April Fool・巨大幻想世界~敗戦の責任を取らされて生贄に選ばれましたが、付き合ってられないので部下の強化人間達と逃げ出します。え? ヤンデレ?~

福朗

プロローグ 少し先の彼と彼女達

「ねえダーリン。キャロルのおかげであったかいでしょ」


「寧ろ熱いんだが……」


 薄暗い一室。ベッドでは太陽のような明るい笑みを受けベている女が、長い金の髪をかき上げながら、自分の下にいる男に甘えている。


 しかし、綺麗に折りたたまれているものと、床で散らかっている装備を合わせると全部で七人分だ。


「熱いですか? お熱は……ありませんね」


 眼鏡をかけてぽわんとした雰囲気の女が、桃色の髪を揺らしながら自分が膝枕をしている男の額に手を当てて、どこか的外れな返事を返す。


「一部の蜜蜂は、団子状に集まって天敵を蒸し殺すらしいな。蜂球ほうきゅうだったか? キャロルに抱き着かれ、ミラの膝枕で熱いと言ってたら、私を含め後四人ベッドに潜り込むと死んでしまうな」


 足を組んで椅子に座っている怜悧な美貌の女が、長い茶色の髪を背中に流しながら男の死を予言する。


「ヴァレリー姉さん! 隊長が死ぬなんて縁起でもないことを言わないでください! それと私の服を知りませんか?」


 アメジストのような髪を乾かし終わった堅物そうな女が更衣室から出てくると、男の死を予言した姉に文句を言いながら自分の装備を探し始める。


「ちょっとケイティ、今の聞いた?隊長を殺す可能性が一番高いアリシアがなにか言ってるわよ」


 更衣室でドライヤーを使いセミロングの青い髪を乾かし始めた女が、気の強そうな青い瞳を細めて後ろのシャワールームに声をかけた。


「私たちに内緒で、二十四時間耐久デスマッチを企んでいたヘレナが一番だと思いますけどね」


「あ、あれは違うわよ!」


 シャワールームの扉を僅かに開けた表情に乏しい黒髪黒目の女が、ポタポタと水滴を落としながらジト目で人のことを言えない同胞をなじる。


「首筋が寒いだと? 流石に前線が突破されたなら大騒ぎになってるはず。まさかワープとか言わんだろうな……」


 突然男が起き上がると、朗らかに身内とやり取りをしていた女達が能面のような無表情になり、光が消えた目で男を凝視した。


「確かキラドウは調整中だったな? それなら俺が片付けるまで待っててくれ」


 男が最低限度の衣服の上にパイロットスーツを着用している横で、女は自分達の時間を邪魔した敵に対して憤怒を浮かべていた。


 ◆


「これはなんで!?」


 闇夜の空を舞う五機の白い機械巨人。ガランドウと呼ばれる全長十五から二十メートルほどの人型機動兵器のパイロットが絶叫を上げる。


 尤も人型とは言っても彼らのガランドウ、機種名ターンオーバーエッグは、四肢も胴体も、そして頭すらも丸くずんぐりむっくりだ。これには訳があり、大気圏内において禁忌とされるワープ機能を搭載されているターンオーバーエッグは、機体とパイロットを守るために防御性を重視していた。


 なにせ、基地からワープしたはずの機体は四十機になるのに、無事ワープアウトできたのは五機という有様なのだから、実験段階で頑強さを求められたのは当然だろう。尤も、他の機体は全て大気圏内の不安定なワープ空間で押しつぶされたことを考えると、その防御性能とやらには疑問符が残る。


 だが、ワープ空間でひっくり返って孵る筈の卵、ターンオーバーエッグのパイロット達は、その実験段階のデータを知っているのに、決死の覚悟と信念を宿して自ら立候補した者達だ。


 彼らの思いはただ一つ。祖国ラナリーザ連邦に仇なし同胞を殺戮した怨敵達を、機体に乗り込む前に基地ごと始末する。これ一点。


 この愚かと狂気の発想で立案された計画が承認されてしまう程。そして、首都政府機関ではなく数人を殺すことに固執してしまう程、その存在達はラナリーザ連邦にとって忌むべきものだった。


