幸せな家庭のもとに生れて(改)

よしの

プロローグ

「ふっざっけんじゃないわよ!!!」

 私は、ベッドの上にある熊のぬいぐるみに向け、拳を思いっ切り振り下ろしたわ!

 少しは気が晴れたけれど、まだまだむかつくわね!

 今日も母は、仕事から帰って来るなり私に職場の愚痴を聞かせ、私が無視していると理不尽に叩いてきたわ!


「あんたの為に働いて来ているのよ!もっと私を敬いなさい!」

 確かに、母が働いて稼いできたお金で食べさせて貰っているし、高校にも通わせてもらっているわ。

 でもそれは、私を生んだ母親としての当然の責任でしょう!

 母は十七歳の時に父と関係を持ち、私を出産したわ。

 お互いの両親は、私を産むことに反対したそうなのだけれど、二人は反対を押し切って私を産み、家を出て二人でアルバイトをしながら生活して来たそうよ。

 父は仕事が長続きせず、まともな収入は無かったそうよ。

 その分、母が頑張って稼ぎ、そして父はギャンブルと酒に溺れる生活をずっと続けているわ。

 母が苦労しているのは認めるわよ。

 だから、私がアルバイトをして、手助けしようと言った事もあるわ。


「そんな事をする暇があるなら、もっと勉強して良い大学に進学して、良い会社に勤めなさい!

 そして、今まで貴方に使ったお金を返して頂戴!」

 母は怒り狂い、暴力を振るわれたわ。

 勉強は頑張っているけれど、それは自分の為であって母の為では無いわ!

 当然、就職しても母にお金を渡すつもりは無いわ!

 お金を渡したとしても、父の遊びに使われてしまうわ。

 そんな無駄金の為に、働きたいとも思わないわよ!


 私は高校を卒業すれば、この家を出て行くつもりよ。

 母を騙すために、大学受験はやるけどね。

 その事は、滅多に会わない祖父に相談していて、家を借りたりするお金を支援して貰える事になっているわ。

 祖父には申し訳ないのだけれど、私はお金を一円も持っていないから仕方ないのよ。


 高校生にもなって、お小遣いも貰えてないわ。

 そもそも、父が無駄に散財するせいで、この家に余計なお金がないわ。

 でも、母が働いているから、生活費は預かっているわ。

 使ったお金は全て帳簿に書かされて、領収書を張らされているわ。

 休日には母親が帳簿をチェックして、領収書の無い支出は決して許されないわ。

 領収書があったとしても、母が不用だと認めれば、めちゃくちゃ怒られて暴力を振るわれるわ。

 だから、無駄遣いは一切できないのよ…。

 でも、そのお陰で簿記と料理は覚えられたので、一人暮らしは余裕で出来るはずよ。


 そんな私だけれど、高校生活は楽しく過ごせているわ。

 一か月前に彼氏も出来たし、その彼氏がサッカー部のエースで、プロ入り間違いなしと言われているのよね。

 私が結婚するなら、まともに働いて稼いでくれる人じゃないと駄目ね。

 彼ならば、しっかりと稼いでくれそうだわ。

 でも、一つだけ問題があるわ。

 彼と出かければ、私の体を求めて来るのよね…。

 避妊も絶対じゃないと聞いたし、私のような子供を作りたくは無いわ!

 彼も話せば分かってくれるだろうし、そう言うのは仕事に就いて、安定した稼ぎを得られるようになってからにして貰いたいわ。

 今日も自分で作ったお弁当を持って、彼の教室の前にやって来たわ。


「まだやってねーのかよ!」

「あぁ、意外と身が硬くてな。だが、次のデートでは強引にやるつもりだ!」

「いいねー、やったら俺にも回してくれよ!」

「分かってるって!」

 …。

 彼が友人と話しているのを、偶然聞くことが出来たわ。

 私はそっと彼の教室から離れ、人気の無い屋上へとやって来たわ。

 彼の噂は本当だったのね…。

 私が彼と付き合い始めた頃、友人から彼は良い噂を聞かないからやめた方が良いと言われてたのよね。

 その時は、友人が私の事を羨ましくてそう言っているんだと思ったのだけれど…。

 私の見る目が無かったと言う事ね…。


「ふっざっけんじゃないわよ!」

 少しは気が晴れたのだけれど、まだムカムカするわね!

