【KAC20237】いいわけをしているとき隣には幽霊がいる

天鳥そら

第1話誰のいいわけ?

 草加靖くさかやすしは、陰陽師の末裔だ。祖父や母は色々術が使えるが、靖には陰陽師らしいことはまったくできない。できることといえば……。


「いや、これ俺のせいじゃないし。時計が壊れてたせいで、時間を間違えただけで別にデートの約束を忘れてたわけじゃ……」


「時計がなくてもスマホあるでしょう?いいわけしないで!」


「いや、そのスマホも調子悪くて」


「苦しいいいわけやめて!」


 俺が高校に向かう途中、朝っぱらからけんかをしているカップル。どちらも同じクラスの生徒だ。デートをすっぽかしたらしい同級生男はいいわけを重ねつつ、次のデートの約束を取り付けようとする。


「前の約束だってさ、すっぽかしたじゃん?本当に私と付き合う気あるわけ?」


「あるある!だって、もう俺ら、彼氏彼女の関係なわけだし」


「まだだっつーの。友達からはじめようって言ったでしょ?信じらんない!絶対、付き合ったりしない!」


 どうやら付き合っているわけではなかったらしい。完全に頭にきている女子は、相手の男子を殴らんばかりの剣幕で怒鳴りつけると去っていく。


 人気のない公園、しょんぼりとしている男子、どこにでもある風景だ。特に問題もなく、仲が良いわけでもなく、正直どうでも良いと思った俺は、そのままスルーしようとした。


 背筋がぴりりっとする感覚に顔をしかめた。しょぼくれてる男子の方を半眼で見つめる。目つきが悪いと言われるが、しばらくの間はこうしていないと、目当てのものが視えるようにはならない。


 しばらくして、うすぼんやりと女性の姿が浮かぶ。金髪なのは染めているせいだろう。色は白いが、化粧をしてるせいかもしれない。春でも肌寒い季節だ。なのに、胸の開いた真っ赤なドレスを着ていた。水商売の女性だと察しが付く。女性の年齢はわからないが、同じ年ごろではないかと感じた。


 女性がこちらをちらりと向いたが、すぐに視線をそらして男子にかがみこんで何かをささやき続けていた。


「こっちにこないか」


 幽霊に気がつく人間は少ない。視える、わかる、声が聴こえるとなると、こちらに興味をもつというのに、靖を気にした様子がまったくない。


「本格的に、とりつこうとしてやがる。厄介だな」


 めんどくせーという態度を隠しもせず、俺は黄昏ている男子の方へ向かった。


「ねえ、大丈夫?同じクラスだよね?」


 話しかければはじかれたようにこっちを見る。女の方はにらみつけるように俺を視た。


「もしかして、全部聞いてた?」


(邪魔しないで。私、この人のこと気に入ってるの)


「悪いな。このあたり、通るんだわ。で、約束すっぽかすって珍しくない?」


(珍しくもなんともないわよ。約束は破ってなんぼでしょ?どれだけ、あの男に貢いだか)


 参ったような表情の男子の目の下にはクマがある。クラスメートなだけで親しくはないが、クラスでも評判の男子だ。約束は守るし、優しい、成績が良くて、イケメンとはいえないが、人好きのする印象の良い男子だ。当然、教師の覚えもめでたい。


「うん。約束、破るなんて俺にとってはありえないんだよ。しかも彼女になってほしい子だよ。何があったって必死で守るさ」


(うそつき。うそつき。口ばっかりよ。いつだって、できない約束ばかりで、持っていくのはお金と一晩の快楽。心のこもった約束なんてちっとも守ってくれなかった)


