成長?

(これが怒りと苛立ちってやつね。確か……そう。イライラする)


 真っ青な短い髪とサファイアのような瞳を持つヘレナは、その青さとは真逆の煮え滾る灼熱を腹の内に宿して、自室のベッドで寝っ転がっていた。


(隊長を軽視しすぎ)


 ヘレナだけでなく綺羅星全員が抱えている怒りの原因は、勝手に自分達の男であると認識しているジャックの扱いの悪さだ。


(基地の連中は隊長に近寄らないし、研究者共は未だに実戦なら私達の方が強いと思ってる)


 本来なら敵国を打ち破り続けている英雄として持て囃される筈のジャックだが……現実は違う。基地の軍人はジャックに話しかけることはなく、研究者に至っては綺羅星に勝ったのはあくまでシミュレーター上でのことでしかないと思い込んでいた。


(どうせ保身とか見栄、面子でしょ)


 “一応”人間の筈のヘレナはどうしてそうなっているかを理解しているし、一部は正解であると言ってもよかった。


 その過程に問題が多すぎるジャックは、メディアで大々的に取り上げると思わぬところで情報が流出、もしくは若干世間に疎い本人がぼろを出す可能性がある。そのため世間にはプロバガンダ用に用意された俳優軍人とでも呼ぶべき存在が、ジャックの戦果を丸ごと譲り受けて活躍していた。


 尤も、これにはラナリーザ連邦にジャックの居場所を特定させないための面があるので、俳優軍人については必要措置だった。


 そして綺羅星の開発者は、神の武器を振るう究極の戦闘生命体として彼女達を生み出したのだ。それなのに綺羅星が劣化品である筈のジャックに敗れるのは、研究者達にしてみればあってはならないことだった。


 だが、まだ完全に人間を理解できていないヘレナには見落としがある。


 恐怖だ。


 ギリア基地の軍人はジャックの戦果を知っているが、それでも近寄ろうとしない。


 ジャックが殺しすぎているせいだ。


 勿論怨敵ラナリーザ連邦の人間を殺したのだから、普通なら称賛されるべきだろう。だが機械のように淡々と、本当に淡々と敵の機動兵器に加えて超々大型旗艦級すら落としているジャックは優に千人。下手をすれば万の人間を殺害している。


 これがボタンを押して発射される大量破壊兵器の類ではなく、個人が機動兵器に乗り込んでの戦果、しかもれっきとした軍人達を戦いの中で屠っているのだから、尊敬の念を通り過ぎて恐怖されるのは当然だった。


(あーイライラする)


 しかし敵を殺すことなど、そのためだけに生み出されたヘレナにしてみれば当然のことであり、狩猟種族であった巨人族と神器の影響を受けている綺羅星にすれば、強者は称えられるべきなのだ。


(枕防御発動)


 身に収まりきらない苛立ちを覚えたヘレナは戯れに枕を頭の上に乗せ、まるで外の情報を遮断するようにして苛立ちを誤魔化す。


(どっか適当なタイミングで逃げる必要がある?)


 その枕防御とやらの効果があったのか、ヘレナは恐ろしい考えを巡らせる。


(負けてたら戦死。勝ったら用済みの可能性……あるわね)


 ほぼ自我なき人形だった筈のヘレナは、自分を生み出した祖国と敵国の勝敗がどうなっても、自分達は碌なことにならないと判断していた。


 なにせ負けそうになったら、援軍も補給もない状況で最激戦地に送られるのは目に見えている。そして勝ったとしても俗な者達が綺羅星の反乱を恐れて、バラバラな場所に配備されるだろう。


(それにどれだけ作るのに金がかかってようと、私ら絶世の美人ってやつみたいだし)


 自分達の美貌を自覚しているヘレナは、どこぞの高官が愛人として欲する可能性にも思い至っていた。ほぼその手の知識がなかった彼女が、こういった類の認識や発想ができているのだから、やはりバグのような成長としか言いようがない。


(逃げ込む候補は……やっぱ外領域?)


