「言い訳は要らないっ!!」
夕奈木 静月
第1話
「そこを何とか! もう一度チャンスを下さい~っ!!」
うちの社長、中田が絶叫した。
取引先のCEOは表情一つ変えずに条件を出してくる。
「部品一つにつき、あと2円、単価を下げられるのなら構わないぞ」
うちの会社は下請けのまた下請けみたいなものだ。好きなように使われている。でも要求をのまなければ契約は解除だ。
有利な立場を使って圧力をかけてくるCEO。
わが社の会議室は紫煙とため息で満たされ、この場にいる全員が重苦しい雰囲気に押しつぶされそうになっている。
「無理なら、君たちとはもうお別れ、だな」
CEOは鼻で笑った。
「そこをなんとか――」
言いかけた中田をさえぎるように、けたたましい着信音が鳴り響いた。
しかも流れてきたのは、あろうことか閉店時に客の追い出しのために使われているあの曲だった。
誰かのスマホから爆音で再生されていて、しかも止まる気配がない。延々とリピートされている。
まるで『契約などいらない、さっさと帰れ』と言わんばかりで、この場に最もそぐわない曲だった。CEOの額に血管が浮かび上がってくる。
焦った中田が顔を真っ赤にして叫んだ。
「誰だっ!? 早く止めろ! なにしてんだあっ」
だが、どうやら社員はみな、仕事の負担ばかりが増える契約なんて破棄してしまえと思っていたようだ。
「ぷっ……」
笑いを抑えきれず吹き出してしまう者、ニヤついた顔を中田に見られたくなくてそっぽを向く者、など笑いをこらえるための阿鼻叫喚の光景が広がる。
「せ……静粛に! それからスマホの所有者はすぐに音を止めなさい!」
進行役が必死の形相で叫ぶ。
「も、申し訳ありません、CEO。どうか最後のチャンスを、単価一円引き下げでなんとか頂けないでしょうか……?」
平身低頭、中田が必死で懇願した。曲の再生もようやく止まったようだ。
「次はないぞ」
ドスの利いた声でCEOが威嚇する。
が、またすぐに着信音が響き渡った。
「バカ野郎!! なにやってんだあっ!」
中田の絶叫が会議室に轟く。
「申し訳ありませんっ……! これは手違いでして……」
振り返り、素早くCEOに向けてぺこぺこ謝罪する中田。
「言い訳はいらない! 契約は解除だ!」
CEOは怒りもあらわに帰ってしまった。
「いったい誰だ!? 言い訳はいらない! 反省しているのなら名乗り出ろ!」
中田がCEOの口調そっくりに、その場の全社員に怒鳴る。
「……言い訳はいらない、名乗り出て欲しければ給料上げろ」
それに対抗するように誰かがつぶやいた。
最初は誰だ、誰だ、と周りを見回していた社員たちだったが、やがて、
「「「言い訳はいらない、名乗り出て欲しければ給料上げろ」」」
地の底から湧き上がるようなシュプレヒコールが起こった。
「な、何してるんだ、こんなことをして
中田は轟音にかき消されて誰にも届かぬ声でそう叫んだ。
「言い訳は要らないっ!!」 夕奈木 静月 @s-yu-nagi
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