 武器も持たず丸腰でも使用可能な力は、テロリストや犯罪者にとっても便利すぎた。


 いまではステータス所持者は個人情報と紐付けされて管理されているが、それでもなおスキルを悪用した事件は多く、さらなる管理の厳格化や電子監視などについても議論されている。


 それ以外にも、一部の国や地域(特に宗教国家)では、迫害(魔法は悪魔の力だという理由から)も起きているという。

 そして、将来の日本でもそうなる可能性がゼロではない。


 そんなデメリットが付きまとうにも関わらず、ステータスは取得したが最後、二度と元には戻せないといわれている。


 つまり、その覚悟が必要だった。


 そのため真姫はいったんこの選択を保留して、それ以外の可能性を検討することにした。

 生還するのにステータスの力が絶対に必要というわけではないのだ。

 最初期の調査隊はステータスなどに頼らなかった実績もある。

 もっとも、そのせいで犠牲者が多くでたのも事実だが。


 真姫は嫌な想像を頭から振り切り、もう一度、天井を見上げる。

 やはり、穴はどこにもない。

 この手のものは、インスタンスダンジョンと呼ばれるタイプで間違いないだろう。

 ダンジョンは大きく分けて、パブリックとインスタンスの二種類ある。

 パブリックダンジョンは基本的に大都市の地下に出現し、出入り口が勝手に閉じることはない。

 そのため、中に入れる人数の制限はない。

 初期に出現したものは全てこのタイプだった。


 一方で、インスタンスダンジョンと呼ばれるものは、大都市以外にも出現し、入ることができるのは1パーティーまでという制限がある。

 パーティーというのは、ステータスを持つ者同士が、そのシステムで繋がるチームのことで最大六人までと決まっている。


 しかしパーティーを組まずに入ってしまった場合、その時点で出入り口は閉じられ、強制的に単独ソロとなり、脱出難易度は跳ね上がる。


 今の真姫は、まさにこの状態だった。


 ここから脱出方法は二つ。

 脱出口を見つけるか、攻略するかだ。


 入口は閉じられたが、脱出口はどこか別の場所に存在する。

 理由は不明だが、そういう風にできているらしい。


 もう一つの攻略は、最下層のダンジョンマスターと呼ばれるモンスターを倒すことでクリアとなるが、今までに成功した例は数えるほどしかない。

 それも全員が高レベルのステータス持ちかつ、六人のフルパーティーで、重武装という事例のみだ。

 というわけで必然的に真姫の選択肢は前者の脱出口を探す方法しかない。


 ステータスの力に頼らず、無事に生還できるのか?


 真姫は一抹の不安を押し隠し、脱出路を求めダンジョン探索の一歩を踏み出した。

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