 ヘレナは万が一の場合に逃げ込む場所も考えていた。それがマルガ共和国やラナリーザ連邦が嘲笑、そして僅かな恐怖から外領域と呼称しているエリアだ。


 この外領域は巨大オーク、巨大オーガ、巨大ゴブリンなど、巨人族が獲物としていた存在達の勢力範囲であり、強力な飛行型のモンスター達も数多く生息している危険地帯だった。


 しかし、神々が巨人族に試練を与えるために作ったダンジョンも豊富であり、惑星シラマース開拓中期に開拓船団の一部がダンジョンの産物を独り占めする目的で、この外領域に国家を建設していた。が。微妙に上手くいき、微妙に上手くいかなかった。


 上手くいった点は、偶々飛行モンスター達の休眠期間に、一種のセーフゾーンとも呼べる怪物達があまり近づかない地点を発見して、そこを国家の首都として建設できたこと。


 上手くいかなかった点は、利権を吸い取る立場だった者達にすら、全くその余裕がないほど外領域に住まうモンスター達が強力だったことだ。


 セーフゾーンで発展中は良かった。なんだ、思ったよりも簡単ではないかと国家は成長し続け、最早引き返せないほど順調にリソースを費やすことができた。しかし、セーフゾーン内での拡張が限界に近づき、モンスター達の生存圏と重なってしまうと情勢は一変した。


 積極的に攻勢を仕掛けてきた、十メートルのゴブリンの群れ、二十メートルのオークの群れ、三十メートルのオーガの群れ。空を飛ぶ大小様々な飛行モンスター。それらによって外領域のセーフゾーンに点在する国家群はダンジョンの独り占めや、利権の吸い上げなど言ってられない状況に陥り、人間にしては珍しく互いを殺し合わず団結して怪物達と戦っていた。


(どうも私らと価値観が近いっぽいのよね)


 ヘレナは外領域に関する資料を見て、ある程度の文化も知っていた。


 比較的穏やかに地点に入植して、元気に人間同士で殺し合っている地域に比べ、外領域は強さこそが尊ばれる原始社会に逆戻りしかけており、怪物達にある意味で鍛えられたせいで神器の適応者もそう珍しくない。


 そしてあまりの危険地帯故に他国との関わりもほぼないため、惑星シラマース中から訳ありの人間が逃げ込み、他所では重犯罪者のくせに外領域に住まう人間のために戦っている者が存在していた。


(とりあえず負けそうになったら逃げ込むのは確定。勝ってる場合は、上の反応を見極める必要がある)


 ヘレナはそんな外領域のことを思い出しながら、今後の予定についても一人考えを巡らせるのであった。


 ◆


 ヘレナが危険な発想に至っている中、我関せずなのがケイティだ。


(服装に関する知識も増えましたね)


 一部の綺羅星から勝手に末っ子認定されているケイティが、ある意味で危険な発想をしていた。


(売店で売っていた雑誌の表紙は間違いなく有用な筈)


 ケイティは自室で片手腕立て伏せをしながら、売店で売られていた雑誌を思い出していた。


 綺羅星は一見すると柔らかそうな体を持つ女性だが、実際は神器の力と調整された肉体が合わさって、人類の範疇を超えた肉体スペックを誇る。そのため、ケイティは普段のジト目を全く歪ませることなく、楽々と片手で腕立て伏せを行うことができるのだ。


 話を戻さなければならない。


 ケイティが思い出していた雑誌とは肌面積の大きい写真が表紙のもので、規律が緩んでいるマルガ共和国軍内では普通に販売されていた。


(きっとあれが男の好む服装なのでしょう)


 ジャックと共に売店で買い物をしていたケイティは、その雑誌に男性兵士の視線が集中していたことを見抜き、男の思考についても妙な学習をしていた。


(つまりジャック隊長も好むということ)


 そのせいでジャックもその類の服装を好むという勘違いが発生した。


(どうもあの人は女に対する感情が薄いから、必要なことはしないといけない)


 その上更に、ジャックは人間味がなかったケイティにすら、女に対する執着が薄いと思われていた。これをジャックが知れば、苦笑しながらそんなことを考えれる環境じゃなかったと説明するだろう。


 戦って戦って、ただひたすら戦い続けた男にその余裕などあるはずもなく、施設の仲間達以外の人間関係もほぼない。何度か述べたが、人並みの感性を維持しているだけでも大したものである。


(だからあの雑誌を参考にして私も水着? というものを購入しよう)


 なにが、なのか常人には理解できないだろうが、女に対する欲が殆ど無いのではと思わされるジャックに対し、ケイティは衣装を武器にして迫る発想に至った。


(日課は終了。今日はアイスを食べよう)


 軽いストレッチを終えたケイティは身を起こして冷凍庫を開けると、かつて食べたアイスと同じものを取り出した。


(甘い)


 それを口に運んだケイティはジト目を僅かに緩めて、甘さに加え仲間達と初めて食事をした思い出に浸る。


 流石に毎日ではないが、綺羅星全員の冷凍庫にアイスが収められており、ケイティと同じように気が向いたときに食していた。


(できれば面倒ごとは御免なんですがね)


 だがアイスを食べ終えたケイティは、すぐに現実的な思考に戻って、先行きの不透明さに顔を顰めた。

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