再会、そして…

神在月ユウ

朝を迎えた

 一条達也は目を覚まし、ゆっくりと目を開けた。

 まだ頭がぼうっとする。酒のせいだろうか。それにしては夜中に目覚めることなく、朝まで眠り続けたようだ。

(何時だ……?)

 達也は枕元に置いてあるはずのスマートフォンを手探る。

 

 むにゅ


 やわらかい。

 温かい。しっとりと吸い付く弾力が心地いい。

「んん……」

 声?吐息?

 ありえない。ひとり暮らしの部屋で、自分以外の声などと。


 ―――ひとり?


 目の前に何がある?

 ベージュの色に、まずは気づく。

 並行して、昨日の出来事が徐々に思い出される。


 先輩から恒例の週末飲み会に誘われ、その帰り、10年ぶりの幼馴染みの高橋美咲に再会した。それから少しバルで話をして、終電ないから泊めてと言われ、家に着いたらシャワー貸してと言われ、彼女のシャワーの音に悶々として、そしたらバスタオルを巻いた姿が—――


 現実を認識する。

 隣に、その幼馴染みが眠っている。


「うわぁっ」

 達也は毛布を跳ね上げて驚く。

 カーテンの隙間から、陽光が差して、同じベッドで眠っている美咲の髪を栗色に染めていた。

 毛布を跳ね上げたことで、彼女の全容が露わになる。

 達也に背を向けて横向きに眠っているのだが、うなじから肩甲骨、腰へのなだらかなくびれのラインに続き、ヒップの形もくっきりと―――

 がばっと毛布を彼女に掛け戻す。

 そして、自分も同じく全裸であることに遅れて気づく。

(え?何が?まさかこんな、え?どっきり?まっさか~。どんな勘違いネタだよ~)


 美咲の長い睫毛が揺れる。

 ゆっくりと瞼を開け、ゆっくりと、達也を見上げる。

 二人の目が合う。

 しばし無言のにらめっこが続き、


「おはよ」

「……あ、ああ。おはよう」


 ぎこちない挨拶。

 なんだこの空気は。


 挨拶の後、美咲は自分の格好に気づき、毛布を引き上げて顔半分を隠す。

「……しちゃったね」


 まじか!

 しちゃったって、つまりしちゃったってこと!?

 達也はまだ混乱状態だった。


「なにその顔」

 美咲は毛布から口元を覗かせる。

「覚えてないとか言わないでよ」


 達也は昨夜の出来事を思い出す。

 いや、正確にはずっと覚えていた。

 ありえないと、そんわわけないと思っていただけで。

 昨夜、確かに達也は美咲を抱いたのだ。

 お互いアルコールが入っていた。

 その勢いで。


「ごめん!」


 達也は咄嗟に頭を下げた。

「え?」

 対して、美咲は突然の謝罪に面食らった。

「酒の勢いとはいえ、こんなことになっちゃって!でも、責任は取るから!」

 起こってしまったことは、もう謝罪するしかない。

 でも、これからのことも、しっかりと誠意を見せなければならない。


「ふざけないで」


 対する美咲の声は、先ほどの照れ交じりの時よりも幾分か温度が低い。

「責任取るって、しょうがないから、なの?」

 言われて、今度は達也が面食らう。

「お酒の勢いだから、あたしと、しちゃったの?」

 その声は、少し震えていた。

「達也は……」

 つい数時間前、お互いに「達也」「美咲」と呼び合った。

 達也はまだ呼び慣れない。

 美咲からの呼びかけには躊躇いが感じられない。そこが少し悔しい。


「達也にとって、あたしって、なんなの?」


 達也はまだ、何も言えない。


「あたしは、久々に会った顔見知りで、お互い大人で、裸を見て興奮したから、ただ、それだけのことだったの?」


 美咲の唇が、強く引き結ばれた。


「俺は……」


 達也は何を言えばいいのかわからないまま、


「俺……」


 もうどうにでもなれ。

 とにかく、こんな顔をしてほしくない。

 何を思われようと、自分が恥をかこうが、美咲の言う「しょうがない」を否定しなければと、それだけを思った。


「小学校のころから…、み、みさき、のこと……好きで、でも、ずっと言えなくて」


 恥も外聞もなく、自分の顔が熱くなっていることを自覚しながら、


「友達に『高橋のこと好きなんだろ』ってからかわれて、それが恥ずかしくて距離を開けて、でも好きなことは変わりなくて……」


 理路整然とした説明なんてできない。


「中学に上がって、すごい、その、女の子っぽくなって、漠然と、付き合うこと想像したりとかして、でも、もし俺のこと好きじゃなかったら、辛いから、怖くて、声かけるのも、なんか、いろいろ理由つけて、言い訳して、正当化して……」


 自分は彼女に、高橋美咲にふさわしい人間じゃない。

 自分じゃ彼女を幸せにはできないから。

 自分なんかじゃ、彼女に恥をかかせてしまう。

 他の、もっとふさわしい人がいるはずだから。

 自分は、高橋美咲のことが好きだからこそ、彼女の幸せを願って身を引いている。

 そう、好きだからこその行動なんだ。

 それが正しいんだ。


 そう、言い聞かせてきた。

 気持ちを伝えられない、勇気のない自分を正当化する、都合のいい言い訳を。


 今、彼女は「しょうがないから」と、「責任を取る」なんて言葉を使ったことに対して、怒り、震えている。

 その態度から「希望」を感じて、それを最後の一押しに、達也は大きく息を吸い、


「俺と、付き合ってください。美咲のこと、ずっと好きでした!」


 また、頭を下げた。

 しかし、今度は意味が違う。

 許しを請うのではなく、自分の吐き出した気持ちを受け取ってほしい。

 そう願った結果だった。


「…………」

 無言が続く。

 苦しいと、達也は先ほどまでの美咲同様、唇を強く引き結ぶ。

 一回やったくらいで彼氏面するな、とか言われるだろうか。

 さっきまで、美咲も自分のことを好きかも、と思っていたことが自惚れだったのではないかと不安になる。

 顔を伏せたのだって、蔑みの目を向けられるのが怖くて直視できないという理由もあった。


 微かに、衣擦れの音がした。


 バチンッ

「あいたっ」


 頭をはたかれた。

(え?なになにどうしたなんだ!?)

 達也は再び困惑して、下げていた頭を上げた。


 上半身だけ起き上がり、毛布で体を隠しながら、そっぽを向く美咲は、


「遅いよ、ばか」


 小さく、呟いた。


「え?それって―――」


 美咲は顔の向きを少し戻し、視線だけを達也に向けた。


「10年分の、離れてた間の分、これからたっぷり埋め合わせてもらうから」


 美咲の顔が、達也に近づいてく。

 不意に、キスをされた。


 唇に、ではなく。

 頬に。

 そっと触れるような、どこかぎこちなさを感じるような。

 まるで中学生がするような、こそばゆいキスだった。



「これから、よろしくね?」

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再会、そして… 神在月ユウ @Atlas36

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