 お弁当を広げて一人で寂しく食べながら、彼にスマホで(バーカ)とメッセージを送りつけてブロックしてやったわ!

 ちょっとすっきりしたわね。

 その翌日、いわれない誹謗中傷が私の耳に届いて来たわ。

 出所は私が振った彼だと分かったのだけれど、訂正するのは面倒だったし、その内収まるだろうと思っていたわ。

 でも、どんどん酷くなって行って、気が付けば私の居場所は無くなっていたわ。

 肉体的ないじめは無かったのだけれど、クラスメイトには無視され、友達も離れて行ったわ…。

 しかし、そんな事で心が折れたりするような私では無いわ!

 家で母から受ける虐待に比べれば、大したこと無いわね。


 ある日、買い物を済ませて家に帰ると、珍しく父がいたわ。

 遊ぶお金が無くなって、母にねだりに来たのでしょうね。

 私はテーブルの席で酒を飲んでいる父を無視して、夕食の準備に取り掛かったわ。


「何するのよ!」

 夕食を作っていたら、いきなり父が背後から抱き付いて来たわ!


「へへへっ、母親に似て、いい女になったな!」

「離してよ!」

 私は必死に暴れて父を引きはがそうとしたのだけれど、力で勝つことは出来なかったわ…。

 私は床に押し倒され、父は私にまたがって来たわ。

 父は私の服に手を伸ばし、強引に脱がせようとして来たわ。

 このままでは犯される!

 そんなのは絶対に嫌よ!!

 私は手に持っていた包丁を、必死に振り回したわ!

 そして運悪く…いいえ、運良く、包丁が父の首を切ったわ!

 父は首を抑えて倒れ込み、私は何とか逃げ出す事に成功したわ!


 立ち上がって父を見ると、切れた首から大量の血が噴き出していたわ。

 父がまた立ち上がって襲い掛かって来てもいいように、私は包丁を構えてしばらく様子を見ていたわ。

 でも、その必要はなかったみたいね。

 父はそのまま動かなくなり、死んでしまったわ…。


 ほっと一安心すると同時に、とんでもない事をしてしまったと気付いたわ。

 どうしよう…。

 私は未成年だし、正当防衛だと主張すれば罪には問われないわよね?

 でも、このまま学校に通うことは出来ないわね。

 屑でどうしようもない父だとしても、私が殺した事に変わりは無いわ。

 それに…間違いなく、母は私を殺すわね。

 母は、屑でどうしようもない父を愛していたわ…。

 逃げなきゃ!

 私はそう思い、手についた血を台所で洗い流し、血の付いた服も着替えて、家から飛び出して行ったわ!


 行く当てもなく、必死に逃げた私は、いつの間にか学校に辿り着いていたわ…。

 友達もいない私は、学校くらいしか逃げ出す場所が無かったのよね…。

 屋上に上り、冷静になって考えたわ…。

 帰る場所も無く、どう転んだとしても、今後の人生は真っ暗ね…。


「ふっざっけんじゃないわよ!!!」

 叫んだところでどうにもならないのだけれど、叫ばずにはいられなかったわ。

 母に殺されるのは嫌だし、ここから身を投げて死ぬことにしたわ…。


「次に生まれる時は、幸せな家庭に生れたいわね…」

 そう願いつつ、フェンスを越えて、空に身を投げたわ。


『その願い、叶えて差し上げましょう!』

 風を切る音が聞こえる中、そんな声が聞こえた気がするわ…。

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