第17話 ずっと我慢していた凛音
朝目覚めると私は正面から凛音に抱きしめられていた。
「……みうさん。すきです……」
そんなことをつぶやくのは、未だ夢の世界にいる凛音。夢の中の私に可愛い顔で微笑んでいるのだろう。頬が緩んでいる。
「……私も好きだよ」
どこかで鳥がちゅんちゅんと鳴いている。凛音と出会うまでは毎朝が憂鬱だった。眠っている間に息絶えることができたなら、どれほど幸せだろうかと思っていた。
「一緒にいなくなれたら、きっと幸せなんだろうね」
今だってその気持ちは変わらないけれど、凛音の言葉を信じたいという気持ちもある。人は生きる限り変化を止められないけれど、絶対的なものだってあるのではないか。
でも私はその絶対的なものの名前を知らない。凛音を信じるのもやっぱり怖い。もしも絶対的なものを凛音に見出したとして、その上でまた見捨てられてしまったら私はどうすればいいのだろう。
今度こそ、生きていける気はしない。
私はため息をついてから、気分転換にベッドから出た。カーテンを開いて、外の景色をみつめる。青空の下、歩道を犬を連れたおばあさんが歩いていく。遠くに目を向けると、たくさんのビルが朝日を反射して輝いていた。
「……ん。おはようございます。美海さん」
「おはよう」
景色をみつめたまま、私はささやいた。ぼうっとしていると、隣に凛音が歩いてくる。
「気持ちのいい日ですね。デート楽しみです」
突拍子もない言葉が聞こえてきて、私はどきりとした。デートっていうのは、恋人同士が愛を確認し合う儀式みたいなものだ。
「凛音はさ、……適合者が私なんかで後悔してない?」
問いかけると、凛音はじーっと私をみつめてくる。
「美海さんこそ、私とパートナーになったことを後悔してませんか?」
そんなの考えるまでもない。
「してるわけないよ」
口元を緩めながら、黙って街並みをみつめていると、凛音は私の頬にキスをしてきた。
「私もですよ。美海さん。そろそろ、朝ごはんの支度をしましょうか。ついてきてもらえますか?」
「うん。私にもやり方教えてね。包丁の扱い方とかさ」
「もちろんです。将来一緒にお店を開くのなら美海さんにも上手くなってもらわないとですからね」
私たちは微笑み合いながら、寝室をでた。
楽しく朝ごはんを作って、楽しく朝食を済ませて、楽しくお出かけの準備をする。これからの人生では、きっとこんな毎日が当たり前になるのだろう。
私たちはキッチンに向かった。そして調理に取り掛かる。朝食は簡素なだけあって、それほどの技術は要求されない。私は凛音の補助を受けつつ、なんとかソーセージやベーコンを焼いたり、卵焼きを作った。
なかなか難しくて、凛音に苦笑いされてしまうこともあったけれど、それでも何とか料理を作り終える。お皿に盛りつけて、リビングのローテーブルにもっていく。
私たちはその周りに座って、箸をもった。ご飯と卵焼きにソーセージにベーコンにレタスとトマト。見た目はいびつだからせめて味くらいはおいしいといいんだけど……。
私は卵焼きを口にする凛音をじっとみつめる。
「……どう?」
凛音はしばらく咀嚼してから微笑んだ。
「おいしいです。このまま上達していけば、いつか私よりも上手になるかもしれませんね」
「そうなれるように頑張る」
凛音の役に立ちたい。凛音と対等になりたい。生きることへの不安はあるけれど、そう願う気持ちは本物だ。凛音のためなら、また頑張れそうな気がする。
朝食をおえた私たちは、身支度に取り掛かった。脱衣所の鏡で私は凛音の長い髪の毛をくしで梳いていた。
「ずっと気になってたんだけど、このウェーブってやっぱり天然なんだ?」
「生まれつきです」
「ずっとお姫様みたいだなって思ってた。やっぱり凛音って可愛いよね。凛音くらい可愛い人、一度も見たことないよ」
鏡越しに凛音をみつめながら、私は微笑んだ。美人は三日で飽きるっていうけれど、一生みつめていても飽きる気がしない。
凛音はぽっと顔を赤らめている。その反応がいじらしくて、なおさら私は凛音のことが好きになってしまう。我慢できなくて、私は凛音の頭にキスを落とした。
凛音は目をそらして顔を真っ赤にしている。でも逃げようとはしなかった。
私は髪を梳くのをやめて、後ろから凛音に抱き着いてみた。鏡の中で凛音は視線をさまよわせている。昨日はあんなに恥ずかしいことをしたくせに、こんなにも恥ずかしがるなんて、可愛い。
「……恥ずかしいです。鏡があるから、顔、みえちゃうじゃないですか」
「もっとみせて。凛音の可愛い顔」
「……美海さんのえっち」
もっと恥じらってほしい、なんて思ってしまうのだ。
私はそっと凛音の白くて可愛い耳たぶに舌を伸ばした。その瞬間、凛音は目を見開いて鏡越しに私をみつめた。
「な、なにしてるんですかっ」
「凛音の耳たぶぺろぺろしてる」
唇ではさんで吸って舐めて。そのたび、愛おしさが膨れ上がってくるようだった。
「……んっ」
突然、凛音がいやらしい声を出して、私は驚いた。凛音は口元を手で隠して、耳まで真っ赤にしてしまっている。
「……美海さんの変態」
「ご、ごめん」
気まずくなった私は、ハンカチで唾液まみれになった耳たぶをふき取って、また髪の毛を梳きはじめた。すると凛音は目線をそらしながらつぶやく。
