言い訳して、良いわけ?

羽弦トリス

社会の波は、時折人間を助ける【KAC20237】

俺の名は佐藤健二43歳。結婚しており、5歳年下の嫁さんと中学生の子供が2人いる。

働き盛りである。今日は大事なプロジェクトのプレゼンの日。

俺は山田建設営業二課の主任である。

部下の清水と数週間前から取り掛かっていた大仕事だ。

今日は、何時もより早く家を出た。それでも、妻はお弁当を作っていてくれた。

作り置きの朝ご飯は、オムレツでケチャップで、『がんばって!』と、書いてあった。

俺は嬉し泣きした。絶対このプレゼンを成功させ、総工費約25億円の工事を受注させるのだ!

朝、6時半電車に乗った。運良く座席に座れた。

15分後……ウッ!ウンコがしたい。まだ、6時45分過ぎだ。間に合う。

俺は途中下車してトイレに駆け込んだ。

……ふぅ、間に合った。まだ、時間に余裕がある。ゆっくりケツでも拭いて……な、ないっ!

トイレットペーパーが切れていた。

どうしよう……。

すると、隣のトイレの壁からノックされた。

「な、何ですか?」

「す、すみませんが、トイレットペーパーを分けてもらえませんか?この、下の隙間からトイレットペーパーをくぐらせて下さい」

「す、すいません。こっちも、トイレットペーパー切れなんですよ!」

「な、何だって!今日は大事な会議があるのに!」

「ここのトイレには、ウォシュレットもありませんしねぇ」

俺はカバンの中を隈無く探った。


あった!


ポケットティッシュが!


「アハハハハ。私は大丈夫です」

「な、何だと!……ま、まさかポケットティッシュか?」

「はい。そうです」

「半分分けてもらえないだろうか?1万円で!」

「その手には乗らん。今日は大事なプレゼンなんだよ!オッサン」

「大事な、プレゼン?……ま、まさか、丸のトルネードビルか?」

「……な、なぜオッサンが知っている?」

「もしや、君は山田建設の人間か?」

俺は恐れ戦いた。だが、状況はこちらが有利だ。

「オッサン、施工依頼者のL&Bの担当者か?」

「ウハハハハ、どうやら立場が逆転したらしいな?ワシはL&Bの専務の武藤だ」

「む、む、武藤さん?」

「あぁ~そうだ」

「じゃ、取り敢えず本人確認と言うことで、名刺交換を!」

「仕方ない。そうしよう」

確かに、声の主はL&Bコーポレーションの専務取締役の武藤幸太郎であった。

「佐藤健二君。取引しないか?君がポケットティッシュを分けてくれたら、トルネードビルとは違い、保育園の建設の入札価格をぼやいても良いぞ」

「俺は騙されん。ティッシュペーパーもらったらトンズラする気だろう?」

「も、もう、ワシは時間がせまっとる。じ、じゃ、トルネードビルの入札価格をぼやくぞ。23おっほん、5ごっほん。だ!」

「23億5000万だな」

「早く、ティッシュを」

俺は、ティッシュペーパーの半分を武藤専務に渡した。

俺も拭いた。ちょっと爪の中に入った。


ガチャッ!

ガチャッ!


「初めまして、山田建設営業二課の佐藤です。今日は宜しくお願いいたします」

「うん。ワシはL&Bコーポレーションの武藤だ。この事は絶対他人に漏らすなよ!」

「はいっ」


「おはようございます」


しーん


「だから、てめえは仕事取れないんだよっ!清水!何年目だっ!入社してっ!プレゼン1時間前に資料のミスだとっ!」


「どうしたの?中野ちゃん。新垣課長が怒鳴ってるけど」

「佐藤さん、また、清水君やらかしたみたですよ。しかも、遅刻しちゃって……」

「俺も遅刻したよ」

「主任は、L&Bさんの専務と打ち合わせしてたんでしょ?」

「えっ!」

「さっき、電話があったの」

「そうか……」


俺は新垣課長に近付き、

「おはようございます、課長」

「お、朝早くからご苦労だったな、先方さんから連絡があってな」

「すいません。トイレが長引いちゃって」

「言い訳はいい。武藤専務とプレゼン前に何やら話したそうじゃないか。専務は言っていたぞ。『新垣課長は良い部下に恵まれて』ってなぁ、ガハハハ。しかし、清水、お前は精神がたるんどる。ネクタイも歪んでいる。服装の乱れは精神の乱れだ!後、何分で資料差し替えられる?」

「さ、30分で」

「15分でやれっ!」

「しかし、30人分の資料ですから、私だけでは。しかも、資料はミスではなく、L&Bさんの報告書自体の数字のミスなんですが」

「言い訳はするな!」

「俺も手伝うよ」

「なぁ~に、佐藤君。君はゆっくりプレゼンのセリフを確認しなさい。俳優になった気持ちで」


「ねぇねぇ、中野さん。佐藤さんだけ、あんな待遇で良いわけ?」

「田淵君。佐藤さんは、たまに馬鹿な事をするけど、大きな仕事は必ずゲットする天才よ」


午前10時。佐藤のプレゼンが始まった。

「えぇ~、弊社と致しましては、街の中に森を作る感じで、木製の体育館完備のトルネードビルを建築し、耐震施工も……」


午前11時半にプレゼンは終了した。

武藤専務は、去り際に佐藤の尻をポンと叩いた。

佐藤はにっこりと笑顔になった。

清水は涙を流していた。資料の差し替えが間に合い、先輩の見事な仕事に感動したのだ。


入札日。

山田建設は23億5000万円で、トルネードビル建築の施工会社に決まった。

佐藤には、特別ボーナスで200万円、清水はそのサポートで80万円を会社から贈られた。

「田淵君、ほらね。佐藤さんは言い訳しても良いわけ分かったでしょ?」

「はい。中野さん今夜、佐藤主任主催の飲み会があるんだけと行きますか?」

「もちろん」


佐藤は、あの日、下痢になった事を神様に感謝している。

実は、朝食べたオムレツの卵が賞味期限切れだった事は妻にしか分からない事であった。

塞翁が馬とはこの事を指しているようだ。


終わり

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言い訳して、良いわけ? 羽弦トリス @September-0919

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