ダンジョン・クエスト〜銃と魔法と女学生〜

綿貫瑞人

第1話 賽は投げられた

 地獄の門が開き、東京は戦場と化した。

 我が物顔で地上を闊歩かっぽするモンスターたち。

 群衆はパニックに陥り、その中で一人の少女が立ち竦んでいた。

 まだ幼い少女には、何が起きているのか理解できない。

 ただ得体の知れない恐怖を感じて、身を強張らせるしかなかった。

 人々はみな自分のことしか頭になく、それゆえ魔の手がすぐそこまで迫ったとき、少女は一人取り残されていた。

 異形の化け物が口を開く。

 少女は目を瞑り、その場にうずくまった。

 そして死をもたらす破壊の衝撃が訪れた。





 少女はハッと目を覚ました。

 鼓動は早く、汗をかいていた身体が小さく震える。

 周囲の状況を素早く確認し、安堵の息を吐く。

 そこは、とある高校の校舎裏にある一画。

 日陰で人気がない場所に、ベンチがぽつんと設置されている。

 そこで少女はうたた寝をして、ついいましがた悪夢にうなされていたのだった。


 あれから十年。

 少女は高校生になっていた。

 あの災厄——後に東京事変と呼ばれる出来事——を生き残った少女は、家も家族も失い、新たな保護者の下に引き取られた。

 今ではその人の養子となり、黒崎真姫まきという名で生活している。

 

 真新しい高校の制服をきちっと着込み、よく手入れされたセミロングの黒髪を春風に揺らしている姿は遠目には文学少女のようにも見える。

 しかしながら、近くで真姫の眼を見ると印象は変わり、野良猫のように警戒心をたたえた眼差しは、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。

 そしてその印象そのままに、真姫は実際に人見知りであり、入学式から一週間たった今もまだ、クラスに上手く馴染めずにいた。


 そのため昼休みになると一人で昼食を食べるために人気のない場所へ移動する。

 なかでもここは静かで気に入っていたため、つい気が緩んでいたらしく、うたた寝までしてしまった。


 真姫はスマホを取り出し、時刻を確認する。

 寝ていたのは、ほんの数分。

 今はまだ昼休み中だ。

 ほっと一安心したのも束の間、人の声が近づいてきた。

 真姫は警戒して耳をそば立てる。

 なんとなく不機嫌な様子の話し声。

 トラブルの予感がした真姫は、念のためスマホの録音機能を作動させる。


「あっ、こんなとこにいた」


 校舎裏に姿を現したのは、クラスメイトの女子生徒が三人。

 先頭を歩いていたツインテールの女は真姫を見つけるなり、嫌らしい笑みを浮かべた。


「ねぇねぇ、面白い話を聞いたんだけどさ、あんたって——スラム街出身なんでしょ?」


 その言葉を聞いた瞬間、真姫は嫌な予感が的中しているのを確信した。


 なぜ、そんなことを知っているのか。


 真姫は内心の不快感を抑えつつ、彼女を見返す。

 彼女はクラスの中で中心的な存在だったが、真姫とは関わりが皆無だったこともあり、名前は出てこなかった。

 ツインテールの女が喋ったあと、取り巻きの女子たちが「マジだったらヤバくない」などとはやし立てている。


「黙ってないで、なんとか言いなさいよ。それとも図星で、なにも言えないの?」

 

 真姫のことを馬鹿にした口調でツインテールの女が言う。

 たしかに彼女の言う通り、真姫はいわゆるスラム街出身といっても間違いではない。

 しかしそれには複雑な事情があった。


 なにも知らないくせに。


 真姫は彼女たちに嫌悪感を覚え、事情を説明する気もなくなった。

 同時にそんな環境で育った者たちのしたたかさや油断のならなさを知らずにケンカを売る愚かしさに、皮肉な感情が湧き起こる。

 そこで真姫は一計を案じつつ、口を開く。


「誰?」


 真姫はあえて興味が無さそうに言うと、彼女たちはキッと目を吊り上げて、怒鳴るように名乗った。

 それから自慢気に、自分の親が学校関係者であることや、そこから真姫の個人情報を得たことなども一通り喋り——


「でさ〜、うちの親があんたとは関わるなって言ってたんだけど、ムカつくんだよね。そもそもここはあんたみたいな奴の居ていい場所じゃないわけ。だから明日から学校来ないでくれる? もしも来たら秘密をバラすから」


 そう言って彼女たちは勝ち誇った表情を浮かべた。


 まったくもってくだらない。


 途中から適当に聞き流していた真姫は、彼女たちを無視して手元のスマホを確認する。


「おい! なにスマホ見てんだよ!」


 取り巻きの女子生徒が声を荒げる。

 そこで真姫は、スマホの画面を見せてやった。

 そこには録音機能がバッチリと作動していることが示されている。


「学校関係者の立場を悪用した個人情報に関する問題と、それを利用した脅迫行為について報告させてもらうね?」


 今度は真姫が、勝ち誇った笑みを浮かべる。

 三人の女子生徒たちは、先ほどまでと打って変わって表情を引き攣らせた。


「ふ、ふざけんな!」


 ツインテールの女が、真姫に掴みかかろうとしたとき、誰にとっても予想外の出来事が起きた。


 突然の地震。


 そして地響きが鳴り、真姫の背後で何かが崩れるような音がした。


 真姫はとっさに振り返る。

 すると、そこには数メートルほどの穴が空いていた。

 一見すると、時々ニュースなどで報道される道路の陥没穴のようにも見えるが、そこから滲み出る気配が、それらとは全く異なることを主張していた。


 真姫はこれを知っている。


 ダンジョンだ。


 十年前に経験した悪夢の原因。

 規模こそ小さいが間違いない。


 でも、どうして——


 真姫が思考の海に沈みかけたとき、ドンっと強く背中を押された。


「——ッ」


 完全に意識の外へ押しやられていた女子生徒たちの存在。

 その中の一人——ツインテールの女が真姫を穴へと突き飛ばしたのだ。

 真姫は穴へと落ちていく瞬間、彼女の醜い笑みを確かに見た。





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