 そして無防備な基地を奇襲して破壊するための最小値ギリギリの戦力は、宿敵であるマルガ共和国の基地と、そこに生身でいる怨敵達を抹殺する。


 筈だった。


「なんですぐ出るうううう!?」


 骨組みの羽のような推進装置がけたたましくも甲高い音を奏でながら、その光が真っ黒な機体を闇夜中で照らし出す。


 ガランドウの中でも全高二十五メートルという大型の部類の凶鳥が、ターンオーバーエッグに向けて地表から迫る。


 異相だった


 全体的にシャープな顔の右側の目は突き出た望遠用の伸縮レンズのようで、左側の目は広範囲を確認するために広い皿のようなカメラだった。


 更には太く逞しい右手には全高の半分はある流線型の長いレールガン、左手には武骨で角ばったマシンガン。脚にはミサイル発射装置や機銃、果ては右肩からだけ伸びる金や銀に光る装飾過多なキャノン砲。


   鋭角の肩で輝くエンブレムは道化服を纏った骸骨の死神が、21という数字になるように、歪んだ2の刃先と持ち手の1が組み合わさった大鎌を構えている。


「ブラックジョークがあああ!」


 ターンオーバーエッグのパイロット達がその忌み名を告げる。


 その規格が全く統一されず、異なる兵器会社から選んだ好みの装備だけを装着して、無理矢理出撃しているかのような機体こそが怨敵の筆頭。マルガ共和国が人型兵器であるガランドウのフラッグシップモデルとして生み出した最高


 名をフラッグシップジョーカーである。


『ねえお兄ちゃん! お楽しみの最中に、なんとなく首筋が寒いからって理由でコックピットに乗り込んでたのを敵が知ったらどんな顔するかな!』


「お兄ちゃん言うな。それと絶対そのことは余所で言うなよ!」


『えー! 大手出版社に垂れ込む予定だったのに! スクープ! 夜に白兵戦が勃発するも英雄は無残な敗北! 逃げ場は愛機の操縦席だけ!』


「大馬鹿野郎!」


 正式にはフラッグシップジョーカーだが、敵味方問わずブラックジョークと呼ばれる機体の操縦席で、妙に幼い少女の声と男の怒鳴り声が響く。


『あっ! 小型ミサイル接近、数五十!』


「二桁足りないな!」


 幼い少女の声が男に警告する。ずんぐりむっくりなターンオーバーエッグの腕部装甲がスライドして、その下から内蔵されている小型ミサイルが発射されたが、男にしてみれば鼻で笑う程度でしかない。


 ブラックジョークの手に装備されたレールガン、マシンガン、そして胸の固定装備である小口径の近接防空火器が合わせて五十五発発射された。


 発砲炎と共に回転する鋼鉄の弾丸が発射されて空を切り裂き、ミサイルの鏃と夜空で激突。両者は運動エネルギーのぶつかり合いで拉げながら炎の大輪を咲かせ合う。それが五十回。


 残り発射されたのは五発。電磁式のレールガンから発射された五つの魔弾が、五機全てのターンオーバーエッグの腰をするりと通り抜ける。その結果ターンオーバーエッグの腰から火花が散り、電力系統が破損して推進装置の出力が落ちた。


「どうして!?」


 空から落ちるターンオーバーエッグのパイロット達が、忌まわしき発想の愛機の中でシェイクされながら悲鳴を上げた。


 どうしてもこうしても、悍ましい発想での奇襲に特化しているターンオーバーエッグの取り柄は、そのワープ機能と頑丈さだけで、ガランドウとの戦闘は考慮されていない。なにせ外部の武装はワープ空間で爆散することが予想されていたため、彼らは内臓されている火器で基地を攻撃するしか能がない専門兵器なのだ。


 つまり迎撃のガランドウが出撃している時点で前提から破綻していたが、機体の強度はしっかりと役割を果てしていた。


「えらく硬いな」


 ブラックジョークのパイロットが顔を顰める。本来なら腰のど真ん中を貫かれたガランドウは、上半身と下半身で爆発が起こるが、ターンオーバーエッグは落下しているものの爆発する兆候がない。