 男子の顔つきが暗くなる。それと同時に、女の表情が険しくなっていく。鬼にでも変化しそうな勢いだ。


「なんかさ、いいわけも増えたって女子が噂してたし、先生も困ってたよ」


「ああ、いいわけだって、する気はないんだよ。なのに、口からするする出てくるんだ。どうしてだろう」


「俺にはどうしてかわからんけどさ。よければ、これ、やるよ」


 鞄の中から取り出した淡いピンク色の小さな袋。ほのかに梅の香りがする匂い袋だ。


「何これ?」


「アロマテラピーっていうの?おかんが作り過ぎてさ、俺にももってけっていうんだよ。男だって香水つけるんだからとかなんとか」


「アロマとかハンドメイドとか好きなんだ。うちのお母さんもそういうの好きだよ」


 男子の顔がほころぶ。男子が匂い袋を受け取ったとたん、ぎゃあっという声がした。穏やかな表情で香りをかぐ。


 もちろんただの匂い袋じゃない。梅の香りは本物だが、厄除け、退魔とそこらへんの霊になら効果的だ。いわばお守りなのだが、お守りらしい見てくれじゃない。おかんいわく、お守りらしいお守りはかわいくなくてダサいそうだ。


「いいね。梅の香りってさわやかで」


「なんかさ、次はうまくいくといいな」


「ありがとう」


 何度か香りをかいだ後、すぐに学校に向かうと言って歩いて行った。一緒に行こうと言われたが、ちょっと用事があるから後から行くよと笑う。


「遅刻するなよ」


「遅刻しそうだったらサボるわ」


 笑って別れたあと、静まり返った公園の中で口を開いた。


「もう、やめね?そのままだと取り殺しちゃうんじゃない?文字通り、浮かばれなくなるよ」


 幽霊を視れば、これまでの行いがぽんとわかる。ただのイタズラか、何かを訴えたいか、はたまた質の悪い悪霊か。まだ、取り殺すまではいっていないが、取り殺す気満々の気配だ。ちょっと怖い。


(もう、遅いわよ。本当に取り殺したい相手にはなかなか近寄れないから、他の人で練習して力をつけて取り殺そうと思ったの。さっきの人は練習台!)


 ぼんやりと姿を現した女は、靖を取り殺したいと言わんばかりの表情を浮かべている。


「取り殺せなかったんだ?」


(あの野郎。お払いに行って、お守り持ったりするようになったのよ。強い霊能者のお札とかね、家の中に貼りまくってるの。あいつが私を殺した後すぐによ。信じられる?人のこと殺しておいて、自分が祟られるのを怖がってるの。笑えるわよね)


 朝の穏やかな日差しが差しこんでいるが、空気が冷たい。靖は思わず両手をこすりあわせた。


「刑務所にいるわけじゃないんだね。もしかして、あなたの遺体、みつかってないとか?」


(わかる?私、身寄りがいないからね。友達が捜索してくださいって言ってくれてるんだけど、私、二十歳になってたからさ。大人の捜索に関しては真剣に対応してくれないの)


 雲が動いて日差しがさえぎられる。黒い雲からふきつける風に雨のにおいがした。


「そいつが捕まって、あなたの遺体がみつかって供養されたら、取り殺すのやめて成仏しない?」


(できるわけないじゃない。ちょっと視えるくらいでさ。あんた、何様なの?)


「まあさ、俺には大した力はないけど、家族がものすっごい強い力持ってるし、警察や政治家ともコネがある。今までにも何度か事件解決に協力したしね。俺と一緒に来てくれたら、あなたのこと、なんとかできると思うよ」


 半信半疑な目が向けられるが、気配が穏やかになっている。自分を殺した相手を取り殺したいのは、罪を償ってもらいたいからなのだろう。少なくとも、取り殺すことに執着しているわけではないようだった。大きくため息ついて今来た道を戻り始める。後ろに気配を向けると、女が後をついてくるのがわかった。


「あ~あ。今日はサボりだな。いや、家庭の都合ってやつで休みだ。あとで、親に連絡入れてもらおう」


(それ、いいわけ?)


「いや、事実だろう」


 くそ真面目な顔の俺に、女の表情がかすかにゆるんだ。黒雲は雨を降らすことなく流れていく、もしかしたら、どこかで虹が出ているかもしれない。




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20237】いいわけをしているとき隣には幽霊がいる 天鳥そら @green7plaza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