「……でも、普段からもっとえっちなことしてもいいんですよ? えっちなことって、大切だから、したくなるんだと私は思ってます」
「でもいきなりそういうことするのはやっぱり、不安というか。気分が乗らない時とかあるでしょ? したくないのにさせちゃいそうで不安なんだ。昨日はさ、なし崩し的にしちゃったけど……」
「だったら約束しませんか? それなら問題ないと思うんです。お互い、あらかじめ合意しているわけですから」
「……でも」
黙り込んでいると、凛音は切なそうな声色でつげた。
「やっぱり、私と幸せになるのは怖いですか?」
「……ううん。もう、怖くない。大丈夫だよ。約束しよう。いつする?」
私が作り笑いを浮かべると、凛音はとても嬉しそうにつげた。
「今日の夜とかどうでしょう」
「えっ!?」
いくらなんでも頻度が高すぎやしないだろうか。昨日したばかりなのに。でも断れば嫌がってるって思われてしまいそうで嫌だ。「分かった」と告げると凛音が顔を真っ赤にしながらささやく。
「私、ずっと我慢してたんです。昨日の夜だって同じベッドで、もう、おかしくなりそうなくらい我慢してたんです。本当は美海さんのこと襲いたくて襲いたくてしかたなくて……。だから本当に嬉しいんです」
顔がとても熱くなる。そんなに、私のこと求めてくれてるんだ。嬉しいような、恥ずかしいような。でも悪い気は全然しない。
「凛音。終わったよ」
「それじゃ次は私が美海さんの髪の毛を整える番ですね」
今度は私が前に立つ。凛音はくしは使わず、手ぐしで丁寧に整えてくれた。私はショートヘアだからそんなに時間がかからない。
私たちは脱衣所を出て、寝室でパジャマを脱いだ。
凛音は昨日あったことのせいで、なおさら私を性的に意識し始めたのか、じっとみつめてくる。私としても恥ずかしさよりは嬉しさの方が勝っていたから、とくには咎めない。それに私も結構、凛音のことをみてしまっている。だからお互い様って感じだ。
ブラウンのシャツに黒のショートパンツを身に着け終わると、凛音はミニスカートの白いワンピースに着替えていた。昨日のロング丈のワンピースとは違って、かなり目のやり場に困る。
「どうですか? 美海さん」
凛音はくるくると回って、スカートを浮き上がらせていた。スカートがめくれあがってしまいそうで、なんだか嫌だ。凛音はただでさえ可愛いのだから、こんな格好をすればみんなの視線を引くはずだ。……私以外に肌なんて見せないでほしいのに。
でも凛音が着たがっているのなら、口を挟むべきではないのかな……。
悩んでいると凛音は不安そうな顔をしていた。
「似合ってないでしょうか?」
「そんなわけないよ。すごく似合ってる。でも、ちょっと露出が多いというか」
「これくらい普通だと思いますけど……」
凛音は首をかしげていた。なんでこんなに無自覚なのだろう?
「普通じゃないよ。私の格好みてよ」
「よく似合ってて可愛いです」
「そうじゃなくて。凛音もせめて私と同じくらいのにしてよ」
「……分かりました」
凛音はしょんぼりした表情でワンピースを脱いでいく。
「似合いませんよね。こんな格好。私、顔は可愛いですけど、スタイルはそんなに良くないんです。美海さんはスレンダーだし足も長いですよね。羨ましいです」
「違う。そんなのじゃない。私以外に、みせないで欲しいの。そんな、可愛い姿」
凛音はワンピースを脱ぎかけの状態で、顔を真っ赤にして私をみつめた。そのせいでバランスを崩して倒れてしまいそうになる。私は慌てて、凛音の肩を抱きよせた。
至近距離で見つめ合う。私は思わず目を閉じた。どうしよう。独占欲むき出しな言葉、ぶつけちゃった。顔が熱をもち、恥ずかしさに額が汗ばんでくる。
でも聞こえてきたのは明らかに恍惚とした声だった。
「……今からえっち、しちゃいます? そしたら美海さんだけに可愛い姿、たくさんたくさんみせてあげられますよ?」
胸がうるさい。目を開けるとすぐそこに、艶めかしい表情の凛音がいる。我慢しないといけないって分かってるのに、あまりに誘惑が強い。
我慢できなかった。
私はそのまま凛音をベッドに押し倒してしまった。そして覆いかぶさるように唇を重ね合わせる。当然のように絡み合う舌から甘い刺激が伝わってくる。気付けば私は凛音のブラをずらそうと、胸に手を伸ばしていた。
でもそのとき、凛音のスマホが着信音を発した。
私はすんでのところで正気を取り戻し、凛音から体を離した。蝉の鳴き声が聞こえてくる。凛音は紅潮した頬のまま、物欲しそうに私をみてくる。でも私が背中を向けるとすぐに電話に出ていた。
「……うん。二人で行って欲しい。……うん。大丈夫だから。一緒に料理したりしてる。楽しいよ。……うん。幸せ。これまでの人生で一番幸せだよ。本当だよ? ……うん。それじゃあそろそろ電話切るね。ばいばい。お母さん」
電話を切った凛音は、はだけた衣服のまま、すぐに私の隣までやって来た。
「続き、しちゃいますか?」
蠱惑的な声に頷いてしまいそうになるけれど、なんとか首を横に振る。
「だ、だめだよ。こんな朝からなんて、退廃的過ぎるからっ」
「残念ですが分かりました。健全にデートしましょうか」
私たちは顔を赤らめながら、衣服を整えるのだった。
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