 だが、それなら二射目をするだけである。


「たすけ!?」


 再びレールガンが五度光ると、胸を貫かれたターンオーバーエッグはパイロット達の断末魔と共に爆散した。


「基地に影響はないな?」


『あれくらいなら直撃しても大丈夫だよ!』


「なら一旦地表に降りる」


 ブラックジョークのパイロットは、落ちていく敵機の残骸が地表の基地に影響がないと判断して、機体を地面に降下させる。


『あ!綺羅星の皆が出てきたよ! 出撃して二分くらいなのに早いね!』


「なぬ!?」


 男が上擦った声を出しながら、目を見開いて地上を映しているモニターを凝視する。そこには六人の女性が基地から飛び出していたが、男の焦りは戦闘時にはなかったもので、女達はさぞかし重要人物なのだろう。


 しかし……その半分ほどは軍の基地に似つかわしくない衣装だった。


「くそが! ぶっ殺す!」


 まず一人目の女性。腰まで流れる金の髪の上に、テンガロンハットを被っている女が、墜落したターンオーバーエッグの操縦席らしい部分を見つけると、そこへ手にしたクラシックなリボルバー拳銃を何度も発砲する。これはいい。髪と同じギラリとした金の瞳が闇夜で光り、歯をむき出しにした様は肉食獣のようだがそれもいい。


 だが、何故か上半身は黒い水着のビキニで暴力的なプロポーションを誇示し、その上から軍の黒いコートを上に羽織っているだけだ。しかも下に履いているのは黒いホットパンツで、全体的に布面積が小さすぎ白い肌を惜しげもなくさらしていた。


 ハッキリ言ってどこかの海水浴場から紛れ込んだような姿であり場違い極まりない。


「生きてたら拷問しなきゃ。解剖しなきゃ。いやその後で修理しないと」


 二人目の女性。一人目の暴力的なプロポーションに負けず劣らずの彼女は、黒のナース服とスカートを着込んで、その上から軍用のコートをまるで白衣の様に羽織っている。勿論、桃色をしたボブカットの上にはナースキャップも被っていた。


 だが童顔で眼鏡を掛けた、たれ目の下にある桃色の瞳はとてもではないが医療に携わっている者とは思えないようにどろりと濁っている。


 その濁った瞳に相応しい物騒なことを呟く彼女の右手には注射器やメス、医療用のこぎりが指の間に挟まれ、左手の指の間にはドライバー、レンチ、ネジが怪しく光っていた。


「……」


 三人目の女性は無言でターンオーバーエッグの装甲を引っぺがしていた。


 長いブラウンの髪は背に流れるだけではなく、肩から横にも前にも流れ込んでいる。そしてなぜか軍の基地なのにスーツ姿で、その上の軍のコートには手を通さず肩で羽織っているだけだ。


 そして右目に掛けたモノクルと刃物のように鋭いブラウンの目、タイトスカートとその下に履いた黒いストッキング、戦地には合っていない黒いハイヒールの靴が、彼女を仕事ができる秘書の様に感じさせた。


「しねしねしねしね」


 四人目の女性からは少し年が若くなるが、こちらは恐ろしいことを言いながら、ターンオーバーエッグに長剣を突き立てていた。


 紫色をしたショートカットの下でアメジストのような瞳が爛々と輝いているが表情は微動だにしない。そして服装は常識的で、軍の黒いコートとズボンをぴっちりと身に纏い軍帽だって被っている。あえて変わっている点を挙げるとすれば、首からぶら下がっている剣のアクセサリーだろうか。だが他の女達のせいで、軍服を着ている彼女も浮いていた。


「なんで隊長に喧嘩売ってんの? 死ねよ」


 五人目の女性。セミロングの真っ青な髪と輝くサファイアのような瞳を持つ女性が、顔を歪めながら粗暴に吐き捨てる。そして黒いハイヒールを履いた足で、転がっていた人間の頭部ほどの金属の残骸を思いっきり蹴飛ばすと、それは五十メートルほども吹き飛んだ。


 比較的まともな服装が続いたのに、この女性はまた極端なものに戻る。


 なんとエナメルの黒いバニースーツと網目のタイツを身に纏い、素晴らしいプロポーションを露にしているだけではなく、ご丁寧に大きなウサギの耳飾りまで付けているではないか。その上、服と肌の間には玩具である桁違いの紙幣が挟まれていた。


 これまた場違い極まりなく、どこかのカジノから迷い込んでいるかのようだ。


「鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい」


 他の者達よりかは若干小柄な六人目の女性。真っ黒なベリーショートの髪と、無表情ながら細めている漆黒の目、耳を覆っているヘッドホンは冬季戦用の黒い軍服のパーカーで隠されているが、ぼそぼそと呟かれている言葉は隠せていない。


 しかし、寒いから冬季戦用の服を着ている筈なのに、何故かその下は白い競泳用の水着であり、すらりとしたまぶしい肌が露になっていた。太ももに巻かれているホルダーに、厚みのアーミーナイフが無ければ、素直に男達の視線を集めたことだろう。


 このいずれも二十歳代の女性合計六人。誰も彼もがタイプが違うものの、素晴らしいを通り越した絶世の美貌とプロポーションの持ち主で、男なら振り向かずにはいられないが、この基地でそのようなことをする者は存在しない。


 しかし、ブラックジョークのパイロットだけはそういかなかった。


「ここついさっきまで戦場ーーーーー! せめてパイロットスーツくらい着とけお馬鹿!」


 外部スピーカーをオンにしたパイロットが操縦席で叫ぶ。


「キャロル!」


「はーいダーリン!」


 キャロラインと呼ばれたテンガロンハット、ビキニ、ホットパンツに軍のコートという訳の分からないコスプレをした美女が拳銃の乱射を止めた。そして殺意に溢れた肉食獣の顔から、太陽のような明るい笑顔となって声の下に走り出す。


「ミラ!」


「はわっ!? ただいま参ります!」


 ミラと呼ばれたナースがどろりとした瞳を一転させて目を見開くと、ナースキャップを手で押さえ、足をもつれさせながらブラックジョークの下へ駆けだした。


「ヴァレリー!」


「ああ。今行く」


 ヴァレリーと呼ばれた有能な秘書のような女が、素手で装甲板を引きちぎるのを止めて、裸眼とモノクル越しでブラックジョークを見つめる。そして長い髪をなびかせながら、コツコツとゆっくりしたハイヒールの音を奏でる。


「アリシア!」


「はっ!」


 アリシアと呼ばれた唯一兵士らしい服装の女が剣を突き刺すのを止め、穴だらけになったターンオーバーエッグの上で、ぴしりと擬音が出そうなほど見事な敬礼をする。


「ヘレナ!」


「はいはいりょうかーい!」


 ヘレナと呼ばれたバニーガールの女が、雑に応えながらもう一つ金属片を遠くに蹴飛ばす。だが呼ばれた声の下に向かう彼女のハイヒールの音は、ヴァレリーのものとは違って短いリズムだった。


「ケイティ!」


「なんですか?」


 ケイティと呼ばれた女が面倒くさそうに返答するものの、パーカーの下で耳にヘッドホンを付けているのだから無視する理由にできた筈だ。しかも面倒そうな声と雰囲気の割には、動く素足の速度は速かった。


「はあ……あの服装どうにかしないと……」


『綺羅星の皆が常識ないのは人間のせいだよ! あとお兄ちゃんとごにょごにょ関係があるせいだね!』


「ちょっと待てエイプリー! 俺とあの服は関係ないだろ!?」


『あはははは!』


 駆け寄ってくる女達を見ながら男が溜息を吐くが、少女の声を持つエイプリーという名の人工知能がけらけらと笑う。


「人生なにがあるか分からんもんだ……」


 パイロットスーツを着た、二十代なのに老け込んでずっと年上に見られるジャックという名の男が、自分の人生の奇妙さを思い返す。


 これはブラックジョークジャックと呼ばれるエースパイロットと、その愛機に搭載された人工知能、そして……。


「俺が綺羅星達の指揮官とは」


 人間が巨人の神の力を、豪奢な衣を意味する綺羅を纏うために生み出した人工戦闘生命体、綺羅星と呼ばれる女達の物語。

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